第13話
八月十三日の夕方。亜美花は両親と一緒に墓参りに向かう約束をしていた。
出かける準備は万端で、あとは呼ばれるのを待っているだけと言う頃。
自室にいると、ハッピー宛てに彼女の父親―――お菓子の国の王様から通信が入った。
「どうじゃ、ハッピー。お菓子泥棒の捕獲は進んでいるか?」
「申し訳ありません、お父様。状況はあまり芳しくなくて……」
「あの、ごめんなさい。私たちがもっとしっかりしていればよかったんですけど。戦っているときも上手く立ち回れなくて」
シュンと肩をすくめる二人を見て、王様は気にするなと首を振った。
「戦い慣れていないということは、それだけ亜美花殿の暮らしている世界が平和だと言う証拠じゃ。気に病むことではない」
「……ありがとうございます」
王様はこう言うものの、あまり悠長にしていられる状況でもない。
魔女たちの集めている不幸の蜜は確実に溜まっており、お菓子の国もエネルギーが不足している。
せめて少しでも、解決の手がかりになる情報が得られればいいのに。
そんなことを考えていると、亜美花の母親が階下から彼女の名前を呼んだ。
「準備できたー? もうお墓参り行くよ!」
「はーい、今行く!」
階下から母に呼ばれた亜美花は、王様に挨拶して通信を切った。
ハッピーにパーカーのフードの中に入ってもらい、パタパタと自宅の階段をかけおりる。
堤家の墓がある墓地は、家から歩いて数分の場所にある。
周りの民家の玄関先には提灯がつるされ、ぽつぽつと明かりが灯りはじめていた。亜美花たちと同じように、墓参りに向かっている人影も見受けられる。
「夕方なのに暑いなぁ」
「ビールを冷やしてあるから、帰ったら飲みましょ」
ポロシャツ姿の父親が、右手でパタパタと顔を仰ぐ。その隣にいる母親も、肌を伝う汗にうんざりした様子で答えている。そのまま二人は、お中元や町内会と言った亜美花には興味のない話を始めてしまった。
亜美花が二人を見つめながら歩いていると、肩口からハッピーが顔を出した。さすがにフードの中は熱いらしい。
「亜美花。子どもたちがみんなお菓子を持っていますけど、あれはどうしてかしら?」
ハッピーに小さな声で言われて、通りすがった家族連れたちに視線を投げる。子どもたちの手には、クッキーやらせんべいやらが握られている。
「一度お供えしたお菓子だと思うよ。置きっぱなしにしておくと動物に食べられちゃうから、お参りした後はすぐに下げる人が多いの」
亜美花の説明を聞いて、ハッピーはなるほどとうなずく。
行事の意味も分からず退屈している子どもたちにとっては、あのお菓子が唯一の楽しみだろう。
自分もそんな時期があったなぁ。
亜美花が懐かしく思いながら歩いていると、いつの間にか、目的地の墓地に到着していた。夫婦や親子連れなどが、丁寧にそれぞれの墓を参っている。墓の前にはろうそくや線香、お供え物が置かれていた。今年はおまんじゅうが多めだ。
「亜美花、ちょっとこれ持ってて」
「わかった」
母は亜美花にろうそくと線香を預け、父と一緒に墓石の掃除を始めた。
亜美花が終わるのを待っていると、背後で風が吹き荒れ、辺りが途端にざわつき始めた。
「いったい何が起こってるんだ!?」
「お菓子が浮いてるわ!」
困惑のにじむ声に振り返ると、墓地の中央上空にはおばけたちが浮いていた。その手には、先ほどまで墓前にあったお菓子たちが抱えられている。
「出た!」
「お菓子泥棒だ!」
子どもたちの声に、大人たちは動揺している。これからもらえると思っていたお菓子が消え、涙を浮かべている子どもたちもいた。
「あなたたち、また現れましたのね! お供え物を盗むだなんて罰当たりなことを……! 恥を知りなさい!」
お供え物のお菓子を腕いっぱいに抱えているユウとレイを見て、ハッピーが亜美花の肩口から叫ぶ。
二匹はハッピーと亜美花の姿を見ると、顔を思いきり引きつらせた。
「うげっ、ちんちくりん! お前らいたのか!」
「さっさと行こうぜ!」
「あっ!」
墓地から逃げ出したおばけを見て、亜美花の体が動きかける。しかし、両親と一緒にいたことを思い出して足を止めた。
案の定、突然大きな声を上げた亜美花を、母親が不審そうな目で見つめている。
「亜美花、どうかしたの?」
「えっと、その……。おっ、お腹痛いから先に帰るね!」
亜美花は迷った末にそう言い残し、おばけたちを追いかけて墓地を飛び出した。
「へへへっ、ここまでおいで~!」
「取り返せるもんならやってみろよ~!」
「このっ……!」
全力疾走する亜美花を、通りすがる人々が不思議そうな目で見ている。
けれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「変身!」
亜美花がペンダントをにぎって叫ぶと、向かい風に吹かれて衣装が変わった。すかさずスイーツロッドを取り出す。
「マジカルショット!」
銃の形にして、光線を続けて放っていく。
しかし、斜め上空を走るおばけたちは、ひょいひょいと避けていく。
亜美花が走りながら射撃しているというのもあるが、度重なる戦闘でおばけたちの回避スキルも上がっているようだ。亜美花の放つ光線は当たることがなく、おばけたちは尚もひょうひょうとした態度で逃げている。
「よーし、レイ! 次はあそこだ!」
「おうっ!」
亜美花が必死で追う中、おばけたちは少し先にある別の墓地に飛び込んでいった。
亜美花たちが追いつく前に、目にも止まらぬ早わざでお菓子を盗んでいく。
すべてのお菓子を盗んでいるわけではないが、それでも相当な量だ。それだけ不幸の蜜集めに躍起になっているということだろう。
「あっ、亜美花!」
「爽くん、光希くん!」
「いましたのね!」
亜美花が引き続き追いかけようとしたところで、お菓子泥棒に遭った墓地から爽と光希が飛び出してきた。二人は顔に怒りをにじませている。
「あいつらやりやがったな!」
「早く捕まえよう!」
亜美花とハッピーは力強くうなずき、変身した二人とともにおばけたちを追った。
「でも、さっきから全然捕まりませんのよ!」
「距離もまったく縮まらないし……。何かいいアイデアはない?」
「うーん、いいアイデアなぁ……」
亜美花の言葉に、爽と光希は唸る。
「そうだ、俺がオレンジの体を抱えて投げる! そうすれば至近距離で攻撃ができるだろ! あいつらがオレンジの攻撃でひるんだ隙に、ピンクはマジカルリボンで捕まえてくれ!」
「わかった、やってみる!」
「了解!」
光希と亜美花の返事を聞くと、爽は軽々とした様子で光希の体を俵のように肩に担ぎ上げた。
「よし、行くぞ!」
「うん!」
「おらあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
爽が雄叫びを上げながら、光希の体をおばけたちのもとへ放り投げる。
「なにっ!?」
「うわあぁぁっ!」
ものすごい勢いで近づいてくる光希を見て、おばけたちは隕石が迫っているかのような悲鳴を上げた。
光希が狙いを定めて腕を振り上げる。しかし、それは間一髪のところで空を切った。
「わぁっ! 落ちる!」
「オレンジ!」
亜美花と爽が、マジカルリボンを伸ばして、落下する光希の体を抱きとめる。
光希のもとに駆け寄り、再びおばけたちを追う。
「あともう少しで当たってたのに……!」
「あっちも格段に腕を上げてるってことだな」
「それにしても、もう時間が……あっ!」
言ったそばから、亜美花の変身が解けてしまう。続けて爽もタイムオーバーを迎えてしまった。
亜美花たちが悔しがっている間にも、おばけはまた新たな墓地に飛び込んでいった。
荒らし終えたあと、墓地からおばけたちを追って千代と芯平が飛び出した。
「あっ、みんな!」
「ごめん! さっきから全然捕まえられてなくて……」
「悪いけど、俺と亜美花は力が切れちまった」
「もうこれ三件目だよ~!」
泣きそうになりながら、千代と芯平と合流して追いかける。
二人は変身すると、光希と一緒に前線に並び、マジカルショットでおばけを狙った。しかし、なかなか当たらない。
「それにしても、何か変ですわね」
すると、後方にいる亜美花と爽の隣でハッピーがつぶやいた。
「えっ、何が?」
亜美花が聞くと、ハッピーは怪訝な顔で答えた。
「おばけたちは先ほどからさんざん墓地を荒らしてますけど、どうやら根こそぎ盗んでいっているわけではないみたいですの。なぜか一部の墓を避けているようで……」
「自分の好きなお菓子だけ盗っていってるのか?」
「いえ、そういう感じでなくて……」
爽の言葉に、ハッピーは考え始める。
「あっ、そうですわ! おばけが避けていた墓には、全部ろうそくに火が灯っていたんですの!」
「それってもしかして……」
亜美花が言いかけたその時、進行方向のざわめきが耳に飛び込んだ。
角を曲がると、その先の家で火事が起きていた。
「うわっ、救急車!」
「それを言うなら消防車です!」
とんちんかんな爽の発言に、千代が呆れてツッコミを入れる。
ボヤ騒ぎが起きている家では、住民と思われる人が消火器で消火活動に当たっており、携帯電話で消防車を呼んでいる様子もあった。亜美花たちの出る幕はないだろう。
思わず足を止めた亜美花たちだったが、それはおばけのほうも同じだった。
まるで魔法をかけられたかのように、ぴたりと固まっている。そして、腕いっぱいに抱えたお菓子を取り落とした。
「あっ、お菓子が!」
「なんだ、降参する気になったのか……?」
光希と芯平の言葉にも反応せず、おばけたちは火事の起こっている家から遠ざかるように、じりじりと後退する。そして突然、千代と芯平の胸に勢いよく飛び込んだ。
「うわーっ、ごめんなさい!」
「熱いのはやだよー!」
突然のことに、亜美花たちは困惑した。おばけたちは完全に錯乱状態のようだ。
「ふたりとも、どうしたの?」
「おい、大丈夫か!?」
亜美花たちが呼びかけると、おばけたちはハッとなって脂汗の浮いた顔をあげた。
火事は収まり、辺りの緊迫していた空気は消えている。
「離せ! ユウ、行くぞ!」
「あっ、待てよ! レイ!」
おばけたちはいつもの様子に戻り、千代と芯平を突き放して去っていった。
「いったい何だったの?」
「すごく取り乱してたけど、もしかしてあの子たち火が苦手なのかな?」
光希は呆気に取られた様子で、二匹の後ろ姿を見つめる。
亜美花は先ほどのハッピーの言葉を思い出して言った。
そんな中、亜美花たちのかたわらで、爽が腕を組んで唸っていた。
「爽くん、どうしたの?」
「いや、それがさ。あいつらの名前をどこかで聞いたことがあるような気がして」
爽はぶつぶつと言いながら考え込む。
「……あっ、思い出した!」
しばらくして、彼は顔を跳ね上げた。
「十年前にひだまり町で火事が起こったの覚えてるか?」
「ううん、全然……」
それもそのはず。十年前と言えば亜美花たちは二歳、光希に至っては生まれてすらいない。
覚えているほうが驚きだ。
首を横に振る亜美花たちに対して、爽は興奮ぎみに続きを話す。
「親から聞いた話なんだけどさ、十年前にひだまり町のとある一軒家で火事が起きたんだよ。火事の原因は忘れたけど、留守番をしていたその家の子ども二人が亡くなってるんだ。二人とも俺と同い年だったから印象に残ってて……。確か子どもは双子で、名前はユウとレイだったはずだ」
爽の言葉に、その場の全員が目を見開く。
「それが本当なら、さっきの反応にも納得がいきますわね」
「あぁ、爽が話した双子である可能性が高そうだ」
「火事で死んじゃったなんて、かわいそう……」
「きっと、苦しかっただろうね」
みんなが沈痛な面持ちでつぶやく。
亜美花も双子のことに心を痛めていたが、同時にひとつの疑問が浮上する。
「そうだとしたら、あの二人はなんで魔女に協力してるんだろう」
残った謎に言い知れぬ不安を感じ、亜美花たちはおばけたちの去った方向を見つめた。
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