第五章 腫れた記憶

20. 必ず守ると約束したのに

「くそっ、どうすればいいんだよッ‼︎」


 そう吐き捨てて、ジャムは苛々と部屋の中を歩き回る。

 毒づいたところで何も変わらない。そんなことはわかっているのに、そうでもしないと自分を抑えていられそうになかった。

 悔しい。ケツァールはブラウニーの真実に気がついていたというのに。


「ケツァール、いつからこのことわかってたんだ?」


 ジャムは気がつくことさえできなかった。もしかしたら、いまだ帰って来ていないパフィーラも気がついているのかもしれない。

 それなのに。


「もしかしてそうではないか、そう思ったのはあの惨殺事件の時の様子をブラウニーに聞いた時です」

「⁉︎」

「あの時ブラウニーは、惨殺された三人と話していましたね? そして、その後記憶をなくし、気がつくと三人は死んでいた。なにより、そんな状況でブラウニーだけが何事もなく無傷で助かっているのが不自然でした」


 そこではっとする。つまり。


「その記憶のなかった間にシーレンが出てたってことか?」

「そうです。わたしはその時に人格交代があったのではと思ったのです。しかし、それは根拠のない考えでした」


 死体の様子——全身が溶けていた三人と外傷もないのに死んだ五人。それはブラウニーが八人を殺したのだとすれば納得はいく。たしかにそうだ。


「ブラウニーには嘘をついている様子はありませんでした。わたしはひとまず、彼女は真実を話していると判断しました」

「ならなんで」

「だからです。その上で犯人だと仮定すると、人格交代が一番しっくりくる。ですが、記憶がなくなる原因は他にもいくつも考えられます。ですから、その時はまだその考えに自分自身賛成はしていなかったのです」


 そのケツァールがいつブラウニーを警戒し始めたか。それは、ブラウニーがおかゆを吐き戻した、あの朝からだという。

 普通のものを食べられないブラウニー。その彼女の生命維持の方法。そして惨殺された人の溶かされたような傷跡。突飛もない考えに過ぎないと思いつつも、これは警戒すべきだと考えたらしい。


「夜にはお腹が減ったとも言いましたね? ですから、近々なにか事が起こるだろうとは思っていたんです」


 だからなのだ。だから、ケツァールは朝早くから部屋に来ていたのだ。シーレンがジャムを襲うことを恐れて。

 ケツァールが窓辺に歩みよる。


「ジャム、もうそろそろいいでしょう」


 窓の外を見ると、死体のそばに治安警備隊がいる。彼らが普通に歩きまわっているのを見ると、もう毒はなくなったのだろう。


「前回私が遺体の確認に行った時にはもう無毒化していたようですし、元〈黒蝶〉の科学者たちにも無毒化しているのを確かめさせたので大丈夫でしょう。あんなに瞬時に効くのに、無毒化も早い……」

「行っていいんだな⁉︎」

「行きましょう。今食事をしましたから、しばらくは人を襲うことはないでしょう。その間に捜し出すほかありません」

「ああ」


 捜し出したその時、彼女はブラウニーなのだろうか。それともシーレンなのだろうか。

 どうか、どうかシーレンがまだブラウニーを殺していませんように。

 必死で祈って、二人で外へ駆け出す。

 通りには、目を覆いたくなるような無惨な遺体。その、ついさっきまで人として生きていた者たちを見たとたんに、目頭が熱くなってくる。

 さっきまで生きていたのに‼︎

 何事もなく、今日もいつも通りの日常が流れることを皆信じていたはずだ。もうその命がないなんて……。


「ジャム、行きますよ」


 立ち止まってしまったジャムの手を引いたのはケツァールだ。その長い銀髪がひるがえりジャムを打つ。


「わかった」


 その髪に隠れるようにしてジャムは流れた涙をぬぐった。泣いてばかりいては駄目だ。泣くなんていつでもできる。

 今はブラウニーを捜さなければ。


「くそっ、どこを捜せば」


 ディアマンティナは広い。もし二人がシーレンが向かったのと逆方向に行けば見つかるはずなどない。よしんばシーレンが同じ方向に向かっているとしても、人は腐るほどいるのだ。その中のたった一人を見つけられるかどうかは、完全に運としか言いようがない。

 それでもやらなければならないのだ。


「ケツァール、手わけして捜そう」

「そうですね」


 おそらく二人一緒に捜していてもらちがあかない。

 もうすぐ、昼だ。


「それでは、彼女を見つけたらとりあえず街の外に誘導しましょう。出来れば南門へ。あそこが一番人通りが少ないですから」


 城塞都市であるディアマンティナの出入りは限られている。街の外へ出るなら門を通るほかない。

 広大なディアマンティナを二人だけで捜索するのは無理な話だ。位置的に南門に近いこの近辺にかけるしかない。

 シーレンの能力的に、少しでも街から離す方が良いだろう。それが出来るかはまた別の問題だが。


「わかった。じゃあ彼女を見つけたらなんとかそっちへ行くようにする」

「ええ。日が暮れても見つけられなかった場合は、私は南門に行きますので」


 ケツァールは鳥目だ。日が暮れてまで捜し歩けない。


「ああ。ケツァールは日が暮れる前には来とけよ」

「わかってます。では」


 頷き合い別々の方向へと走り出す。


(ブラウニー‼︎)


 必ず守ると約束したのに。

 シーレンが人を喰う様子が脳裏に浮かぶ。その光景が頭から離れない。

 人を喰わねば生きてはいけない。それはわかっている。いや、わかっているつもりだ。

 しかし、わかっているからといって人喰いを許すほど割り切った考えなどできない。できるものか。


(どうすればいいんだよ)


 わからない。ブラウニーも、シーレンも悪いとは思えない。だからこそ迷う。

 迷いながら、どうしたらいいのかもわからないままにただ走る。

 仲間である少女の姿を探して。


「ブラウニー‼︎」


 * * *





 作者より


 いつも読んで下さってありがとうございます。

 更新が遅れていてすみません(「眠りによせて」は一応最後まで書き終わっております。推敲に時間をいただいていますがブラウニーの話には決着がつきますので……!)。ゆっくりペースですが、今後ともお付き合いいただけると良いのですが。

 さて、今作の中心人物のブラウニーですが、イラストを描いてみました(絵師さんみたいに上手くはないのですが!)。近況ノートに上げましたので、こんな子なんだな〜とゆる〜く見て下されば嬉しいです!

https://kakuyomu.jp/users/rei-syaoron/news/16817330660760636220


 ではまた次話でお会いできますように。



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