1-3 誕生、【ダンボール使い】!

 大きな石板のある部屋につくと、クラスメイトが順番に手で石板に触れた。すると、石板にはファンタジーらしい魔法陣が表示されて、それぞれのジョブとユニークスキルが表示されていく。


「なんと、お主は【勇者】じゃ!」


「おお、【聖女】様じゃ!」


「【影使い】とな。未知のジョブじゃな…」


 気がつけば田村さんの番になり、田村さんが石板に触れた。ついさっき知り合ったばかりだけど、いいジョブになりますようにと胸の前で手を握り、つい祈ってしまう。


「ふむ。【刀術士】じゃな…」


 王様の反応は良くないものの、田村さんは嬉しそうだ。私に駆け寄ってハイタッチを求めてきた。ちょこんと手を出すとバシバシと叩いてくる。


「刀なら得意だからよかったよ〜」


「よかったな、あかり。俺は【剣術士】だったよ」


 田村さんのハイタッチに気を取られていて、後ろからやってくる黒い影…じゃない、男子の存在に気がつかなかった。両手で頭を守り田村さんの後ろに隠れる。


「太一、ありがと〜。あっ、この人は剣道部の部活仲間で名前は…」


「最後はお主じゃ、早くせんか!」


 気がつけば私の番になっていたらしい。私の番なんて言っても、みんながみんな早く測定されたくて、早い者勝ちで並んでいただけなんだけど。深く考えずにペタッと石板に触る。


 みんな喜んでいるけど、どうせドッキリだよね。


 田村さんが【刀術士】なら、私のジョブは【パン職人】かな?


「お主は…【ダンボール使い】?」


「…ほえ?」


 変な声が出るくらい驚いた。石板を見ると、たしかに【ダンボール使い】と書いてある。異世界の文字が読めるなんて、やっぱりこれはドッキリ…なんてのは関係なくて!




 名前 白木遥


 ジョブ 【ダンボール使い】


 ユニークスキル 《ダンボール召喚》 《ダンボール加工》 《ダンボールリサイクル》




 何度瞬きしても私のジョブは【ダンボール使い】だった。


 たしかに家で捨てるダンボールを使って、子供の頃から遊んでいたけど!


 家族はこの趣味を知っているけど、それ以外の人は知らないはず。どうしてこの石板で私がこっそり楽しんでいた趣味が暴露されたのかがわからない。


 ダンボールは消耗品で、ただの梱包用の箱。使ったところでモンスターなんて倒せない。クラスメイト達からは失笑するような声が聞こえてくる。田村さんだけは心配して私の元に駆け寄ってきた。


「元気出して、私が白木さんの分まで頑張るから!」


 ドッキリだからいいもん。私の趣味を漏らしたのは楓お姉ちゃんくらいだ。


 帰ったら絶対に許さないっ!


 翌日も、その翌日も「ドッキリ大成功!」のプラカードが出てくることはなかった。そして、異世界に来て四日目の合同練習が今日も始まった。


「白木さん、ごめんね…」


「ううん。田村さん練習頑張って」


 田村さんが初日に会話をしていた部活仲間の男子と練習を始めた。練習と言っても二人ペアになって組む体育の授業方式。昨日までは田村さんと練習していたけど、私のジョブ【ダンボール使い】が出来ることと言えばダンボールに関係することだけ。


《ダンボール召喚》は、マナ消費でダンボールを召喚するスキル。


 この世界の魔法は、体内に蓄えているマナを使うことで発動できる。でも、私に出来ることはダンボールを召喚することだけ。田村さんの訓練には使えたけど、ダンボールは動かない的だから練習になったのかはわからない。


《ダンボール加工》は、マナ消費でダンボールを加工する道具を呼び出すスキルだった。


 ハサミや定規、マジックペンとかが呼び出せた。武器に使えるかと思って期待したけど、使えるのはダンボールを加工する時だけ。ダンボールの加工目的以外で使うと消えてしまう。


《ダンボールリサイクル》については、召喚したダンボールをマナに変換するだけ。


 壊れたダンボールや、ダンボールの切れ端なんかも変換できた。ゴミがでなくていいけど、ただそれだけのスキルだった。


 昨日の訓練の後、クラスメイト達の集会で使えない子宣言をされた私は、もう練習には出なくていいと言われてしまった。城での暮らしは至れり尽くせりで、身の回りのことはメイドさんがしてくれる。私がご飯を作る必要はないし、掃除や洗濯をする必要もない。


 やることがなくて一人寂しく城の廊下を歩いていると、外に小さな女の子が庭を走っていた。セミロングの金髪をなびかせて元気に動き回っている。周りに大人がいない。迷子なら大変だ。すぐに女の子の元へ向かうと、池に身を乗り出して今にも落ちそうになっていた。


「危ないっ!」


「わわっ!」


 エアバッグのように女の子と池の間にダンボールを召喚。驚いて後ろに後退する女の子を体で受け止める。淡いピンク色のドレスがふわりとなびく。身長は私の腰くらいで小学生くらいの年頃。


 あ、そうだ…


「ちょっと待っててね」


 私はダンボールとカッターを召喚すると、カッターマットの上でダンボール加工を始めた。私は末っ子だから、子供の頃のおもちゃや洋服は全部お姉ちゃんのお下がり。高校もお姉ちゃんと同じ所を選んだら、お金がかからなくて喜んでいたっけ。


 だから子供ながら考えて、お金のかからない趣味を始めたのだろう。


 この年頃なら、ティアラとか好きだよね?


「〜♪」


 鼻歌を歌いながらカッターを動かしていく。女子の着ている服はプリンセスのような格好だから、きっと好きなはずだ。興味があるのか、私が作っている横でちょこんと座りじっと見つめてくる。調子に乗ってフリーハンドで大胆に切っていく。


 …あっ。


 もしかしたら急にダンボールを切り始めた私を、珍獣でも見るかのように観察しているだけかもしれない。変な行動をしていることに今更気がついて、恥ずかしくなり顔が熱くなる。


「出来たっ! はいどうぞ」


 ダンボールで作ったティアラを頭に乗せてあげる。水面に映った自分の姿を確認すると、女の子が喜んだ。


「わあ! かわいい!」


 女の子はヒロインに憧れるもの。私もシンデレラとか憧れていたなあ。お姫様のようなドレスを着て、お城で王子様と一緒に暮らすのだ。


「アイラ、ここにいたのか。おや、君は…」


 この世界で、私の数少ない知り合いの名前を聞くなんて…じゃなくて!


 声が聞こえた方へギギギと顔を動かす。そこには、この異世界に来た時に一度だけ会ったクリス王子がいた。交互に見ると二人は同じ金髪碧眼。つまりアイラちゃんは本物のお姫様。慌ててアイラ姫と距離を取る。


「ごごごめんなさいっ! その、知らなくてっ!」


 異世界の常識とか上流階級の人への対応なんか全くわからないけど、とりあえず謝っておけばいいはずだ。ペコペコと必死に頭を下げていると、アイラ姫がクリス王子にかけよった。


「お兄様、これ、もらったの!」


 あっ、アイラ姫やめて!


 そんなダンボールで作った偽物のティアラなんて、本物のお姫様にはいらなかったのに。何も考えずに作ってお姫様の頭に乗せてしまった、ついさっきの私を呪う。


「顔を上げてくれ。アイラと遊んでくれたのだろう?」


 クリス王子は私の目を見てふわりと笑みを浮かべた。その後、ダンボールのティアラがアイラ姫に気に入られて、訓練のない私は子供の頃から培ったダンボールクラフトでおもちゃを作り一緒に遊んだ。


 私は末っ子だから妹はいないけど、お姉ちゃんから見た私はこんな感じだったのかもしれない。最初は緊張していたけど、気がつけばアイラ姫と仲良く過ごすようになっていた。


「アイラちゃん、またね」


「うん!」


 クリス王子はアイラ姫の世話係として認めているけど、みんなから見れば私だけサボっていると思われるはず。そんな後ろめたさを感じながら、今日もアイラ姫の部屋から出る。ドアを閉めると同時に、後ろで物音が聞こえてきた。でも、振り向いても誰もいなかった。


 まだみんなは訓練中のはず。


 そう自分に言い聞かせて、早足で部屋に戻った。

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