1-2 クラス転移、乙女ゲー?
「あーあ、昴先輩は卒業しちゃったんだよね…」
二年一組の教室の窓辺で、ぼーっと頬杖をついて空を眺める。
今日から新学期。クラス替えがあって私はぼっちになってしまった。嘘ですごめんなさい。元々私に同級生の友達はいません。去年は二年上の昴先輩達と賑やかな高校生活を送っていた。
あっ、あとお姉ちゃんもいたっけ。
私は人見知りな性格で、自信を持って人に言える趣味は実家の手伝いで培ったパン作りくらい。
「知ってる? 明日の更新でノル恋が完結するんだって」
「嘘っ! 毎月それだけを楽しみに生きてたのに〜」
「噂だと、あの悪役令嬢がついにざまあされ…」
「ネタバレ禁止! この前、柚子が送ってきたレインで犯人がわかって楽しみが減ったんだから!」
「ごめんごめん。あれは小説が原作だから知ってると思って。あははっ、怒ってる兎衣はかわいいなぁ」
「もー! 怒ってるんだから笑わないでよっ」
クラスメイトの噂話が聞こえてくる。【ノル恋】はスマホ向けのゲーム。遊んだことのない私は、ラジオ代わりに耳を傾けつつ思い出に浸っていた。スマホゲームかあ。
昴先輩達は今頃、大学で勉強しているのかな?
「会いたいなぁ…「きゃあっ!」…え?」
突然、教室から悲鳴が上がった。ひとつやふたつではなく、いくつもの悲鳴が教室で響く。窓の外から教室の内へ視線を移すと異様な光景が広がっていた。弧を描くように光の線が動き、魔法陣のようなものを描いていく。
「…なに、これ?」
「きゃああああ!」
魔法陣が完成すると同時に、視界に白い光が広がり何も見えなくなる。頬杖をついていた窓がどこかに消えて、転けそうになるのを踏ん張って耐えた。パニックを起こしたクラスメイト達が叫び逃げ惑い、誰かが肩にぶつかってきて足を踏まれる。
そんな状態が数十秒続き、次第に光が弱まっていった。
「王様、成功です!」
「おおっ! これが異世界の勇者達か」
すぐに二人の男性の声が聞こえてきた。強い光を受けて、まだチカチカする目を必死に開いて状況を確認する。足元には教室に描かれた魔法陣と同じもの。周りには何人ものローブ姿の男性達。
「父上、勇者達が困っています。説明をしたほうがよいのでは?」
そう発言するのは、王子様風のコスプレをするイケメンの少年。なにかのドッキリ企画なのかもしれない。その証拠に、父上と呼ばれた男性は中世ヨーロッパの王様風のコスプレをしている。
これから「ドッキリ大成功!」というプラカードを掲げるのかも。そう期待して次の言葉を待つ。
「ああ、そうだな。私はこの国、ノルケットの王、ルドルフ・ノルケットだ。この世界に危機が迫っているため、あなた方勇者を召喚した」
王様は王妃オリビアとイケメン少年の王子クリスを紹介した。ドッキリの主要メンバーはこの三人らしい。三人とも金髪碧眼で、真剣に役になりきっている。
王様は、私達にファンタジーな世界の説明を始めた。
ここは私達の世界とは別の異世界で、魔王が誕生したから勇者である私達に倒して欲しいということ。魔王を倒せば元の世界の同じ時間に帰れること。もしもモンスターに倒されても、異世界人は元の世界に帰るだけということ。
まるでゲームの世界の話を聞いているようだった。ドッキリなのに、無駄に詳しい厨ニ設定を聞かされて頭痛が痛くなる。
「こんな拉致同然のことをされて従うわけないだろ。今すぐ俺達を高校に帰せ!」
自称王様の話が一通り終わるとクラスメイトの男子、佐藤優守がそう叫んだ。
「ううむ、いい話だと思うが…。魔王を倒せば報酬も用意するぞ?」
「そんな話、信じられるかっ!」
「そうだそうだ!」
男子達は帰せと叫ぶが、女子達はお互いの顔を見て動揺している。教室で聞こえてきた【ノル恋】という単語を囁いている。クラスメイトの女子、五十嵐聖が自称王様の前に立ち、吊り目の瞳で自慢気に聞いた。
「ちょっといい? もしかしてクリス王子の婚約者の名前はシャーロットだったりする?」
自称王様は目を丸くして驚き、数回瞬きをした後、深く頷いた。それを見た瞬間、クラスメイトの女子達から歓声が上がった。
「やっぱり! この世界はノル恋の世界よ!」
「オープニングはこんな感じだったよね」
「ゲームでは勇者じゃなくて聖女だったけど、だいたい合ってるわ!」
王様の頷きひとつで不安が消えるなんて。ノル恋を遊んだことがない私は、その歓声を困惑して見つめる。突然、ポンと背中を叩かれた。
「ねえ、白木さんも私と同じだよね?」
振り向くとクラスメイトの女子がいた。なにが同じなんだろう。初めて話したから名前すらわからない。首を傾げると改めて聞かれた。
「みんなが話しているノル恋、実は遊んだことないんだ。白木さんも同じだよね?」
「えっ、うん…」
私が小さく頷くと、私の手を両手で掴みブンブンと振り回された。掴まれた腕が痛いけど、性格の悪い人ではないようだ。
「私だけ知らないのは心細いから、同じ人がいてよかったよ〜」
名前は田村あかり。このクラスになって初めて話したクラスメイトだったりする。私は人見知りで流行の話題にはついていけない。田村さんも同じみたいで、実家の仕事が趣味になっていて普段ゲームは遊ばないらしい。
私の家はパン屋で、あかりちゃんの家は剣道教室。二人で雑談に花を咲かせていると、ノル恋の話をしていた女子達の話が終わっていた。
「ゆー君! だから、ここはノル恋の世界なんだよ!」
「うーん。にわかには信じられないが、卯衣の言う事なら信じてみるか…」
男子達の中にもノル恋を遊んでいた人がいて、気がつけばみんなゲームの世界だと納得している。王様の話と一致する部分が多かったみたいで、前回召喚した勇者が地球に戻り、その人がゲームを作ったのだろうという結論になった。
つまり、この異世界で倒された、あるいは魔王を倒して地球に帰った人がいるということ。そのことを知って安堵したクラスメイト達は戦う決意をしたようだ。
「知っているなら説明が省けてよかった。ステータスを確認するから一緒についてきてくれ」
自称王様が私達を別の部屋に案内した。
移動中、クラスメイト達はステータスのことで頭が一杯になり浮足立っていた。
ゲームを遊んだことがなくて、状況を全く理解できない私達二人を除いて。
この時、私はまだドッキリだと思っていた。
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