第7話

 「お父様、大変です。新たな敵が登場しましたの! それも影を操る魔法使いですわ!」

 魔女が現れた日の夜。

 ハッピーは亜美花が夕ご飯を食べている間に、彼女の部屋の机の上で鏡と向き合っていた。鏡に映っているのは、彼女の父親であるお菓子の国の王様だ。

「あぁ、何と言うことじゃ……! 影魔法は数ある魔法の中でも、もっとも厄介で凶悪なものじゃないか。メルトレンジャーの諸君は無事なんじゃろうな?」

 心配そうな表情の王様に、ハッピーは五人の無事を伝える。

「それなら良かった。未来ある若者たちが傷つくなんて、あってはならないことじゃ。ハッピー、そなたも無茶をしてはいかんぞ」

「ありがとうございます! さっそくですが、お父様。二つほどお聞きしたいことがあるんですの」

「どうした? 何でも言ってみなさい」

 王様の言葉に甘えて、ハッピーは魔女と対面したときに思ったことを話した。

「まず、お菓子泥棒たちの目的についてですわ。彼らは、ひだまり町の人々からお菓子を盗むことによって、不幸の蜜というものを集めていると言っておりました。それは何でも、一定の量を集めると何でも願いをひとつ叶えてくれるという代物らしいのです。わたくしは初めて耳にしたのですが、お父様はご存じですか?」

 ハッピーが聞くと、王様は苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。

「不幸の蜜か。以前文献で目にしたことがある。大昔は一般的なものじゃったが、近年は道徳心に欠けるという理由で収集を禁じられているアイテムのはずじゃ。妖精界では馴染みのないものじゃから詳しくは知らないが、確か不幸の蜜そのものが、願いを叶える魔力の塊であったと記憶しているぞ。悪いたくらみがある者には、絶対に渡したくない代物じゃな」

「まったくもってその通りですわね……」

 ハッピーは魔女たちの陰湿な表情を思い出して、固い唾を飲み込んだ。

「二つ目は魔法使いのことですわ。奴は使い魔と思われる黒猫と双子のおばけを従えているのですが……。魔法使い本人から、魔族や妖精族などが放つ独特の雰囲気は感じられませんでした。ですから、正体は人間ではないかと思いましたの」

 これはハッピーの憶測にすぎない。判断材料が足りないため、亜美花たちにも言っていないことだ。

「でも、現代に人間の魔法使いなんているのでしょうか?」

 魔法使いは、遠い昔に迫害された歴史がある。

 それは亜美花たちのように、他者から魔法の力を与えられた人ではない。修行や研究などにより、自身の力で魔法を習得した純粋な魔法使いのことだ。

 そういった人々は絶滅しているとばかり思っていたので、ハッピーは頭を抱えた。

 彼女が疑問をぶつけると、王様はふわふわの顎ひげを撫でた。

「ふむ。使い魔を従えるほどの強者なら、我らの知らない所で生き延びていた可能性は大いにある。不幸の蜜を集めていることを考えると、人間への恨みが消えずに仕返しを企んでいるやもしれんな」

「なるほど。やはり、早急に捕まえなければなりませんわね」

「あぁ、頼んだぞ。我が国のために、ひだまり町のために頑張ってくれ」

 気を引き締めたハッピーは、そこで王様との通信を終えた。


 数日後の昼下がり。

 ハッピーはひだまり中学校の屋上で寝転がり、じっと流れる雲を見つめていた。

 その形が故郷の仲間に重なり、懐かしい記憶が押し寄せる。

 ―――みんなは元気にしているのかしら?

 最後に見た、仲間たちの憔悴した姿を思い出し、不安に顔を歪める。

 ハッピーはお菓子の国の唯一の後継者として、厳しくも温かい環境で育った。

 妖精界は身分による差別はないに等しい。そのため一国の姫という立場でありながら、同年代の子どもと一緒に外を駆け回ったり、城下町をふらりと訪れたりしていた。

 だから、彼女にとって国民は、苦楽をともにしてきた友人なのだ。

 少し前からエネルギーとなる、お菓子が生む幸せの気持ちが減少し、彼らは元気を失っていった。生活は出来ているものの、国に以前のような活気はない。

 そんな姿を見ていられず、ハッピーはエネルギー減少の調査を買って出たのだ。

「わたくしが必ず、この国を元に戻してみせますわ!」

 大見得をきって人間界にやって来たものの、調査は少しずつしか前進していない。

 亜美花たちは慣れないながらによくやってくれている。自分に出来ること言えば、彼らが怪我をしたときに回復魔法で癒してあげることと、魔法方面での知恵を貸すことだけだ。人間界で本領を発揮できないこの体が恨めしい。

「あぁ、もう! こうも暇だと、考えが暗くなりますわ!」

 亜美花たちが授業を受けている間、ずっとかばんの中にいるのも疲れてしまう。平日の昼間は、校舎の外で待つのが彼女の常となっていた。 

 その間、特に出来ることもなく、もどかしい時間が過ぎていく。

 ―――せめて、敵の情報だけでも集められたらいいのですけど。 

 そんなことを考えていると、ハッピーの耳に聞き覚えのある声が飛びこんだ。

「レイ、今度は何して遊ぶ?」

「うーん、校長のカツラを盗むのはもう飽きたしなぁ。裏庭に大きい落とし穴でも作ってみるか」

 ハッピーはその光景に目を疑った。

 屋上の入り口の陰から現れたのは、おばけの双子たちだった。

「あっ、あなたたち!」

 おばけたちは、ハッピーの存在に気づいて目をぎょっと見開いた。

「うげっ、お前メルトレンジャーの!」

「何でこんなところにいるんだよ!」

 双子はあからさまに嫌そうな表情で、ハッピーを指さす。

「それはこっちの台詞ですわ! まさか、次は学校で盗みを働くつもりですの!?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「レイ、余計なことを言うんじゃねぇよ! ほら、さっさと逃げるぞ!」

「あっ、こら待ちなさい!」

 屋上から飛び去っていく二人を、ハッピーは慌てて追いかけた。

 彼らはハッピーを撒こうとしているのか、高い建物の上や低い橋の下など、空中を縦横無尽に駆け巡っていく。 

 しかし、ハッピーとてただのお嬢様ではない。体力には自信がある。

「くっそ、こいつ意外としぶといな!」

「完全に見た目詐欺だろ!」

 おばけたちはハッピーのことを侮っていたらしい。

 どこまでもついてくるハッピーに、二人はたじたじの様子だ。

 珍しく参っている彼らを見て、ハッピーはほくそ笑む。

「ふふふっ、しつこさなら負けませんわよ!」

 それから数分、鬼ごっこは熾烈を極めた。お互いに息が上がりはじめ、もはや意地の勝負に突入し出したその時。

「うぷっ!」

「きゃあっ!」

 おばけたちは飛び出した先で何かと衝突した。ハッピーは二人の体に弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「ちょっと、急に止まらないで下さいまし!」

「いや止まった訳じゃねえよ!」

「何かとぶつかって……」

 三匹は自分たちにかかる影に気づいて顔を上げた。彼らの周りを、小学生と思われる三人の少女が取り囲んでいた。身長からして二、三年生くらいだろう。お団子頭と、カチューシャを付けたロングヘアと、ウェーブがかったボブヘアの三人組だ。

「わぁ~っ、何この子たち!」

「可愛い~!」 

 少女たちはあどけない笑顔を浮かべて、その場にしゃがみ込むと、ためらいなくハッピーたちを抱き上げた。

「おい、離しやがれ!」

「何のつもりだ!」

 おばけは思いきり体をよじっているが、少女たちの力は存外強いらしく、まったく振りほどけていない。

 かく言うハッピーは、抵抗する以前に困惑して固まってしまっている。

「あのう、離して頂けないかしら? わたくしたちは……」

「えっ、ゆかちゃん! こっちのぬいぐるみも喋ったよ!」

「いや、俺たちはぬいぐるみじゃ……」

「体もすごい伸びるよ! おもしろーい!」

 お団子頭の少女が、おばけの頬を掴んで引っ張った。白い頬は、まるで餅のように伸び縮みしている。

「いへっ、やへほっへ!」

 おばけは少女を睨みつけ、ふがふがとした口調で訴えている。しかし、それが余計におもしろかったらしい。少女の手は止まる所を知らない。

「決めた! 今日はこの子たちで遊ぼうよ!」

「さんせーい!」

「はぁっ!? 何言って……」

「わたしがやりたいから決まりなのー! 二人とも行こ―!」

 カチューシャを付けた少女の言葉に、残りの二人も賛同してその場を駆け出した。

 子どもたちにがっちりと掴まれた三匹は、彼女たちにされるがまま少女の家に連行されていった。


「はぁい、ミルクの時間だよ~!」

「ば、ばぶぅ……」

 数分後。おくるみに巻かれたハッピーは、カチューシャの少女の腕の中にいた。遠い目をして、空の哺乳瓶からミルクを飲む真似をしている。

「もう少しでご飯ができるからねぇ」

 その隣では、ウェーブヘアの少女が、おままごとセットで料理を作る真似をしていた。

「おーい、いま帰ったぞぉ!」

「あっ、あなた! おかえりなさい!」

 お団子頭の少女が扉を開ける仕草をして、二人のもとにやってくる。

「はい、おみやげだぞぉ!」

「まぁ、ありがとう!」

 カチューシャの少女に、巾着袋のようなものを手渡したお団子頭の少女は、ベッドの柱になわとびの紐で括り付けられているおばけたちの前でしゃがんだ。

「こむぎ、おもち。元気にしてたかぁ?」

「……わん」

 おばけたちが犬の鳴きまねをすると、お団子頭の少女は満足そうに二人のもとに帰って行った。二匹は飼い犬という設定らしい。

 先ほどから三十分以上は、こんな調子でおままごとが続いている。

 ハッピーがうんざりしていると、階下から母親と思しき人物が「さくら!」と呼びかけた。恐らく、カチューシャの少女の名前だろう。

「おやつがあるわよー! みんなで取りに来なさい!」

「はぁーい!」

 その声を聞いて、三人は部屋をバタバタと出ていった。

 かしましい空間が、途端に静かになる。

「ねぇ! わたくしたちは、いつまでお遊びに付き合わされるんですの!?」

 痺れを切らしたハッピーは、怒りまじりでおばけたちに訴えた。

「そんなの俺たちが知るかっ!」

 態度の悪いおばけに、ハッピーのいらだちは加速する。

「というか、あなたたち得意の念動力で何とかなりませんの!?」

「無理だからここにいるんだろうが! 物は動かせるけど、縄の結び目が硬すぎてほどけねぇんだよ! あいつら、まじで許さねぇ!」

 恐らくそれは、二匹が最後まで逃げ出そうと抵抗していたからじゃないだろうか。

 ハッピーはそう思いながらも、心の中にとどめておいた。

 何せハッピー自身も、布できつく何重にも巻かれて動けない状況だからだ。

「だから、自力で脱出しねぇと……」

 片方のおばけが言いかけて、急に会話が止まる。三匹はじとっとした目つきで顔を見合わせた。

「……ここはひとつ、協力いたしませんこと?」

「仕方ねぇな。このままじゃ一生おままごとに付き合わされそうだし」

「でも、どうするんだよ。何かいい考えはあるのか?」

 おばけの言葉に、ハッピーはハッとなって口を開いた。

「助けを呼べばいいんじゃありませんこと? ほら、あなたたちの仲間の黒猫とか!」

「あいつは無理だよ。いつも一人でどこかほっつき歩いてんだ。俺らと慣れ合う気はないだろうぜ」

 おばけは憎たらしそうに顔をしかめた。

 どうやら仲間ではあるが、折り合いは良くないらしい。

「ちんちくりん、お前は何かできねぇのかよ」

「わたくしはハッピーですわ! そんな名前で呼ばないで下さいまし! あなたたちこそとんちくりんじゃありませんの!」

「ふざけんな、俺たちはちんちくりんじゃねぇ! 俺がユウで、こっちがレイだ! よく覚えとけ!」

 片方のおばけがあごで隣の相棒を指して力説する。瓜二つの見た目だが、ユウは右目の下にほくろがあり、レイは左目の下にほくろがあった。

「わかりましたわ。申し訳ありませんけど、わたくしができるのは治癒魔法くらいですの。いまの状況では役に立つかどうか……あっ!」

 ハッピーは勉強机の上に出しっぱなしのハサミを見つけて声を上げる。

「こうなったら、ハサミで縄を切るのですわ!」

「だから、手が塞がってるっつーの!」

「まずはあなたたちが、わたくしの布を念動力でどうにかして取って下さいな! そしたらわたくしが、あなたちの縄を切りますから!」

「なるほど、そういうことか」

「集中すれば何とかなるか。よし、やってみよう」

 ユウとレイはカッと顔に力を入れて、ハッピーを睨みつけた。

「わわっ!」

 すると、ハッピーの体がその場に浮き上がり、くるくると回転を始めた。体を包んでいる布が、ゆっくりとはがされていく。

「よし、できた!」

「ちょ、ちょっと目が回りましたわ……」

「耐えろ! 早く俺たちの縄を切れってくれ!」

 体が自由になったハッピーは、フラフラとした足取りでハサミを取りに向かった。

 何とかハサミを手に入れて、ユウとレイのもとに急ぐ。慣れない手つきでハサミを構えると、ハッピーはすごみの効いた顔で口を開いた。

「先に謝っておきます。わたくしはこんな手ですから、ハサミを扱うことがありませんの。ちょっとくらい体を切ってしまっても許して下さいませね」

「怖ぇこと言うなよ!」

 ユウが叫んだとき、少女たちが階段を上がってくる音がした。

「やべぇ、戻って来る!」

「急げ急げ!」

 ハッピーは急かされながらも、何とか二匹の縄を切った。

「よっしゃ、これで逃げられるぞ!」

 拘束が解けて二匹が飛び上がった瞬間、部屋の扉が開いた。

「お待たせ! カステラ持ってきたよ!」

「あれっ、何で縄が……」

 カチューシャの少女は、お盆にカステラの箱と、人数分のプラスチックのコップを乗せて戻って来た。後ろにいるお団子頭の少女は、お茶のボトルを持っている。

 それを見た二匹は、目をギラリと光らせた。

「いただき!」

「きゃあっ!」

 お盆の上で途端に風が起こり、少女たちは悲鳴を上げた。

「あっ、カステラが!」

「もしかして、あれがお菓子泥棒!?」

 気づけば、ユウとレイがカステラを持って、窓から逃げようとしているところだった。

「こいつはもらってくぜ!」

「さんざん遊びに付き合った駄賃だ!」

「こら、待ちなさい!」

 少女たちが困惑して立ち尽くしている中、ハッピーは二匹を追いかけた。

 二匹は平和な住宅街の上を、悠々と飛んでいく。

「捕まえられるもんなら捕まえてみな!」

「あっかんべー!」

「この、相変わらずムカつく態度ですわね!」

 憎まれ口を叩く二匹を懸命に追っていると、彼らのもとに一対の足音が近づいた。

「マジカルリボン!」

 横道から光の帯が伸びて、ユウの腕をバシッと叩く。

「痛ぇっ!」

 ユウが思わずカステラを取り落とす。それを受け止めたのは光希だった。

「光希! ナイスですわ!」

「間に合って良かった。ちょうど近くにいたんだ」

 ハッピーが光希のかたわらに行くと、二匹は悔しそうに顔をしかめていた。

「くそっ、それは俺たちのもんだぞ!」

「返しやがれ!」

「またどこかから盗んだんでしょ! 返さなきゃいけないのはそっちだよ!」

 光希の正論に、二匹はぐうの音も出ないようだ。拳をにぎりしめて、プルプルと震えている。

「くそっ、このまま奪われて堪るかよ!」

「やってやる! ちびすけだけなら怖くねぇぞ!」

 そう言うと、二匹は近くにあった自動販売機に手をかざした。すると、自動販売機はまるで命が芽生えたかのように、ひとりでに歩き出したのだ。

「うわぁっ!」

 ドシンドシンと大きな音を立てて近づいてくる自動販売機を目にして、光希は顔を強張らせて走り出した。

 自動販売機の移動速度は、その重い体からは想像できないほどに速い。そこまで足が速くない光希は、気を抜けば追いつかれてしまいそうだ。

「どうしよう、さすがにこれは僕だけじゃ止められないよ!」

「とにかく逃げるのですわ!」

 ここまで重量のある物だと、ロッドでも太刀打ちできない。

 良い案が思いつかないハッピーは、カステラを抱えて逃げる光希を、ただ励ますことしか出来なかった。

「うわっ、何だあれ!?」

「自動販売機が動いてる!」

 ときどき通りすがる歩行者たちや、家を出ようとしていた人々が、悲鳴を上げて道の端に避けていく。

「わっ!」

 光希がけつまずいて地面に倒れ込み、ハッピーは顔を青くした。

「光希、早く立って!」

 彼が起き上がろうとしている間に、自動販売機はすぐそこまで迫ってきていた。

 おばけたちが勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

「へへへっ、さあ観念しな!」

「そいつを返せば助けてやるぜ!」

 ―――もうダメですわ!

 ハッピーが覚悟して目をつむったその時だった。

「マジカルショット!」

「うぎゃっ!」

 二匹の体を光線がかすめ、苦悶の表情を浮かべる。

 ハッピーが後ろを振り返ると、そこには亜美花たちが息を切らせて立っていた。

「二人とも大丈夫!?」

「亜美花ちゃん! みんな!」

 光希がホッとしたように叫ぶと、亜美花と千代と爽が、彼を守るように前に立ち塞がった。

「光希、怪我してないか?」

「うん!」

 芯平は光希に駆け寄り、彼を助け起こした。

「よってたかって二人をいじめるなんて許せない!」

「今日こそは捕まえてやる!」

 三人は飛び上がると、二匹に向かってマジカルリボンを伸ばした。

 あと少しで二匹に届くかと思われた瞬間、横から黒い影が彗星のように現れ、二匹をかっさらって行った。

「あぁっ、出ましたわね!」

 二匹を抱えていったのは、ほうきに乗った魔女だった。

「この子たち、回収していくわね」

「待てこら、逃げんな!」

 爽が怒り声を上げるも、魔女は黒いマントを翻し、その体ごと二匹とともに消えていった。

「あー、また取り逃がした!」

「あと少しだったのに……」 

 亜美花たちは残念そうに溜息を吐いて変身を解いた。光希と芯平も変身を解き合流する。

「それにしてもハッピー、どこに行ってたの?」

「あぁ、それが中学校の屋上でおばけたちと遭遇しまして……」

 そこまで言って、ハッピーは動きを止めた。

 ユウとレイはなぜ中学校の屋上にいたのだろう。

 初めは中学校で悪さをするつもりだろうかと思ったが、それは二匹が即座に否定していた。

 だから偶然通りかかったのだろうと気にしていなかった。

 けれど、ついさっき亜美花たちと同じタイミングで登場した魔女を見て、ハッピーはひらめいた。いくつかの情報が重なり、確かな仮説を組み上げていく。

「亜美花! もしかしたら、魔女はひだまり中学校の人間かもしれませんわ!」

「えっ、どういうこと!?」

「そのままの意味ですわ。魔女が人間じゃないかということは、この前会ったときに雰囲気で感じ取っていたんですの。魔族や妖精族のそれとはまったく異なりましたから」

 ハッピーは先ほどの考えを、亜美花たちに説明した。

 彼らはにわかには信じがたいという顔をしていた。どちらかと言えば、信じたくないといった感じだ。

「生徒の中に魔女がいるのか……」

「先生の可能性も捨てきれませんわよ」 

 みんなが難しい顔でいると、そこに軽い足音が近づいてきた。

「あっ、いたいた! おーい!」

「あれ、さくらちゃん!」

 やってきたのは先ほどのカチューシャの少女たちだった。どうやら光希の同級生らしい。

 少女は光希のもとまで来ると、光希とハッピーの姿を交互に見て目を丸くした。

「光希くん! もしかして、この子と一緒にカステラを取り返してくれたの?」

「うん。ちょっと潰れちゃったけど……」

「いいの、取り返してくれてありがとう!」

 申し訳なさそうにする光希に、少女たちは首を振った。そして、ハッピーに向き直る。

「さっきは無理やり遊びに付き合わせてごめんね」

「いいんですのよ。それより、あのおばけを見かけたらもう近づかないようにしなさいね?」

「はーい!」

 少女たちはニコニコと答えた。

「あっ、そうだ! よかったらこれあげるね!」

 カチューシャの少女は、ポケットから一枚の封筒を取り出した。

「さっきのお礼! 期限が近いから、早めに使ってね!」

 封筒を光希に手渡すと、少女たちは笑顔で手を振って帰って行った。

 彼女たちの背中を見送ったあと、みんなの視線が封筒に戻る。

「それ、何が入ってるんだ?」

 爽に言われて、光希は封筒の中身を出した。

「これは……」

 封筒に入っていたのは、近所の遊園地のチケット五枚だった。

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