第8話
「うわぁぁぁ、すっごーい!」
「楽しそうですわぁ!」
ポップなデザインのゲートをくぐり抜けた亜美花とハッピーは、待ち受けていた景色に感嘆をこぼした。
ジェットコースターに空中ブランコ、フリーフォールに観覧車といった、見上げるほど大きいアトラクションの数々。うさぎやくまの可愛いキャラクターの着ぐるみたちが配るカラフルな風船。所々に見える、星やハートのあざやかなトピアリーたち。
青空の下に広がる園内は、たくさんの人の歓声と笑顔で溢れていた。
「おぉ、やっぱり混んでるなぁ!」
「夏休みですもんね」
爽と千代が、辺りを見ながら感慨深そうにつぶやく。遅れてゲートを抜けてきた光希と芯平も、きょろきょろと園内を眺めている。
少女からチケットをもらって数日。夏休みを迎えた亜美花たちは、近所の遊園地を訪れていた。
ひだまり町から三駅ほど離れたところにあるこの遊園地は、それほど有名ではないが、人気のアトラクションが数多くそろう地元の定番スポットだ。
「ほらほら、早く行きましょ!」
ハッピーは興奮を隠せない様子で、亜美花の肩をポンポンと叩いて先を急かしてくる。遊園地でなら見られても目立たないだろうということで、今日はかばんには入っていない。
初めはお菓子泥棒が気にかかり行くのをためらっていた。しかし、そのことを亜美花がハッピーに伝えると、あっさり「気分転換も大事ですわ」と言われたのだ。
何だかハッピー自身が来たかっただけの気がしなくもないが、細かいことは気にしないでおこう。
何にせよお許しが出たので、今日は全力で楽しむつもりでいる。
「それじゃ、どこから回ろっか?」
亜美花はゲートから少し離れた道端で止まると、三つ折りのパンフレットを広げて、みんなに問いかけた。
「ジェットコースター!」
「ぼくはゴーカート!」
「空中ブランコに行きたい!」
「俺はおばけ屋敷かな」
私服のみんなは、いつもよりも元気に答えた。
亜美花はお気に入りのピンクのパーカーワンピース、千代は白のTシャツの上に黄色いキャミソールを着てデニムのショートパンツと合わせている。
爽は青いTシャツに膝丈のカーゴパンツ、光希は襟と折り返しの袖口がチェック柄になっているTシャツに茶色っぽいハーフパンツ。芯平は黒いキャップを被り、白のTシャツにカーキの半袖シャツ、黒のスキニーパンツという出で立ちだ。こう見るとよく個性が出ていて面白い。
「ものの見事にバラバラですわね」
意見の揃わない四人を見て、ハッピーはくすくすと笑う。
「じゃんけんで決めよっか! 私が勝ったらコーヒーカップね!」
力の入ったかけ声とともに、みんなの手が真ん中に出される。
記念すべき一番手を勝ち取ったのは、グーを出した白く小さいぬいぐるみのような手だ。
「あら、ごめんあそばせ」
ハッピーがわざとらしく頬に手を当てて微笑む。
静観する雰囲気を出しておきながら、ちゃっかり参加してきた彼女に、五人は思わず笑ってしまった。
しかも、ご所望はメリーゴーランドときた。実にお嬢様らしい。
「グーかパーしか出せないのに、お前すげーな!」
「おほほほほっ! 何だか勝てる気がしましたのよ!」
感心した様子の爽に対して、ハッピーは優雅に答える。
こうして、亜美花たちは和やかに遊園地を巡り始めた。
「―――ぃゃぁぁぁぁぁあああああああっ!!」
亜美花と千代は、爽の背中を押しながら全速力でおばけ屋敷から飛び出した。強張った顔にはじんわりと冷や汗がにじみ、ぜいぜいと苦しそうに肩で呼吸をしている。
「あぁ、怖かった……」
「もう絶対に入りたくない……」
遊園地のおばけ屋敷なんて高が知れている。そう思って入ったものの、中は予想以上に恐ろしかった。スタッフの気合いの高さがうかがえる。芯平のリクエストがなければ、絶対に入らなかっただろう。
「あはははっ! すっげー絶叫だったなぁ!」
震える二人とは対照的に、爽はあっけらかんとした様子で笑う。
彼はまったくもって怖くなかったようだ。
「あ、あなたの精神力を分けてほしいですわ……」
亜美花の肩にしがみついているハッピーが、信じられないといった面持ちで爽を見つめる。
彼女の意見に、亜美花と千代は激しくうなずいた。
「ほら、出口だぞ」
芯平がのれんをめくり、遅れて亜美花たちのもとに現れた。至って冷静な彼の腰には、涙目で顔の青い光希がくっついている。
「やっと終わったぁー……」
「よく頑張ったな」
明るい外に出た光希は、ほっとしたように体の力を抜いた。そんな彼の背中を、芯平はやさしくポンポンと叩いている。
「二人ともおかえり」
「芯平、どうだった? 初のおばけ屋敷は?」
爽に言われて、芯平は苦笑いをこぼす。
「あまり好きではないかな」
「はははっ、そんな感じの顔してんな!」
自分からリクエストをした手前、そのままの感想は言いづらいのだろう。芯平は少しためらいがちに言った。
亜美花たちのようにわかりやすく怯えてはいないが、芯平の顔はどことなくやつれて見える。怖いというよりも、少し気分が悪そうだ。
「よし、ちょっと休憩しよ!」
亜美花は空気を変えるように、両手を合わせた。
千代が両手で顔を仰ぎながらうなずく。
「そうだね、もう結構回ったし」
「あそこにちょうどいいベンチがありますわよ」
ハッピーは、通路から逸れたところにある日影を指さした。ありがたいことに、横長のベンチが二つ並んでいる。
「ぼく、ここに座るーっ!」
「さすがに疲れたな」
光希と芯平が言い、みんなでベンチに腰を下ろす。
「あー、すっげぇのど乾いた!」
全力ではしゃいでいた爽は、汗をぬぐって飲みかけのソーダのボトルを開けた。しゅわしゅわと音を立てて中身が勢いよくふき出し、爽の手をぐっしょりと濡らした。
「うわっ、やっちまった!」
「あぁー、さっき振ってたから……」
「爽くんったらドジだなぁ!」
「シャツにかからなくて良かったな」
わいわいと騒ぐみんなを見て、亜美花は思わず笑みをこぼす。
普段メンバーといるときは、お菓子泥棒を追いかけて苦労してばかりだ。
みんなと力を合わせて戦うのも悪くはないが、こういう穏やかな思い出が増えてうれしい。
くたくたになるまで遊び回って、みんなでご飯を食べて、他愛のない話で盛り上がる。
今まで日常だと感じていたことが、途端にきらきらと輝いて見えた。
それに、今日だけでみんなの距離がいっそう縮まったような気がする。
出会いは大変だったけど、こうして引き合えたことは、何物にも代えがたい宝だと思う。
亜美花が幸せに浸っていると、突如として園内の中心部から複数の悲鳴が上がった。
それと同時に、五人のペンダントから警告音が鳴り渡る。
「なに!?」
「あっちのほうですわ!」
のんびりした時間が、瞬く間に緊張した空気で塗りつぶされる。
亜美花たちが急いで駆けつけると、フードコートの周辺は騒然としていた。
「お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞぉ~!」
「きゃあぁぁっ!」
「そのポップコーンを、オレに寄こせ!」
「うえーん、返してよぉ!」
子どもたちの泣き声が響く。
フードコートの周辺を、ユウとレイが辺りを縦横無尽に動きまわり、客からポップコーンを盗んでいたのだ。
ニタニタと笑って人々に迫る二匹の姿に、亜美花はふつふつと怒りがわいてくる。
亜美花がペンダントを強く握りしめた、その時だった。
「あなたたち、また来たの?」
頭上から冷たい声が降り注ぐ。勢いよく顔を上げると、自動販売機の上に魔女が立っていた。その肩には黒猫のマリスも乗っている。彼らの表情は、逆光でより冷ややかに厳めしく見えた。
「あーあ、忠告してあげたのに。馬鹿なやつ!」
「何ですって!?」
「この、降りてきやがれ!」
ハッピーや爽の怒り声には答えず、魔女は手もとに黒いほうきを出現させた。そして、それに悠々と腰かけ、おばけたちに呼びかける。
「ふたりとも、帰るよ」
「ラジャー!」
「あっ、待ちなさい!」
ユウとレイは、ポップコーンのカップを大量に抱えて去っていく。
彼らを追いかけて、亜美花たちは走り出した。しかし、混乱した人波に逆らって進んでいるため、その距離は縮まらない。
「このままでは逃げらてしまいますわ!」
ハッピーが悔しそうに顔をしかめたその時。マリスの首輪が空に突き出していた木の枝に引っかかり、不幸の蜜が入った小瓶が外れた。小瓶は宙を舞い、巨大迷路の中に落ちていく。
「しまった!」
魔女たちが巨大迷路に引き返そうとすると、突然周囲に強風が吹き荒れた。彼らの体が吹き飛ばされて、遠くへ消えていく。今がチャンスだ。
「あいつらより先に、不幸の蜜を回収しよう!」
「上から見た方が早いんじゃないか!?」
千代の呼びかけに、爽が意見を出す。それに対して、亜美花は即座に口を開いた。
「この状況じゃ無理だよ! 迷路に入るしかないって! でも……」
こんなだだっ広い迷路では、不幸の蜜を探すどころではない。見つける前に迷子になってしまうのではないだろうか。
亜美花がどうしたものかと悩んでいると、ふいに芯平が口を開いた。
「壁に手をついて行けばいい」
「えっ?」
「どういうこと?」
首を傾げるメンバーに、芯平は言葉を続ける。
「迷路は片方の壁に手をついて進めば、必ずすべての道を通るようになってるんだ。時間はかかるかもしれないけど、これなら迷うことなく不幸の蜜を探せると思う」
理路整然と説明する芯平に、亜美花は感動する。
「芯平くん、すごい!」
「そんなこと、よく知ってるな!」
「いや、それほどでも……」
みんなから口々に飛び出す誉め言葉に、芯平は照れた様子で帽子のつばを下げた。
その仕草を見て、亜美花は動きを止める。けれど、考えるより早くハッピーが声を上げた。
「そうと決まったら行きますわよ!」
「あっ、うん!」
亜美花たちは入口で二手に分かれて、不幸の蜜を探し始めた。右側は亜美花と芯平とハッピー、左側は千代と爽と光希だ。
亜美花は、右の壁に手をついている芯平に続いて進む。ときどきすれ違う他の客は、足元ばかり見ている亜美花たちに物珍しそうな視線を向けていた。
しかし、それよりも亜美花は気になることがあった。先ほどの芯平についてだ。
帽子のつばを下げるあの仕草、どこかで見たことがあるような気がする。
ぼやっとした既視感の正体を考えながら進んでいると、迷路の中腹に差し掛かったところで芯平が声を上げた。
「見つけた!」
その言葉に視線を走らせれば、道の真ん中に不幸の蜜が入った小瓶があった。
いつの間にか風は弱まっており、芯平がホッとした表情で手を伸ばしたその時。
芯平の前を白い影が勢いよく横切った。
先ほどまであった小瓶は、いつの間にか消えている。
「残念だったなぁ!」
「こいつは渡さないぜ!」
上空にはいつの間にか魔女たちがいた。おばけが小瓶を見せびらかすように掲げ、中身を揺らしている。
「いつの間に戻って来たんですの! この大福おばけ!」
「だぁれが大福だ! このちんちくりん!」
憎たらしい態度の二匹に、ハッピーが険しい顔で吠えた。その子どもみたいな挑発に、ユウはまんまと乗っている。
「今度こそ逃がさないわ! 変身!」
亜美花と芯平はペンダントをにぎって、すかさず変身をした。
「マジカルリボン!」
亜美花が天に掲げたロッドの先端から、光の帯が伸びた。それは魔女のほうきに絡みつき、逃げ出そうとする彼らの動きを止めた。
「マジカルショット!」
間髪入れずに、芯平が光線を連続で放つ。
「ミスティックシャドー!」
魔女が手をかざし、亜美花たちの足元の影がうごめいた。
触手のように伸びた影は、芯平の放った光線を跳ね返し、亜美花の体をかすめた。
「きゃあぁっ!」
「ピンク!」
芯平とハッピーが、跳ね飛ばされた亜美花を目で追う。亜美花の手からロッドが離れ、魔女のほうきに絡みついていた光の帯が消える。
そちらに気を取られている間に、芯平も影の触手で頬を叩かれ、地面に転がった。
「二人とも、大丈夫か!」
亜美花たちが何とか体を起こそうとしていたとき、変身した爽たちが駆け付けた。
しかし、時すでに遅し。魔女たちは高い所から、メルトレンジャーを見下ろしていた。
「さようなら、メルトレンジャーさんたち」
魔女が嘲るように冷たい微笑みを浮かべる。
広げた闇色のローブで体を隠すと、彼らは一瞬のうちに消えてしまった。
また魔女たちを逃してしまった。
亜美花たちは肩を落としながら、園内をとぼとぼと歩いていた。
「仕方ないですわ。もっと作戦を練って、またがんばりましょ!」
「そうだよね」
ハッピーがみんなを元気づけるように言う。
五人は溜息をつきながらも、気持ちを切り替えるように笑った。
「捕まえられなかったのは残念だけど、今日は楽しかったな!」
「うん! またいつか、みんなで来ようね!」
爽の言葉に、光希が明るく答える。
穏やかな雰囲気が戻り、ゲートに向かっていると、その途中で亜美花たちのもとに数人の足音が近づいてきた。
「氷室じゃん!」
「偶然だね!」
爽に声をかけてきたのは、彼と同い年くらいの少女数人だった。
「おう、お前らも来てたんだな」
恐らくクラスメイトか何かなのだろう。
爽は彼女たちと親しそうに話し始めた。
彼は本当に友だちが多いなあ。
亜美花がそんなことを考えていると、ふいに隣にいる千代の姿が目に入った。
彼女は爽が少女たちと話している光景を、気に食わない様子で見つめていた。
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