5.
朝になり、目を覚ますと外はすっかり明るくなっていた。スマホのお知らせランプが光っていたので確認すると千秋からラインがきていた。新からは何もない・・・。昨日の今日だから戸惑っているかもしれないと思い、敢えて連絡をしないことにした。千秋からは心配するような内容だった。「大丈夫」ということを返信すると、すぐに返事が返ってくる。
『良かった。明日から大学が始まるけど来れそう?』
『うん、ちゃんと行くから大丈夫だよ。心配かけてごめんね』
よろよろとベッドから起き上がりふらついた足取りで部屋を出る。部屋を出ると英斗が心配そうな顔で紅葉に声を掛けた。
「もう起き上がって大丈夫か?」
「うん、何とか大丈夫・・・」
英斗は紅葉のその弱々しい声に気が気じゃなくなり、紅葉を支えるようにしてリビングに連れて行く。リビングでは心配した両親が声を掛けた。
「紅葉、大丈夫か?」
「朝ごはん、食べれそう?」
両親が交互に聞いてくる。紅葉はか弱い声で「大丈夫」とだけ言った。そこへ英斗が言葉を紡ぐ。
「もう少し休んでおけ。明日から大学始まるだろう?部屋に連れて行ってやるよ」
英斗に促されて一緒に部屋に戻る。部屋の前に着いて、紅葉が英斗の服を引っ張りながら小声で言う。
「お兄ちゃん、良かったら少し一緒にいて?」
子犬のような目で紅葉が英斗にお願いする。英斗はため息をついて、紅葉と部屋に入った。紅葉がベッドに横になる。
「お兄ちゃん、頭撫でて欲しい・・・」
紅葉のお願いに英斗は優しく頭を撫でた。
「全く、いくつのなっても紅葉は子供だな」
「だって、お兄ちゃんの撫で方ってどこか落ち着くんだもん・・・」
「それはどうも。なんなら、添い寝もしてやろうか?」
英斗が意地悪そうな顔をしながら言う。
「うん・・・」
「え・・・?」
予想していなかった答えが返ってきて、英斗が虚を突かれる。
「ダメ・・・?」
紅葉が縋るようにお願いする。英斗は戸惑っていた。そして、ため息をつくと、
「・・・分かったよ。少しだけだぞ」
「ありがとう・・・」
そう言って、英斗は紅葉のベッドに潜り込んだ。
「お兄ちゃん、腕枕して・・・」
「今日はやたら我が儘だな・・・。俺の腕枕は高いぞ?」
「・・・意地悪」
そう言いつつ、腕枕をする。
「紅葉、お兄ちゃんの心臓の音を聞いてみるといいよ。落ち着くから・・・」
紅葉が英斗に心臓辺りに耳を当てて心音を聞く。
トクン・・・トクン・・・。
規則正しい心臓の音が聞こえてくる。紅葉はその音に耳を傾けながら目をつむった。
千秋は電話で雄一にある話を聞いていた。その内容に千秋は怒りを隠せずにいる。
「・・・その話、本当に本人が言っていたの?」
「聞いたのは俺じゃなくてあいつの友達だけどな。どうやら、その人がそうみたいだぞ」
「なによそれ!自分勝手な理由じゃない!」
「俺に怒られても困るよ。とりあえずそういう事みたいだから一応伝えとこうと思って連絡したんだからな。あっ!あいつには俺が言ったって言うなよ?!」
「分かったわ。情報ありがと。また、何かあったら教えてね」
「ほーい」
雄一がそう言って電話が終わる。千秋は苛立ちが抑えきれずにいた。そして、怒りの勢いのままある人に電話をかけるためにスマホの電話帳を開いた。
紅葉が目を覚ますと、夕暮れが差し掛かっていて外は暗くなり始めていた。なんとなくスマホのコール音が響いていたような気がすると思いながら、まだぼんやりとしている瞳をこすった。だいぶ長い時間寝ていたらしい。隣に英斗の姿は無い。あれだけ落ち込んでいた気持ちはどこかすっきりしていた。
「・・・お兄ちゃんに、今度お礼しなきゃ」
そう呟き、ベッドから出る。スマホを確認すると千秋と新からラインがきていた。千秋からは電話もあったらしく『また後で電話するね』と、入っていた。そして、新のラインを恐る恐る開く。
『この前はごめん。紅葉ちゃんのことはちゃんと好きだよ。今度の土曜日に会えないかな?返信待っています。』
新のラインに紅葉は戸惑った。会いたい気持ちは勿論ある。でも、どんな顔をして会えばいいかが分からない。でも、紅葉の中に今でも新のことが好きな気持ちと、このまま一緒にいてもいいのだろうかという気持ちが交差している。紅葉は「会います」という内容のラインを送った。しばらくして返事が来る。
『ありがとう。じゃあいつもの待ち合わせ場所で待っているね』
紅葉はどこか胸が苦しい感覚になった。自分のことを本当に妹のようにしか見ていないかもしれない。好きな人は別にいるかもしれない。それでも、大切にしてくれる新を失うことはとても怖い。紅葉は乱れそうになる呼吸を整えながら気持ちを無理やり整理しようとした。
部屋を出て、英斗の部屋をノックする。応答がない。下にいるかもしれないと思い、リビングに行った。でも、リビングにも英斗の姿は無い。キッチンに行き、母に英斗の居所を訪ねた。すると・・・、
「ああ、英斗なら用事ができたから出掛けてくるって。夕飯までには戻るって言っていたけど、何か用事だった?」
「そうなんだ・・・。ならいいよ。帰ってきたらにする」
「もう大丈夫?英斗、すごく心配していたわよ?」
「ごめんなさい・・・。ねえ、お母さん。今からお菓子作りしていい?お兄ちゃんに我が儘聞いてくれたお礼をしたいの」
「紅葉が我が儘言うなんて珍しいわね。いいわよ、作ってあげるといいわ」
キッチンを借りて紅葉はお菓子作りを始めた。手順よく作っていく。しばらくして、キッチンに美味しそうな匂いが立ち込めた。お菓子作りが終わり、綺麗にラッピングする。そして、英斗が帰ってくるのを待っていた。
英斗は紅葉が寝静まったことを確認すると、出掛ける準備をして外に出た。ある場所に車を走らせる。目的地は洋食屋クレールだった。
目的地に着いて車を停める。店に入ると、鈴乃が英斗に気付いて近づいてきた。
「ここに食事に来た・・・という雰囲気ではなさそうね。新くんに用事?」
「あぁ、呼んでくれ」
「新くんにはしばらくは休むように言ってあるわ。あれでは仕事にならないからね。格式のあるこの店であんな顔されて接客されても困るわ。だから、表情が戻るまでは休むように言ったの」
「くそっ!」
英斗はそう言って苛立ちを隠せずにいる。鈴乃は見たことのない英斗の様子に驚く。
「いつも冷静な英斗が取り乱すことあるのね。あの紅葉ちゃんって子が例の妹ちゃんでしょう?」
例の・・・と、鈴乃が意味ありげに言う。ある事を英斗は鈴乃に話していたのでそういう言い方になったのだろう。
「良かったらコーヒー飲んでいって。お金はいらないわ。うちの従業員が迷惑かけたお詫びよ」
鈴乃の提案に英斗は悩んだがその言葉に甘えることにした。とりあえず落ち着かないといけないと感じたのだろう。案内されたテーブルに座り、コーヒーを頂くことにした。向かい側に鈴乃が座る。
「・・・まあ、英斗が怒るのも無理ないわ。大切な妹ちゃんを傷つけられたとしたら怒って当然よ。でも、感情に任せて行動することが危険なことも分かっているでしょう?」
「あぁ、そうだな。俺にしては冷静さが欠けていた。悪かったな」
「いいわよ。それだけその妹ちゃんが大切ってことでしょう?なんだか妬けちゃうわね、私の時はそんな素振り全くなかったのに・・・」
鈴乃が寂しそうに言う。その言葉に英斗は何も言うことができずにいた。
「そういえば、鈴乃。一つ聞きたいんだが・・・」
そう言って、英斗がある話を始める。そして、英斗の言葉に鈴乃は観念するように言った。
「・・・やっぱり気付いていたのね」
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