第1話
彼はもう、私のことを覚えていないだろうか。
中学一年生の堤亜美花は、桜の散った広い公園の小道をゆっくりと歩いていた。
春らしい温かな風が吹き、両耳の下で束ねた長い黒髪が揺れる。亜美花は遠い日を思い出し、あどけない大きな瞳をそっと伏せた。
あれは七年前の今頃。ゴールデンウィークに両親と、この公園を訪れたときのことだ。亜美花は両親が目を離した隙に、園内の人気ない林に立ち入り、迷子になってしまった。
もう帰れないかもしれない。両親に会えないかもしれない。
そう思った瞬間、途端に恐怖が押し寄せ、亜美花はその場にかがんで泣き出した。
それから、どれくらい経った頃だろう。
「どうしたの?」
木漏れ日のような柔らかい声が降り注ぎ、亜美花はそっと顔を上げた。いつのまにか、目の前に彼女と同じくらいの歳の少年が立っていた。
人が現れたことに安堵するも、しゃくりあがって上手く話せない。
苦しそうな亜美花を見て、少年はおろおろとポケットから何かを取り出した。
「これあげる」
涙で濡れた亜美花の手のひらに置かれたのは、透明なフィルムに包まれた小さな苺味のキャンディーだった。
思いがけない展開に驚いて、だんだんと涙が引いてくる。
泣きやんだ亜美花は、彼に帰り道がわからないと告げた。
「行こう。ぼくが一緒だから、大丈夫だよ」
頬を赤く染めた少年は、帽子のつばを下げて、亜美花の手を取り歩き出した。
いま思えば、彼も迷子だったのかもしれない。
亜美花を引っ張る手が、微かに震えていたことを覚えている。きっと、彼も怖かったのだろう。
それなのに、亜美花の前では涙ひとつ見せなかった。
彼のやさしさに、不安でいっぱいだった胸がじんわりと温かくなる。
そして、小さいながらも逞しいその手に、亜美花の鼓動はだんだんと速くなっていった。この手をずっと離したくないと思った。
しかし、両親のもとに着くと、彼は何も言わずに去ってしまった。「ありがとう」を伝えられないまま。
もう一度だけでいい。彼に会いたい。
亜美花は顔も名前も知らない彼との再会を願って、毎年この季節に公園を訪れている。しかし、残念ながらその夢は未だに叶っていない。
彼と出会った林の中の十字路に着き、亜美花は辺りを見渡す。やはり今年も彼の姿はない。
肩を落とした亜美花は、ポケットの中からキャンディーを取り出した。
未練がましく公園に来ているが、きっと会えないだろうということは、亜美花も薄々気が付いていた。
―――せめて、元気でいてくれるといいな。
キャンディーを眺めながら、やさしい少年の未来に思いを馳せる。
手のひらの上でころんと転がる濃いピンク色のキャンディーは、まるで亜美花のあたたかな記憶と、淡い初恋を閉じ込めたかのようだった。
「あれっ、ビスケットがない!」
連休明けの放課後。ひだまり中学校の家庭科室に戸惑いの声が響いた。
声の主は、亜美花の部活仲間である真由だ。彼女は中身の詰まったトートバックを覗き込んで慌てふためいている。今日は果物のタルトを作る予定で、先ほど一緒に材料を買って来たばかりだ。
「買い忘れ?」
亜美花に聞かれて、真由はレシートを確認する。
「ううん、レシートにはちゃんと入ってるよ」
「じゃあ、袋に詰め忘れたか、どこかで落としちゃったってこと?」
言ってはみたものの、心当たりはこれっぽっちもない。
首を傾げる亜美花たちを見て、もう一人の部活仲間である絵里がにんまりと口端を上げた。
「もしかしたら、お菓子泥棒の仕業だったりして」
聞き慣れない言葉に、亜美花も真由もきょとんとなる。
「お菓子泥棒って?」
真由が尋ねると、絵里は神妙な面持ちで身を乗り出した。
「最近ひだまり町の子どもたちの間で噂になってる話なんだけどね。弟が言うには、真っ白な幽霊が現れて、突然お菓子を盗んでいっちゃうんだって!」
「やだ、やめてよ! そんなの聞いたら一人で歩けなくなっちゃうでしょ!」
「あはははっ! こんなの作り話に決まってるじゃん。真由は本当に怖がりだなぁ」
いまにも泣きそうな真由を見て、絵里はけらけらと笑う。
「もう絵里ちゃんってば、また人をからかって……」
亜美花は絵里のことを軽くたしなめながら、噂について考える。
きっと、鳥か何かと見間違えたんだろうな。
幽霊の存在を信じていないわけではない。けれど、一度も見たことがない亜美花は、現実的に考えて時計に目をやった。
あと数十分したら、先輩たちがやってくるだろう。
クラスの用事で遅くなるからと、三人は先に買い出しを頼まれていたのだ。
亜美花は空になったトートバックを掴む。ミシンを使ったと勘違いされるほど丁寧な縫い目のトートバックは、亜美花の自信作だ。丈夫で使いやすいと、買い出しの際に重宝されている。
「ビスケットがないんだよね? 私もう一度買い直してくるよ」
「あっ、ごめんね! ありがとう!」
「よろしく~!」
亜美花は部費の入った封筒を制服のポケットに入れると、二人に見送られて家庭科室を後にした。
近所のスーパーは、住宅街を通り抜けた先にある。昼下がりの道には誰もおらず、亜美花は小走りで向かっていた。夏仕様のセーラー服が楽しそうにはためいている。
ひだまり中学の家庭科部は、毎週水曜日に料理や裁縫をする程度のゆるい部活だ。部員の仲も良く、いつも和やかに活動している。のんびりした性格の亜美花には、ぴったりの環境である。
今日も彼女が望む、穏やかな放課後になると思っていた。しかし―――
「わぷっ!」
曲がり角に差しかかったとき、亜美花の顔に柔らかくすべすべとした、大福のようなものがぶつかった。そのまま反動で尻もちをつく。
「いてててて……。ごめんなさい! 大丈夫です、か……?」
亜美花が顔を上げると、目の前には白い影のようなものが浮いていた。
「わぁぁぁーっ!」
「きゃぁぁぁーっ!」
未知との遭遇に大声を上げた亜美花は、思いもよらぬ悲鳴に呆気に取られた。
ふいに、つぶらな瞳とかち合う。
よく見れば、相手は愛くるしいぬいぐるみのような姿をしていた。犬かうさぎのような長いたれ耳に、背中に生える小さなハート型の羽。ぽてっとした頬は丸く桃色に染まっており、思わず抱きしめたくなるような雰囲気だ。
この子はいったい何者なんだろう。
亜美花が困惑したまま視線をすべらせると、その丸く短い両手には、見覚えのあるビスケットが抱えられていた。
「それ私たちが買ったやつ!」
真っ白な体で、お菓子を持っている。まさかこの子が―――
「あら、そうなんですの!? よかったですわぁ」
亜美花の思考を遮り、ぬいぐるみが安心したようにビスケットを差し出す。
「道端に落ちていたから、持ち主を探していたんですの。あなただったのね」
「あ、ありがとう」
亜美花は放心したままビスケットを受け取った。トートバックに詰めながら、ぬいぐるみの顔を見る。
少しの曇りもない微笑みに、亜美花は申し訳ない気持ちになった。
「ごめんなさい。てっきり私、あなたがお菓子泥棒なのかと……」
「お菓子泥棒?」
亜美花のつぶやきに、ぬいぐるみの耳がぴくりと反応する。
急激に間合いを詰められた亜美花は、びくっと体を震わせた。
「そのお話、詳しく聞かせて頂けませんこと!?」
ぬいぐるみの勢いに押されて、亜美花は自然とうなずいていた。
困惑が浮かぶ亜美花の顔を見て、ぬいぐるみはきまりが悪そうに居住まいを正す。
「ごめんあそばせ! 自己紹介が遅れましたわね。わたくしの名前はハッピー。お菓子の国に住む妖精ですの!」
「お、お菓子の国?」
「えぇ! 人には見えない、妖精たちが暮らす世界にありますのよ」
「そうなんだ……」
まるでファンタジーの漫画やアニメのような世界観だ。
亜美花は夢でも見ているような気分で、ハッピーの話に耳を傾けた。
「わたくしたちお菓子の国の妖精は、お菓子が生み出した、人々の幸せな気持ちをパワーにして生きているんですの。けれど、最近このひだまり町を中心にパワーが減っていてね。お菓子の国の姫であるわたくしが、その原因を調べに来たのですわ」
「それは大変だね」
亜美花の声に憐みがにじむ。
話のすべてを受け止めきれてはいないが、ハッピーが困っていることはよく伝わった。
「それで、お菓子泥棒の話を聞かせてもらえるかしら?」
「えっと、私も友だちから聞いただけだから、詳しくはないんだけど……」
亜美花は絵里から聞いた話を、ハッピーにそのまま伝えた。
ハッピーの表情がみるみる険しくなっていく。そして、つぶらな瞳の奥に、いきなり激しい炎が灯った。
「そいつが原因に違いありませんわ! そうと分かれば、あなたお名前は!?」
「あっ、亜美花だけど」
ハッピーはつるつるもちもちとした手で、亜美花の両手を包むように握る。
「亜美花、お願いがあるんですの! わたくしと一緒に、お菓子泥棒を捕まえて頂けませんこと?」
「えぇっ、何で私!?」
「わたくしの姿が見えたからですわ! 普通、幼い子ども以外に妖精の姿は見えないものですの。きっと、あなたには素質がありますわ!」
何でもハッピー自身も魔法は使えるが、この世界では思うように力を発揮できないらしい。そのため、誰かの手を借りるしかないという。
「そんなこと急に言われても、私に泥棒を捕まえるなんて無理だよ」
自慢ではないが、亜美花は運動が苦手だ。ましてや、警察官のような体術の心得などあるはずもない。
間髪入れずに断った亜美花に、ハッピーは念を押す。
「大丈夫、わたくしが力を貸しますわ!」
亜美花が戸惑っていると、遠くから絹を裂くような悲鳴が響き渡った。驚いて顔を跳ね上げる。
「えっ、今の何!?」
「あちらのほうからですわ!」
亜美花はトートバックを持つのも忘れて、ハッピーと一緒に走り出した。
進むにつれて、物音がはっきりと聞こえてくる。
何が起こっているのだろうという不安から、心臓が飛び出しそうなほどに鼓動が速くなっていった。
「待って!」
ハッピーに言われて、亜美花は出しかけた足を引っ込めた。
塀の陰から息をひそめて様子を覗く。小さい公園の中央には、二つの影があった。
「うえーん! わたしのお菓子返してよぉ!」
「けっけっけ! いいぞ、もっと泣けぇ!」
ひとりの少女が泣きながら、必死に飛び跳ねている。その頭上では、白いシーツを被ったような見た目のおばけが、いじわるな表情で棒つきキャンディーを取り上げていた。
ハッピーと違って、いかにも邪悪そうな相手を前に、亜美花はたじろいだ。
「な、何あれ!? あいつがお菓子泥棒なの!?」
「やっぱり、亜美花には見えますのね。それだけ強い幽霊という証拠ですわ。まったく、子どもをいじめて何が楽しいのかしら!」
ハッピーは怒りに満ちた声で言った。握り込んだ丸い手からは、ぎちぎちと音がしているほどだ。
そんな彼女のかたわらで、亜美花は公園で繰り広げられている光景を茫然と見つめた。
泣いている少女が、いつかの自分に重なる。
迷子になって泣いていた自分に、やさしく手を差し伸べてくれた初恋の少年。
亜美花は彼のような人でありたいと思っていた。困っている人を助けられる存在に。
―――あんな小さい子をいじめるなんて許せない!
胸の奥から溢れる使命感に背中を押され、亜美花は口を開いた。
「ハッピー! 私、あなたに協力する!」
「本当ですの!?」
亜美花がうなずくと、ハッピーは向き直って言った。
「それじゃあ、亜美花。何かお菓子を持っていないかしら?」
「えっと、これでいい?」
亜美花はポケットから苺のキャンディーを取り出した。少年がくれたキャンディーと同じものを見つけて以来、気に入って買い続けているのだ。
キャンディーを見て、ハッピーは力強くうなずく。
「このキャンディーと引き換えに、あなたに魔法の力を授けますわ。それでお菓子泥棒に立ち向かって下さいな」
ハッピーが、亜美花の手のひらの上にあるキャンディーに手を添える。すると、キャンディーはまばゆい光を放ち、ピンクの宝石がついたペンダントに形を変えた。
「さあ、ペンダントを握って! 変身ですわ!」
「わかった!」
ペンダントを握ると、亜美花の手のひらから体中に温かさが駆け巡った。足元から噴き出た風が、らせん状に駆け上って体を撫でていく。
目を開けると、亜美花の姿は様変わりしていた。
膝丈のふくらみのあるピンク色のドレス、フリルの付いたエプロン、茶色いショートブーツに白い靴下、髪は高い位置でツインテールになっており、毛先はくるんと巻かれている。首にはピンクのコックタイが巻かれ、結び目についているペンダントの宝石は煌々と光っていた。
「何この格好!?」
「そんなこと言っている場合じゃないですわ! 早く泥棒を捕まえて!」
「あっ、そうだった!」
亜美花は慌てて公園に入口に駆け寄った。
「あぁ、何だお前!?」
亜美花の存在に気づいたおばけが、彼女を睨みつける。亜美花は怖さで震える足を踏ん張り、おばけに言い放った。
「あなたのやっていたことは全部見てたわ! そのお菓子を返しなさい!」
「やーだね!」
憎たらしい返事を残して、おばけは逃げ出した。
「こら、待ちなさい!」
亜美花は全速力で駆け出した。
こちらをからかっているのか、おばけは盗んだ棒つきキャンディーを見せつけながら、民家の屋根くらいの高さを飛んでいる。見失っていないのは幸いだが―――
「ハッピー、これじゃ捕まえられないよ!」
ただ追っているだけでは埒が明かない。隣で飛んでいるハッピーに目線を向けると、彼女は胸の前でこぶしを握った。
「アイテムを出すのですわ! 心の中に浮かんだ言葉を唱えてごらんなさい!」
「言葉っ!?」
亜美花は息を切らしながら、意識を集中させる。すると、泉が湧きあがるように、心の奥からひとつの言葉が浮かんだ。
「スイーツロッド!」
思い切り叫ぶと、目の前でポンと小さく光が弾けて、そこに金色のステッキが現れた。真ん中あたりにピンク色の丸いビーズのような装飾があり、等間隔に縦の溝が彫り込まれている。お菓子作りに使う綿棒ほどのサイズのものだ。
手に取ると、使い方も自然と浮かんでくる。
亜美花は装飾のビーズを基点にしてスイーツロッドの片側を倒し、L字に変形させた。それをおばけに向けて銃のように構える。
銃を扱うのははじめてだが、亜美花は不思議と自分の体のように操ることができた。もしかしたら、手先の器用さが魔法の力で強化されているのかもしれない。
「マジカルショット!」
指にかかるボタンを押すと、銃口からピンク色の光線が飛び出した。シュンと音を立てておばけのしっぽをかすめる。
おばけは体のバランスを崩して、真下にあった草むらに落下していった。
「いってぇ! 何するんだよ!」
草むらに駆け寄り、亜美花はおばけを見下ろした。
「あなたがお菓子を盗むからよ! 早く返しなさい!」
「返せと言われて、返す馬鹿はいねぇよ!」
人をあざ笑うかのような態度に、亜美花の怒りが込み上げて来る。
「お菓子は、みんなを幸せにするためにあるの! あなたが盗んでいいものじゃない!」
亜美花がおばけに銃口を向けて、キッと睨みつけた、その時だった。
突如として胸もとの宝石の光が消え、亜美花の体がぽふんと煙に巻かれる。
目を開くと、なぜか彼女は制服姿に戻っていた。
「どういうこと!?」
「何だか知らねえがラッキー! お菓子は頂いたぜ!」
「あっ、待ちなさい!」
亜美花が困惑しているうちに、おばけは意気揚々と去っていった。
「そんな、どうして変身が解けちゃったの……?」
「妙ですわね」
ハッピーが考える素振りを見せていると、小さな足音が近づいて来た。
「あっ、やっと見つけた!」
それは先ほどの少女だった。
様子が気になって追いかけて来たのだろう。彼女は亜美花とハッピーの前まで来ると、息を整えながら心配そうな面持ちで二人を見つめた。
「おねえちゃん、大丈夫だった?」
「うん、私は平気。でもごめんね、お菓子は盗まれちゃったの。……そうだ、代わりにこれあげる!」
亜美花はポケットから苺のキャンディーを取り出して、少女の手のひらに乗せた。
「ありがとう! 大切に食べるね!」
少女はうれしそうに微笑み、手を振って帰っていく。
「喜んでくれてよかった」
「ところで、亜美花はどちらへ行こうとしてたんですの?」
「あぁっ、忘れてた!」
ハッピーに言われて、亜美花はトートバックを取り、全力疾走で中学校に舞い戻った。
「よし、何とか行けた……!」
無事に部活を終えた亜美花は、自室の扉を閉めてホッと息を吐いた。
リビングにいる母親に、ハッピーの存在がバレないかどうか気が気でなかったのだ。
「ここが亜美花の部屋なんですのね」
ハッピーがかばんの中から飛び出して、部屋の中を見渡す。
室内には木製の勉強机にベッド、ローテーブルなどがあり、布団やカーテン、カーペット類は白と淡いピンクで統一されている。低い本棚の上には、テディベアやアクセサリーなどが置かれ、全体的に温かみのある印象の部屋だ。
「ねえハッピー、さっき急に変身が解けたのは何だったの?」
「あぁ、うっかりしていましたわ!」
亜美花が問うと、ハッピーはローテーブルに置かれている鏡の前に下りた。
「これがちょうどいいですわね。少しお借りしますわよ」
「いいけど、鏡でいったい何をするの?」
「妖精界と交信するんですのよ」
ハッピーが鏡の前に両手を出すと、途端に鏡面が波打った。フォンフォンと不思議な音が鳴り、次第に波紋が穏やかになっていく。鏡の中にはハッピーとは違う妖精の姿が映っていた。
「ごきげんよう、お父様!」
「おぉ、ハッピー! 無事に人間界に着いたのか!」
ハッピーが呼びかけると、鏡の中の妖精はよろこびを露わにした。
ハッピーと同じく白いぬいぐるみのような体だが、細くやさしそうな垂れ目で、わたあめのようなボリュームのある口ひげがあり、貫録を感じさせる見た目だ。
「はい! ほんの少しですが、問題解決の糸口もつかめましたわ!」
「そうかそうか! それでハッピー。後ろに映っている御仁はどなたかの?」
鏡の中の妖精は、ひょこりと体を傾け、亜美花のほうに視線を向ける。
「彼女は亜美花といいまして、わたくしのお手伝いをしてくれることになりましたのよ。亜美花、こちらはわたくしのお父様。つまりお菓子の国の王様ですの」
「えっ!? こ、こんにちは! はじめまして!」
「どうも、ハッピーがお世話になっておりますじゃ」
緊張しながら挨拶をした亜美花に対し、王様は人の好い笑顔を浮かべて答えた。
「それでですね、お父様。こちらでわかったことのご報告と、いくつかお聞きたいことがございますのよ」
ハッピーは、お菓子泥棒のせいで幸せの気持ちが減っていること、亜美花が変身して戦ったこと、その力が長く持たなかったことを伝えた。
「ふむ。もしかすると、それはキャンディーを使って変身したからかもしれないのう」
事情を聞いた王様は、困ったように話し始めた。
彼曰く、魔法の力を得るときは、媒介にしたものによって力の種類が変わるらしい。
亜美花が変身出来ていたのは、わずか三分ほど。それはキャンディーの溶ける性質が影響したのではないかと言う。
「そんなぁ! 三分しか持たないんじゃ、捕まえられる自信ないよ!」
「それなら、一緒に戦ってくれる仲間を集めるしかありませんわ!」
「亜美花どの、娘が迷惑をかけて申し訳ないのう……」
ハッピーが意気込み、王様は悄然とした声をあげる。
そのとき、階下から足音が近づいて来た。
「亜美花、洗濯物よ……って、あなた何してるの?」
「なっ、何でもない!」
突然部屋に入って来た母に驚き、亜美花は慌ててハッピーと鏡を背後に隠した。妖精は普通の人に見えないと聞いたが、万が一ということもある。見られたら大変だ。
妙なポーズの彼女を見て、母は怪訝な表情を浮かべる。
「ふうん、変なの」
扉近くのタンスの上に洗濯物を置いた母は、首を傾げながら部屋を出て行く。
やり過ごせたことに対する安堵と、これからどうなるかわからない不安とで、亜美花は大きな溜息を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます