5. 君が無事で良かった

 二人が通された部屋は、少々狭いものの整った雰囲気の部屋だった。しかし、今は窓にはカーテンが引かれ、薄暗く重い空気が流れている。

 その部屋の隅にあるベッドに彼女は腰かけてうつむいていた。

 彼女の左腕には白い包帯。

 怪我をしている⁉︎


「ブラウニー‼︎」


 駆け寄ったジャムに、はっとしたようにブラウニーは顔を上げた。食い入るようにジャムを見つめてくる。


「ブラウニー、大丈夫かっ⁉︎ 怪我させられたのか? 痛くない?」

「————」

「ブラウニー⁉︎」

「大丈夫」


 ぽつりと落とすような調子の声で彼女は答える。ジャムを見つめたまま。


「たいしたこと、ないの。ケツァールがちゃんと、手当てしてくれた……」

「ああ……」


 その声を聞いた途端に、ジャムの体中から一気に力が抜た。あわやへたり込んでしまいそうになる。


「よかった。君が無事で、良かった……」


 ケツァールからブラウニーも事件に巻き込まれたと聞かされた時には、心臓が止まりそうになった。それくらい驚いたのだ。


「よかった」


 ゆるゆると息を吐き出し気がつく。その姿を見て安心したかったのはジャムの方だったのだ。


「二人とも、来てくれたの……?」

「あたり前じゃないか」


 ジャムは少し笑みを見せて、頷く。

 そのジャムの笑みをぶち壊すがごとく、後方からパフィーラの鋭い声が飛んだ。


「ブラウニー、なにがあったの? 話せるかしら?」


 つかつかと歩いて来てジャムの隣に並んだ彼女の表情は思いのほか厳しい。

 そのパフィーラの真っすぐすぎる視線に耐えかねたのか、彼女は唇をかんでうつむいた。そこに、昨日のような強さはない。

 あるのは、激しい怯え。


「パーフィ」

「いいから、ジャムは黙ってて」


 パフィーラはにべもない。ブラウニーを安心させるためと言って来たのに、そんな様子はなかった。

 そのパフィーラの態度に、ジャムの胸の中に得体の知れない不安が広がる。


「さあ、話して。話してくれなきゃわからない」

「だから……」


 細い声でブラウニーは声をしぼり出す。その声は、聞いている方が胸を締め付けられるような苦し気な声。


「だから、あなたたちには、関係ないわ……」

「そんなワケないわよ」


 パフィーラは呆れたのか、かるく肩をすくめる。


「わたしたちはもう出会ってしまったのよ。関係ないなんて言わないで欲しいわ」

「そうだよ」


 その意見にはジャムも賛成だ。


「だって……」

「だってなに? わたしたちがやっかい事に巻き込まれるかもしれない? でもね、それ言うならあんたと出会った時点ですでに巻き込まれてんのよ。そうでしょ? 事実わたしもジャムもケツァールも、あなたのためにここまで来たじゃない」


 まったく外見年齢にそぐわないことをぽんぽんと言い切って、パフィーラはブラウニーを見つめる。


「しかも、こっちから首を突っ込んだわけだから、気にすることなんてなにもないわ。だから話して」


 その口調は、話しなさいという命令にも近い色を乗せている。


「ブラウニー? 話してくれないかな?」

「撃たれたのよ、銃で」

「銃で?」


 こくりと頷くブラウニー。どうやら全て話す気になったらしい。


「宿のホールに、ほら、ソファが置いてあって談笑できるようになっているでしょう。あそこで、三人の旅人達と話していたのよ」

「うん」

「そしたら急に苦しくなって……その後のことよく、覚えていないの。ただ、気がついたらさっきまで話をしていたはずの三人が……」


 惨殺されていた、と彼女は続けて苦しそうにうめいた。その瞳に透明な雫がにじむ。


「その時に銃声がきこえて、ここを、やられたの」


 そう言って、ブラウニーの右手が押さえたのは、左腕の白い包帯。


「殺される、って思ったわ。でも、騒ぎに気がついた人が駆けつけて来てくれて、そうしたら銃声はやんで……足音しか聞いていないけれど逃げたのだと思うわ……」

「そう。そいつの姿は見てないのね?」

「ええ」


 どういうことなのだろう。

 惨殺された三人。銃声。狙われたブラウニー。

 あと五人、外傷もないのに死亡していたとケツァールが言っていたのは?


「無差別?」

「違うわ‼︎」


 ジャムのぽつりとつぶやいた言葉に、がばっと顔を上げてブラウニーが叫ぶ。

 涙にぬれたその瞳からは、ついに大粒の涙があふれ出した。ぼたぼたと落ちた雫がブラウニーの胸元にしみを作る。


「違うわ‼︎ わたし、わたしを狙っていたのよ‼︎」

「どうして」

「そんなのわからないッ」


 身に覚えがないのに、誰かに命を狙われている。だから各地を点々として逃げているのだとブラウニーが吐き出す。

 何度も襲撃を受け、間一髪逃げ出すものの、結局ブラウニーの周りの人間が犠牲になっていると。


「わたし、どうしよう……。わたしのせいでなんの、罪もない人が、犠牲に……ッ」


 ブラウニーには狙われる覚えもないのだという。


「わたしが死んでしまえばいいの……?」

「そういうこと言うもんじゃないわよ」


 つぶやくようにパフィーラはブラウニーをいさめ、腕を組んで考え込み出す。


「今までも、やっぱりまわりの人は惨殺されていたの?」

「ええ」


 頷くブラウニーは、きつく唇を噛んでうつむく。あまりにも強く噛みすぎて、すでに唇は紫色だ。


「どう思う?  ジャム」

「許せない」


 そう、許せるものか。どういう理由でブラウニーを狙うのかはわからない。しかし、彼女を殺そうとするなど、どんな理由であっても許されることではない。

 しかも、周りにいた人間まで惨殺するなんて狂気の沙汰だ。


「そうね、わかったわ」


 パフィーラは頷き、ブラウニーの顔をのぞき込む。その表情が、今までの厳しさを帳消しにするようにやわらいだ。


「わたしたちがあなたを守ってあげるわ。だからわたしたちと一緒にいなさい」

「でも‼︎」

「大丈夫」


 叫んだブラウニーに、パフィーラは軽く笑う。


「わたしとジャムってば、実は魔法を使えちゃったりするの」

「魔法⁉︎ じゃあ、神子みこなの?」

「まぁね、そんなもんよ」


 神子、それは神に愛でられし者のことだ。神に愛され、力を与えられてこの世に生まれて来る者。それが神子。

 この世界の人々は、遠い昔に魔法の力を失った。その中で、今でも唯一純粋な魔法の力を扱えるのが神子なのだ。

 その神子はめったなことでは生まれない。神に愛でられるのはごく少数の魂のみ。

 神に愛され、神と交信し、神から与えられた魔法を使う神の子。


「ね、ジャム?」

「え、あ、あぁ……」


 ジャムは正直神子なのかはわからない。ジャムの力は、他人を救うためにしか発動しないからだ。

 だがパフィーラは違う。強力な魔法を自由自在に使うことが出来る彼女は、時神クロノスの神子だ。この世にパフィーラより強い神子がいるかすら怪しい。

 そのパフィーラが守ると言うのだから、ブラウニーは絶対に大丈夫だ。


「だから心配は無用よ」


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