第3話

 「もう、何であんな所に引っかけていくの!」

 六月の初め。人通りのない穏やかな並木道で、亜美花は困り果てていた。

 先ほどまで追いかけていたおばけが、木の枝にお菓子を引っかけたまま逃げてしまったのだ。よりにもよって、ジャンプをしても届かない位置にある。

 盗まれたお菓子を奪還し、子どもに返すまでが亜美花の仕事だ。しかし、時間が切れて変身が解けてしまったため、今の亜美花はごく普通の中学生。頼れる仲間の千代も、部活で不在ときている。

「ねぇ、ハッピーが取ってきてくれない?」

「むっ、無理ですわ! あの木、虫がたくさんいるんですもの!」

 ハッピーは顔を真っ青にして首を横に振る。

 話には聞いていたが、お菓子の国の姫君であるハッピーは、根っからのお嬢様気質らしい。今回は自由自在に飛べるという長所を活かすことはできなさそうだ。

 どうしよう、近所で脚立でも借りてこようか。

 亜美花が木を見上げて悩んでいると、後ろから声がかかった。

「そこの子、ちょっとどいてな」

「えっ!?」

 亜美花が振り返ると同時に、ひとりの少年が横を駆け抜けていく。

 彼は力強く踏み込むと、木の手前で高く飛び上がった。そのまま軽々とお菓子を取り、きれいな山なりを描いて着地する。そのすばらしい身のこなしに、亜美花の目は釘付けになった。

「ほら、これが取りたかったんだろ?」

 少年はカラっとした笑顔で、亜美花にお菓子を差し出す。

 亜美花の頭ひとつ分以上は高い背丈に、逆三角形の鍛えられた肉体。やや毛先の跳ねた短髪で、肌は小麦色に焼けており、スポーツをやっている人間なのだろうと察しがついた。体は大きいものの、はつらつとした雰囲気のおかげで威圧感はない。

「ありがとうございます!」

 通りがかりに助けてくれるなんて、親切な人もいるもんだなあ。

 亜美花は感激しながらお菓子を受け取った。

「それにしても、変なところに引っかけたな。今度は気を付けろよ!」

 少年は手をひらひらと振り、さわやかに去って行った。


 数日後の放課後。ひだまり中学校は一学期の中間テスト一週間前となり、すべての部活が休みに入った。

 そこで亜美花たちは、勉強がてらおばけを捕まえる作戦会議をしようと約束していた。

 しかし、そんなときに限って亜美花は日直の当番が回ってきていた。

 自分の運の悪さが恨めしい。

 亜美花は生徒が去った教室で、必死になって日誌を埋めた。

「うわ、もうこんな時間!」

 日誌を書き終えた亜美花は、黒板上にある時計を見てガタっと席を立った。約束の時間から十五分も経っている。

 担任の教師に日誌を提出して、急いで職員室を出ようとした時。亜美花は、ちょうど職員室に入ろうとしてきた女子生徒と肩がぶつかってしまった。

「きゃっ!」

 幸いにも転びはしなかったが、ぶつかった女子生徒は腕に抱えていたプリントを床にぶちまけてしまった。亜美花の顔から、ぶわっと冷や汗が流れ出す。

「ごめん、大丈夫!?」

「私は平気。あなたは?」

 女子生徒は少しだけ肩をさすると、すぐに何事もなかったかのような表情に戻った。

 特に怪我はないようで、亜美花はホッとする。

「私は全然大丈夫! あっ、いま拾うね!」

 亜美花は大慌てで床に散らばるプリントを集め始めた。女子生徒も静かにしゃがんで、プリントに手をかける。

 両耳の下で三つ編みにした長い黒髪が、たらりと垂れた。仕草に落ち着きがあり、どことなく大人っぽい雰囲気の少女だ。

 隣のクラスの生徒だったと記憶している。確か名前は―――

「おーい、渋川。大丈夫か?」

「はい、問題ありません」

 デスクから身を乗り出して様子をうかがう教師に、女子生徒は冷静に答える。

 名前を思い出して納得したとき、亜美花はプリントを集めきり、女子生徒に渡した。

「これで全部かな。本当にごめんね」

「気にしないで。それより、急いでるんじゃないの?」

「あっ、そうだった!」

 亜美花は去り際にもう一度謝りながら、待ち合わせ場所の昇降口に急いだ。

 がやがやと生徒がたむろしている中で、千代の姿を探す。彼女はガラス戸に背を向けて凛と立っていた。

「千代ちゃん、遅くなってごめん!」

「亜美花!」

 声をかけると、千代はパッと顔を明るくした。

「全然いいけど、何かあったの? そんなに息切らせて」

「日直してたら時間が押しちゃってさ……。待たせたくないから走ってきちゃった」

 肩で息をする亜美花を見て、千代は気にしなくていいのにと笑った。

「じゃあ行こっか」

 千代に言われて、亜美花は彼女と一緒に歩き出した。 

 あれ以来、二人は下の名前で呼び合うようになっていた。今では可愛いもの好きを公言できるようになった千代だが、初めて秘密を打ち明けた亜美花の存在は大きかったらしい。互いに可愛いものが好きということもあり、二人はかなり親しい関係になっていた。

「それでね、その人すごかったんだよ! 私たちと同い年くらいなんだけど、体操選手みたいなジャンプしてさ! 高い所に引っかかってたお菓子を、あっさりと取ってくれたの!」

 亜美花は校門に向かって歩きながら、先日の少年のことを話した。隣に並ぶ千代は、感心した様子であいづちを打っている。

「今度会ったら、改めてお礼言わなきゃね」

 そんな風に話していると、亜美花のかばんの中からハッピーがこそっと顔を出した。

「ねえ、亜美花。この水の音は何ですの?」

「水の音?」

「あちらのほうから聞こえますわ。いつもこんな音はしていませんでしょ」

 ハッピーは学校の裏手を指さした。その方向にあるのはプールだけだ。

 よくよく耳をすませると、確かにバシャバシャと水の音がする。気になった二人は、ハッピーとともに学校の裏手に向かった。

 近づくにつれて、水しぶきの音がはっきり聞こえてくる。

 金網フェンスに囲まれたプールでは、ひとりの少年が一心不乱に泳いでいた。力強くて美しいフォームに、圧倒的なスピード。水泳に詳しくない亜美花でも、彼が実力者であることは感じ取れた。

「先輩、どうしたんですか!」

 千代が金網の扉を開けてプールサイドに駆け寄る。どうやら知り合いらしい。

 少年は千代の声に反応して、飛び込み台に手をかけて顔を上げた。ゴーグルを外して、きらきらとした瞳があらわになる。それは紛れもなく、先日亜美花を助けてくれた少年だった。

「おーっ、お千代ちゃん!」

「その呼び方やめてください」

 屈託のない笑顔を見せる少年に、千代はしかめっ面になる。

 亜美花がおずおずと近づくと、少年はその存在に気づいたようだ。あっと声を上げて目を丸くし、亜美花を指さした。

「この前の! ここの生徒だったんだ!?」

「あのときは、どうもお世話になりました」

 頭を下げる亜美花を見て、千代は驚きを隠せない様子だ。

「亜美花が言ってた人って、先輩だったの!?」

「いやあ、すごい偶然だな」

 少年はプールから上がると、帽子を脱いで亜美花に向き直った。

「俺は水泳部、三年の氷室爽っていうんだ。よろしくな」

「一年の堤亜美花です。よろしくお願いします」

「おう!」

 爽は気さくな返事をすると、爽は飛び込み台に置いていたタオルで髪を拭き始めた。

「しかし、千代の友だちだとは思わなかったなあ。驚いたよ」

 亜美花と千代はクラスも部活も違う。小学校が同じだったわけでもない。どこに接点があったのだろうと思うのは仕方ないだろう。しかし、それは千代と爽も同じだ。

「二人も知り合いだったんですね」

「おう、ロードワーク中に仲良くなってな!」

「あれはちょっかいって言うんですよ、先輩」

 なるほど、と亜美花は納得する。

 競技は違っても、ランニングコースは運動部共通だ。雨の日は校内、晴れている日は学校の外周と決まっている。一緒の道を走っていれば、他の部活の生徒と仲が良くなることもあるのだろう。

 そんなことを考えていると、千代がハッと思い出したように口を開いた。

「って、そうじゃなくて。今日は部活のない日ですよ。忘れたんですか?」

「いや、そうなんだけどさ。ちょっと泳ぎたい気分で……」

 爽は歯切れの悪い返事をする。どこか落ち着かない様子だ。

「そういえば、千代は最近調子がいいみたいだな!」

「えっ、そうですか……?」

 千代はわずかに赤面する。うれしいような恥ずかしいような、そんな表情だった。

「あぁ、目に見えてよくなってるよ。うらやましいなぁ」

 それに対して、爽は元気がないように見える。何かあったのだろうか。

 亜美花が首を傾げていると、プールの入り口から、誰かの足音が近づいて来た。

「爽、ここにいたのか!」

「快人」

 現れたのは、制服の半袖シャツを着た男子生徒だ。男にしては長めの髪に、やや細いつり目で、爽と同じくスポーツマンらしい体格をしている。

 快人は爽のもとに来ると、やれやれと肩をすくめた。

「ったく探したぜ」

「何か用だったか?」

「一緒に勉強しようって誘いに来たんだよ。お前、ホームルーム終わってすぐどっか行っちゃったからさ。プールで泳いでるとは思わなかったわ。テスト前なのに余裕だなぁ」

 快人の冗談めかした言葉に、爽の顔が曇る。

「……余裕なんかねえよ」

「爽……?」

 快人の戸惑うような声を聞き、爽は弾かれるように顔を上げた。傷ついたような表情は、すぐに切ない笑顔に変わる。

「わりぃ、俺帰るな」

「あっ、おい!」

 爽は近くに置いていた荷物をかき集めると、そそくさとプールを後にした。

 三人は遠ざかる彼の背中を、しばらく困惑したように見つめた。

「先輩、どうしたんですか?」

 千代の問いに、快人はわしゃわしゃと頭をかく。

「わからん。最近様子が変だなとは思ってたんだけど。無神経なこと言ったかな」

 快人は気を落としたようで、大きい背中を窮屈そうに丸めている。

 亜美花はどうしたものかと視線をめぐらせた。すると、飛び込み台の上に置いてあるゴーグルが目に入った。

「あれって、もしかして先輩の?」

「あぁ、本当だ。忘れていっちゃったのかな」

 千代がひょいとゴーグルを拾い上げる。

 余計なお世話かもしれないが、爽の様子が気になる。

「あの、私たちが届けてきましょうか?」

「そうしてやって」

 千代が聞くと、快人は少し辛そうな表情で答えた。

 亜美花と千代は顔を見合わせると、ゴーグルを持って爽のあとを追った。


 さっさと着替えてしまったのか、部室に爽の姿は見つからなかった。

 そこで二人は校外に出て、思い当たる場所を探し始めた。

「あっ! あれ、先輩じゃない?」

 亜美花が指さした先、学校近くの河原に爽はいた。川べりで三角座りをしている姿に、普段の明るさはない。

 向かいから風が吹いて、前を開けた半袖の白いシャツがはためく。やや長い髪の毛には、まだ少しだけ水滴がついていた。

「先輩、忘れ物ですよ」

 千代がそっと近づき、爽にゴーグルを差し出す。彼は力なく顔を上げると、今にも泣きそうな顔で笑った。

「ありがとう。驚かせちまったよな」

「……何かあったんですか?」

 千代が尋ねると、爽は少しだけ迷った様子で口を開いた。

「俺さ、勉強が全然できないんだよ」

 その言葉を皮切りに、爽はぽつぽつと語り始める。

「どれだけ頑張っても赤点ギリギリで、取柄って言ったら水泳ぐらいなんだ。だけど、それも最近快人に記録をこされそうになって……。もう、泳ぐ以外にどうしたらいいか分からなくなったんだ。それでモヤモヤして、つい快人にあたっちまった。あいつは大事な友だちなのに……」

「先輩……」

 千代はかける言葉が見つからないのか、切ない表情で唇を噛んでいる。そのまま、沈黙が流れた。

 何て声をかけたらいいんだろう。

 ぐるぐると考えていると、亜美花の頭にひとつのアイデアが浮かんだ。

「そうだ、甘いものでも食べて元気出しましょう! 私買ってきますよ!」

 小さい頃のことを思い出して亜美花が提案すると、爽は驚いたように目を見開いた。そして、すぐに顔をほころばせる。

「ありがとう。それじゃ、頼んでいいか?」

「はい、何でもいいですよ! 何がいいですか?」

「じゃあ、ソーダの……」

 爽が言いかけた瞬間、どこか聞き覚えのある叫び声が響き渡った。かなり近い場所から聞こえたようだ。

「今の声、快人か……!?」

「行ってみましょう!」

 三人は張りつめた表情で河原を後にした。

 辿り着いたのは、爽に助けてもらった並木道だ。並木道の入り口手前から様子をうかがうと、奥に快人の姿が見えた。彼は尻もちをついたまま、何かに怯えてじりじりと並木のほうへ後退している。その視線の先には、おばけが立ちはだかっていた。

「お菓子をくれないとイタズラするぞ~!」

「な、何だあいつ!」

 爽が驚きを含んだ声をあげる。どうやら爽も快人も、おばけがはっきりと見えているらしい。

「こっ、こいつは爽にやるために買ったんだ! 絶対に渡さねえ!」

 快人は震える声で言い切る。彼が握っているビニール袋からは、二本のソーダアイスがはみ出していた。

「快人……」

 きっと、助けに行きたいのだろう。しかし、爽は未知の存在を前にしてたじろいでいるようだ。歯がゆい様子で顔をしかめている。

 亜美花と千代は顔を見合わせると、覚悟を決めてうなずいた。

「先輩はここにいて!」

「快人先輩は、私たちが助けます!」

「あっ、おい!」

 二人はペンダントを握って、勢いよく走り出した。

「変身!」

 力強いかけ声が重なり、向かい風が巻き起こる。二人の姿は風に洗われるように、正面から順番に変わっていった。

 おばけの近くに駆け寄り、二人はブーツのかかとを鳴らして堂々と立ち止まる。

「また現れたのね、お菓子泥棒!」

「今日こそ捕まえてみせる!」

「げっ、現れやがったな!」

 おばけは後ろを振り返り、亜美花たちの姿を見ると、煙たそうな顔をした。

 相変わらず反省の色がないおばけに、亜美花は目尻を吊り上げる。

「快人先輩から離れなさい!」

「くそっ、邪魔をするな!」

 おばけが叫ぶと同時に地響きが鳴り、足元の揺れが大きくなる。

「きゃあっ!」

 亜美花は驚きながらも、なんとか足を踏ん張り、右手を前に出した。

「スイーツロッド!」

 その声に応じて、ロッドがポンと出現する。しっかり手に取ると、迷わずおばけに照準を合わせて、引き金に指をかけた。

「亜美花、待って!」

 千代の制止より早く光線が放たれる。それはおばけではなく、近くの並木に当たった。

「危ねえなぁ! お友だちに当てる気かぁ?」

 おばけの言葉に冷や汗が流れる。気が急いて攻撃してしまったが、亜美花はようやく今の状況を理解した。地震のせいで、安易に攻撃することができない。

「そんな、どうすれば……」

 何もできないもどかしさに、亜美花はスイーツロッドをぎゅっとにぎりしめる。

「ははっ、これでもくらえ!」

 おばけが勝ち誇ったように手を振り上げる。周辺からたくさんの小石が浮き上がり、容赦なく二人に襲いかかった。

「きゃあぁぁっ!」

「うっ……!」

 よろめいている二人を見て、おばけは嘲笑を浮かべる。

「へへっ、さあ早くそいつを寄越しな!」

「ひぃぃぃっ!」

 今がチャンスと、おばけが快人に近寄ったその時―――

「快人、アイスをこっちに投げろ!」

 入口で立っている爽が叫んだ。彼のかたわらには、いつの間にかハッピーがいた。

 快人は無我夢中でアイスを掴み、腕を振り上げる。力強く投げられたアイスは、真っ直ぐな軌道を描き、キャッチャーミットのように構える爽の手のひらに収まった。

「また溶けやすいお菓子ですの!? あぁもう、仕方ありませんわ!」

 文句を言いながらも、すかさずハッピーがソーダアイスに触れる。ソーダアイスは徐々に光を放ち、水色の宝石がついたペンダントに形を変えた。

「さあ、変身よ!」

「あぁ!」

 爽がペンダントをにぎりしめる。足元から勢いよく風が吹きあがり、彼の姿を塗り替えていく。水色のノースリーブワイシャツ、白のパンツ、茶色の革靴、そして、コックタイの結び目には、ペンダントの宝石が輝いていた。

「ちくしょう、また敵が増えやがった……!」

「爽、アイテムを使って戦うのですわ!」

「おうっ! スイーツロッド!」

 広げていた手のひらの上で光が弾け、金色のロッドが現れた。柄には水色のビーズがはめられている。

 爽はロッドを右手で構えると、おばけを睨みつけた。

「そこの悪党、よくも快人をいじめてくれたな!」

「はっ、黙ってお菓子を渡さねえからだろ」

 その悪びれもしない様子に、爽は眉間のしわを深めた。 

「絶対許さねえ!」

 爽は地面を蹴りつけて、おばけに向かいロッドを振り下ろす。

「うおっ!」

 おばけは慌てる様子を見せながらも、間一髪のところで避けた。爽は休む暇を与えず攻撃をしかけるが、おばけは完全に動きを見切って避けている。

 すでにペンダントの光が弱まっていた。彼の力は持って一分というところだろうか。

「バカめ、どこを狙ってるんだ!」

「あぁ、そうだよ。俺はバカだ!」

 爽はロッドを握りしめて、肩を上下させている。 

「でも、決めたんだ! バカはバカなりに全力で戦ってみせるって!」

 爽はおばけに飛びかかると、ロッドを振り上げるふりをして、両足でおばけに重い蹴りを入れた。

 おばけの体が吹き飛び、木の幹に激突する。それと同時に、地震が緩やかに収まっていった。

 おばけは蹴られた体を押さえると、ふるふると怒りに震えた様子で爽を睨みつけた。

「今日のところは、この辺で勘弁してやる! お、覚えてろよ~!」

 おばけが捨て台詞を吐いて逃走する。追いかけようとしたものの、そこで力がなくなり、爽と千代の変身が解けてしまった。亜美花も心の中で念じ、無力感に苛まれながら変身を解いた。

 悔しそうな顔をする三人のもとにハッピーが近寄る。彼女は三人を慰めるように、わずかに使える回復魔法ですり傷を治療した。

 

 事件の後、爽は快人に胸の内を明かした。

「水臭いやつだな。力になれなくたって、話くらいは聞けんだろ」

 みんなで来た道を戻りながら、快人は呆れたように笑った。

 爽もホッとした様子で、顔をほころばせる。

「それにしても、快人。お前、俺が好きなやつ覚えててくれたんだな」

「ったりめぇだろ。お前、落ち込んだときとか、いっつもあれ食ってたじゃねえかよ。誰でも覚えるっつーの!」

 快人は照れ隠しをするように口を尖らせて言うと、手を振って分かれ道に消えていった。

 快人の姿が遠のき、爽は亜美花と千代に向き直る。

「ありがとな。二人のおかげだよ」

「そんな大したことは……」

「先輩が自分で頑張った結果ですよ」

 亜美花たちの言葉に、爽はそんなことないと首を振る。

「本当に感謝してるんだ。なあ、ハッピーから話は聞いたぜ。よかったら俺も一緒に戦わせてくれよ」

 こうして爽は、お菓子泥棒を捕まえる仲間になったのだ。

 数日後の放課後。三人はテスト勉強をするために、人のはけた教室に残っていた。

「うぅ、全然頭に入らねぇ……」

 爽が机に肘をついて、頭を押さえている。彼が広げているのは英単語のテキストだ。

「英単語って、なかなか覚えられないよね」

 亜美花はノートに計算式を書く手を止めて苦笑する。

 最初は爽に敬語を使っていたのだが、彼が堅苦しいと嫌がるので早々にやめた。千代は癖なのか、未だに敬語を使っている。

「暗記は声に出してやるといいですよ。家でやってみたらどうですか」

 亜美花の隣で、千代は少々呆れたように言う。

 後輩に勉強を指導される先輩というのも、あまり見ない状況だ。

 亜美花はおかしくなって、くすっと笑った。爽は疲れてしまったようで、机に突っ伏している。そして、「そういえば」と突然何かを思い出したように口を開いた。

「俺たちって、チーム名とかあるの?」

「チーム名?」

「ほら、正義のヒーローって、変身したときに名乗るじゃん。ああいうの」

 亜美花は、幼い頃に見た朝のヒーロー番組や、魔法少女ものアニメを思い浮かべる。

 言われてみれば、そんなものがあったけど―――

「考えたこともなかったよ」

「えーっ、じゃあ考えようぜ!」

「それいいですわね!」

 爽の提案を聞いて、ハッピーが亜美花のかばんから飛び出してくる。ひょいと机に乗ると、彼女は机に広げてられている単語帳に目をとめた。

「メルトレンジャー、なんていかが?」

 全員が溶けやすいお菓子の力で戦っているからだろうか。少々頼りない名前な気もするが、これ以上なく自分たちを的確に表している名前だ。

 亜美花が感心していると、爽がカラカラと笑った。

「いいじゃんそれ。まあ、俺たちはレンジャーっていうかデンジャーって感じだけどな」

「縁起でもない……」

 千代が文句ありげに顔をしかめる。しかし、他に意見も出なかった。

「亜美花はメルトピンク、千代はメルトイエロー、俺はメルトブルーと名乗ろう!」

「何それ、面白い!」

 教室内に、やわらかな笑いが響く。

 こうして亜美花たちは、メルトレンジャーとして新たな一歩を踏み出した。

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