第11話
「芯平くん、どうしたの? 体調でも悪い?」
亜美花に声をかけられて、芯平はハッと顔を上げた。
太陽が照り付ける八月初旬の昼下がり。メルトレンジャーは、近所の公園で作戦会議の真っ最中だった。
どうやら、考え事に集中して意識が飛んでしまっていたらしい。
心ここにあらずの状態だった芯平を、みんなが心配そうに見つめている。
芯平は熱帯夜にうなされて起きたような感覚のまま、慌てて口を開いた。
「ごめん、何ともないよ。少し考え事をしてただけだから」
「ならいいけど……」
笑顔を作ってみせるも、亜美花はまだ少し気がかりな様子でつぶやいた。
「それじゃあ、何かアイデアのある人はいる?」
亜美花が気を取り直した様子で言う。彼女が切り出した話は、魔女たちが出没したときの対策についてだ。
お菓子泥棒との対立が始まって早三か月。
順調に仲間を増やしてきたメルトレンジャーだが、未だにお菓子泥棒を捕まえるという目的を達成することはできていない。それと同時に、お菓子泥棒たちの目的である不幸の蜜集めも着々と進んでしまっていた。
闇雲に戦っても仕方がない。と言うことで、こうやってときどき集まっては作戦会議を開いている。
時間帯はもっぱら、爽と千代の部活が終わった昼時か夕方だ。
内容はいつも似たり寄ったり。
亜美花は手先の器用さ、千代は足の速さ、爽は腕力、光希は反射神経の良さ、芯平は頭脳。
各々のメンバーが持つ長所を、どのように活かして戦うかを話し合った。
しかし、あくまでこれは机上の空論だ。実践してみないとわからないこともある。
あとは各々が得意なこと、例えば亜美花であれば銃の扱い、爽であれば攻撃のコツや受け身の方法など、メンバー同士が教え合ったりした。
「あいつらが現れたとき、メンバーが全員そろってたら心強いんだけどなぁ……」
爽が溜息まじりに言う。
「そう都合よくはいきませんわよ」
三十分ほど行われた作戦会議は、ハッピーの諦めたような言葉で締めくくられた。
解散した後、芯平はひとりで本屋に立ち寄った。お目当ての本が見つからず、肩を落として家路につく。
話し合いをしている間、頭の隅に追いやられていた悩みが舞い戻ってくる。
―――自分はチームの力になれているのだろうか。
芯平は前回の風邪を引いた件から、顕著にそう思うようになっていた。
自分が一番後に仲間になったということもある。けれど、それを差し引いたとしても、運動神経は良くないし体も丈夫ではない。極めつけには、川に落ちただけで風邪を引いてしまった。情けないことこのうえない。
こんなんじゃ、あの子に顔向けできないな……。
芯平の脳裏に、ひとりの少女の姿がよみがえる。
彼にとって彼女は世界を変えた人物であり、またメルトレンジャーに入るきっかけにもなった大切な存在だ。
あれは、入退院を繰り返すばかりの病弱だった幼少期。
激しい運動を止められていた芯平は、毎日病室で読書をして過ごしていた。
本は嫌いじゃない。けれど、遊びたい盛りの彼にとっては退屈しのぎでしかなかった。
そんな、ある春の日のこと。いつもであれば体調を崩してしまう時期なのに、すこぶる調子の良かった芯平を見て、医者が珍しく外出の許可を出してくれた。これほどうれしいことはない。
芯平は両親にねだり、病院近くの大きな公園につれて行ってもらった。自由に外を歩き回れることが、よほど楽しかったのだろう。
彼は両親が目を離した隙に、公園内の広い林の中に足を踏み入れた。
そこで、彼女と出会った。短い髪を耳の下で二つ結びにした少女だった。
「帰り道がわからないの」
さめざめと泣く彼女を見て、芯平は狼狽えた。
かく言う芯平自身も迷子だったからだ。
どうしようと思っていたその時、彼は以前本で見た知識を思い出し、足元の影を見た。
今はだいたい午前十時。つまり、影の伸びている方向が西側だろう。対して公園の入り口は、病院の方向がある東側だ。
「たぶん、あっちに行けば出られるよ」
芯平は持ちうる知識で帰り道を推測した。影が伸びる反対の方向を指し示した彼を見て、少女はぴたりと泣き止み、大きな瞳をキラキラと輝かせた。
「すごい! どうしてわかったの!?」
そう彼女に褒められたことがきっかけで、芯平は勉強を頑張るようになった。
物知りになれば、いつかまた彼女にあった時に褒めてもらえるんじゃないか。そんな淡い期待を抱いて。
そうしてひたすら勉強に励む日々を送る中で、亜美花に出会ったのだ。
病院で会ったとき、その澄んだ瞳を見て直感した。亜美花があのときの少女なのだと。
でも、きっと彼女は覚えていないだろう。彼女と再会できただけで十分だ。
そう思った芯平は、昔のことは話さないでいた。
二人で商店街に向かっている途中、彼女が何気なく誉めてくれたときには、うれしさで胸がいっぱいになった。
我ながら単純だな、と芯平は呆れて笑う。
けれど、芯平にとってはそれだけ大切な心の拠り所だった。他の入院患者たちも同じだ。
好きな本の発売日や、明日の献立。庭に咲く季節の花に、快晴の天気予報。
他人からすればちっぽけなことだって、その人にとっては大きな希望となる。
そのことを、芯平は身をもって感じていた。
だから、芯平は人の夢を馬鹿にしたり台無しにしたりするような人が大嫌いだ。
そんな彼が、おばけの挙動を見過ごせるわけがない。
少しでも亜美花の力になれたらという気持ちもあって、彼はメルトレンジャーに入った。
お菓子泥棒を捕まえるという、同じ志のもとに集まった仲間たち。
短い間でも、彼らがやさしくて良い人たちだというのがよく分かる。
―――だから、なるべくみんなの役に立ちたいのに。
そんなことを考えていると、近くで誰かの泣く声が聞こえた。
「それ、かなちゃんが作ってくれたやつ! 返してよっ!」
声のするほうに駆けつけると、ひとりの少年が頭上の魔女たちに懇願していた。おばけのユウは透明な袋に入った、クッキーを取り上げている。
「へぇ、手作りか。そりゃいいや!」
「ガキのくせにモテるなぁ」
おばけたちは悪びれもせず笑っている。
人の幸せを踏みにるなんて、到底許せるものではない。
芯平はわきあがる怒りのまま、単身でおばけたちの前に飛び出した。
「お前たち、いい加減にしろ!」
「げっ、また現れやがったな!」
おばけたちは芯平の存在が邪魔だと言いたげに顔をしかめる。
「それはこっちの台詞だ! クッキーを返さないなら、こっちにも考えがある!」
「ふーん、いいぜ! また付きまとわれても嫌だし、相手をしてやるよ!」
おばけたちはそう言って、クッキーを持ってその場を後にする。近くの林に逃げ込もうとしているようだ。
「変身!」
追いかけながら叫び、フォームチェンジをする。
「へへっ、これでも食らえ!」
芯平が林に飛び込んだところで、おばけが彼に向かって手をかざした。
すると、地面に落ちていた枝たちが浮いて、芯平めがけて勢いよく飛んできた。
「スイーツロッド!」
芯平はロッドを構えて、飛んでくる枝をバシバシと跳ね返していく。跳ね返した枝は、偶然にもおばけたちの頭に直撃した。
「あだだだっ!」
「このっ、よくもやってくれたな!」
おばけたちが、浮かせた枝や石攻撃をしかけてくる。
ロッドで必死に応戦しながら、芯平はある違和感を覚えていた。
いつもより長く戦えている。
自分のタイムリミットである五分はとうに過ぎているはずなのに、変身は解けていない。
「何だお前、今日はねばるな!」
「ひとりだからって侮ってたぜ!」
ユウとレイも異変に気付いたようだ。魔女とマリスも同じようで、戦いを見守りながら怪訝な顔で芯平を見下ろしている。
今日に限って、なぜ力が長く持っているのだろう。
その疑問は、レイの言葉を聞いて解決した。
芯平の力の源はチューイングガム。それ単体で溶けることはまれだが、キャンディーやチョコレートなどの油分のあるお菓子と食べると、途端に溶けてしまうという性質がある。
メルトレンジャーの力は、お菓子の特性が影響しているとハッピーが言っていた。恐らく、亜美花たちがいる状態だと溶ける性質が出てしまい、五分しか戦えないのだろう。
つまり芯平は、ひとりなら長く力を使えるということだ。
―――みんなの役に立てるチャンスだ。
芯平の猛攻におばけたちがひるみ、彼が希望を見出したその時。
「ミスティックシャドー!」
何かが芯平の体をからめとり、一瞬のうちに木に貼りつけられる。
彼の身動きを封じていたのは、魔女の動かす影だった。
「まったく、見てられないわ……」
魔女は影を操りながら、ほうきの上で溜息をつく。あれだけ強いことを言っていたのに、おばけたちが芯平に圧倒されていて呆れたのだろう。
おばけたちは魔女に礼を言い、芯平に向き直った
「くそっ、さんざんやってくれたな!」
「目障りなんだよ。お前から消してやる!」
おばけたちが苛立ちをにじませて手を振り上げる。
芯平は身の危険を覚悟して、きつく目を瞑った。
作戦会議を終えた後、亜美花たちは本屋に寄るという芯平と別れ、反対方向に歩き出した。
彼の姿が見えなくなってから、爽がおずおずと口を開く。
「なあ、芯平のやつ大丈夫かな?」
「……やっぱり、爽くんも気づいた? ちょっと様子が変だったよね?」
亜美花は悩ましげに眉をひそめた。千代も光希も同じ気持ちなのか、不安そうな表情を見せている。
「もしかして、まだ風邪で休んだことを気にしているのかしら?」
「ありえるかも。あのとき、すごく申し訳なさそうだったもんね」
ハッピーの言葉に、光希がうなずく。
「全然気にすることないのに」
千代の言葉に、みんなが同意する。
芯平を心配する雰囲気が流れる中、突然四人のペンダントがけたたましく鳴り響いた。
「出やがったな!」
「あっちみたい! 行こう!」
亜美花たちはペンダントの示す通り、来た道を急いで引き返した。すると、道端に一人の少年がいた。彼はハラハラとした様子で、東の方を見つめている。ペンダントが指し示しているのはこの辺りのようだ。
「ねえ、きみ! この辺でおばけみたいなのを見かけなかった?」
「あっ、それならあっちに! おれのクッキーが盗まれて、真面目そうな兄ちゃんが取り返しに行ってくれたんだ!」
彼が言うのは、間違いなく芯平のことだろう。
亜美花たちは少年が言う東の方面に急いだ。
鬱蒼とした林に立ち入り芯平を探す。
すると、しばらくして木々の間から芯平の姿が見えた。彼は魔女の操る影に体を押さえつけられている。おばけが手を振り上げ、今にも攻撃されそうだ。
「マジカルショット!」
亜美花はスイーツロッドを取り出すと、おばけたtと芯平を引き離すように光線を打った。
「なにっ!?」
おばけたちは驚いた様子で、魔女たちのいるところへ後退りしていく。
「お待たせ! 怪我はしてない!?」
「芯平くんってば水臭いよ!」
「早く呼んでくれたらよかったのに!」
「探すのに苦労しましたわ!」
みんなが口々に言いながら、芯平のもとに駆け寄る。
「いま解いてやるからな。じっとしてろ」
爽が芯平の手足に絡まる影を掴み、腕力で引きちぎる。解放された芯平は、呆けた様子で礼を言った。
「何でここが……」
「クッキーを盗まれたっていう男の子が教えてくれたのよ」
「そうだったんだ」
芯平は、少し申し訳なさそうな表情になる。
それに気が付いた亜美花は胸がざわついた。やはり何か思うところがあるようだ。
あとで詳しく聞かなければと思っていると、ユウとレイが亜美花たちを見て顔をしかめた。
「くそっ、メルトレンジャーめ! 全員集合しやがったか!」
「今日のところは引こう!」
「あっ、この野郎!」
逃げようとしたところで、魔女は何かに引っ張られたかのように動きを止めた。
不思議に思っていると、芯平がふいに視線をめぐらせた。爽は先ほど切った影をにぎりしめたままだ。
「そうか。お前、操っている影を掴まれたら動けないんだな」
芯平のつぶやきに、魔女の顔が強張る。
「そっ、そんなことないぜ!」
「お前らがのろいから待ってやってるんだよ!」
見え見えの嘘をつくおばけたちを無視して、芯平は爽が掴んでいる影をにぎって引っ張った。力づくで引っ張るたびに、魔女の体がこちらに近づいてくる。
「このっ! 離しやがれ!」
おばけたちが手を上げ、再び小石が降りかかって来る。
亜美花はすかさずスイーツロッドをにぎり、みんなを守るように前に立ちはだかった。
「マジカルリボン!」
ロッドの先端から伸びる光の帯を巧みに操り、小石をバシバシと跳ね返していく。
しかし、隙間からわずかに小石が漏れて、自身の足元に転がって来ていた。長くはもたないだろう。
「これでは、さっきと状況が変わりませんわ!」
「いったいどうすれば……!」
「……みんな、俺に考えがある」
みんなが戸惑う中、芯平は冷静に声を上げた。
全員が怖々と芯平の作戦に耳を傾ける。
「いいですわね!」
「よし、それでいこう!」
すべてを聞き終えて亜美花が言うと、四人は彼女の背後で覚悟を決めたような顔でうなずき合った。
「行きますわよ!」
ハッピーのかけ声で、光希がリボンの端から飛び出して、前線に向かっていく。
彼の足は遅いながらも、確実に小石の隙間を縫って魔女たちのもとに近づいて行った。
亜美花も小石を跳ねのけながら、徐々に前進を始めていく。
「何だあいつ、全然当たらねえ!」
おばけたちは光希を驚きのまなざしで見つめている。
二匹の背後で、シュッとひとつの影が動いた。
「もらった!」
おばけたちの後ろから現れた千代が、ユウの手からクッキーを奪い取る。そして、身をくるりと回転させると、亜美花の脇にすたっと降り立った。
「今だ!」
芯平のかけ声とともに、亜美花と光希がロッドを構えた。
魔女たちをリボンで拘束しようとした、その時。
「うわっ!」
突然、爽と芯平が叫んだ。
振り向くと、二人の周りに蜂の大群が押し寄せている。マリスが操っているのだろう。
二人は驚きのあまり、影から手を離してしまっていた。
「今のうち!」
「あっ、こら!」
亜美花たちが手を伸ばすも、時すでに遅し。魔女たちはローブの中に消えていった。
「お兄ちゃんたち、ありがとう!」
芯平から無傷のクッキーを受け取ると、少年は満面の笑みを見せて帰っていった。
後ろ姿を見送り、みんなで帰路に着く。
その途中、亜美花たちは芯平にどうして早く応援を呼ばなかったのかと詰め寄った。
彼は観念した様子で洗いざらい話す。
すると、みんなはホッとしたように笑った。
「私たち、みんな椎名くんのこと頼りにしてるよ」
「そうそう! 頭脳がいないとグダグダになっちまう」
「さっきのことも、お手柄でしたわ!」
「本当にすごかったよ! ぼく全然気づかなかったもん!」
「悩みがあったら遠慮なく言ってね。話してみなきゃわからないこともあると思うんだ」
「ありがとう……」
みんなの言葉に、芯平はわずかに目を潤ませた。
「離してみなきゃわからない、か……」
「ん? 光希くん、何か言った?」
「ううん、何でもないよ!」
亜美花に聞かれ、光希はぶんぶんと手を振る。
彼はうつむくと、何かを決意したような表情を浮かべた。
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