3. あんなに目立つところはダメだわ

「ほう。二人とも優雅ですね」


 その聞き慣れた声に食事の手を止め、ジャムは顔を上げた。そこにはやはり長い銀髪を垂らしたケツァールと、そしてなぜかブラウニーの姿まであった。


「あれ? どうしたんだ?」


 ブラウニーはSEI-RANホテルに泊まるのではなかったのだろうか。それとも部屋を取ってから食事をしようとやって来たのだろうか。


「彼女が気に入らなかったようですから戻ってきました」


 言ってケツァールはジャムの前の席に座り、ブラウニーにも椅子を勧める。

 言われるままにパフィーラの前に腰かけたブラウニーは、小さなため息をついた。


「ごめんない。でも、あんなに目立つところはダメだわ。目立たないところにしてほしいの」

「え? 目立たないところ?」

「そう。この際少しくらい悪くてもいいわ」


 その言葉に、パフィーラがくすくすと笑う。


「ワケありなのね」

「関係ないわ、あなたたちには」


 むっとしたように否定した声が、逆に真実を示しているようだ。

 ブラウニーには、目立たないように行動しなければならない理由があるのだろう。


「あらそう? 力になれるかもしれないのに」


 そう言ってパフィーラは小悪魔的な含み笑いをもらす。そのしぐさは、十歳程度の少女のものとは思えないほど艶っぽい。

 目立たないようにと気をつけているなら、なにか困り事があるのだろう。力になれるかもしれないと聞いて、ブラウニーは一瞬言葉に詰まる。

 しかし、すぐに瞳をキリリとひきしめて関係ないわと顔を背けた。


「そ? じゃああそこなんてどぉ?」


 にっこりとしたパフィーラが上げたのはホテルではなくて宿の名前だった。「道程」という名の小さいが感じのいい宿だ。

 しかし、いくら感じは良くてもSEI-RANホテルには敵わない。そのため知名度が低いのは否めない事実だ。目立たないと言えば目立たない。


「そうですね、あそこは路地の方ですし」

「そーだなー」


 紹介出来そうな宿としてはそこがいいだろう。


「また、案内してもらえるかしら」

「ええ、いいですよ。ですが、その前に食事をさせて下さい」


 ケツァールの表情を見るに、相当お腹が空いてしまったようだ。


「そのあとで、私たちが揃って案内しましょう」

「ああ、そうね。お昼まだだったものね。ごめんなさい」

「いいえ。かまいませんよ」


 ケツァールはそう答えておいて、さっさと昼食Aセットを注文する。


「あなたもなにか食べませんか?」

「いいえ、いらないわ」


 彼女は、やはりそう言って首を横にふる。


「デザートなどはどうです?」

「結構よ」


 お腹が空いていないとはいえ、彼女も強情だ。

 ケツァールも諦めたのか、そうですかとつぶやくように頷いた。運ばれて来た昼食Aセットに手をつけ始める。

 この食堂は酒場より料金は高いが、料理はその分おいしい。さすが食堂だけあってバリエーションも豊富だ。


「ねぇねぇところでさぁ。ブラウニーってどこから来たのぉ?」


 フォークで串刺しにした小芋をもぐもぐと口に入れつつ、パフィーラが小首を傾げてみせる。その問いに、ブラウニーは微かに眉根を寄せた。


「どこからと言われても。わたし、各地を点々としているから、どこからとは言えないんだけど」

「へえ、なんで?」

「だから。それはあなたたちとは関係のないことだわ」

「まあ、そうね」


 あっさりと頷いたパフィーラに、しかしジャムは疑問を感じる。

 先ほどケツァールとブラウニーがSEI-RANホテルに向かった時も、彼女はブラウニーがどこから来たのかを気にしていた。


(なにかあるのか……?)


 これまでの経験上、パフィーラのこんな行動にはなにか理由がある気がする。しかし、なにが?


(気のせいか……?)


 ブラウニーとは初対面である。彼女のことはまるで知らない。彼女がどういう問題を抱えているのかも。

 とはいえ訳ありだったようだから、その事柄が関係しているのだろうか。


「ん? ジャムどーしたの?」

「え?」


 突然真横からかかった声にそちらを向く。と、素早くジャムの口に数枚の焼き肉がぎゅむっと詰め込まれた。


「んんっ、パーフィ⁉︎」

「なぁーに? ほらー、早く食べてよぉー。おいしいわよぉー?」


 言われなくてもそのつもりだったので、素直に口を動かす。肉の脂が程よく口の中で広がり、甘みを感じさせた。味付けも控えめで、素材の味が際立っている。少しピリッとしているところもまた良かった。


「うん、おいしい」

「やっぱり? んじゃあ、はい。あーん」


 両手を胸の前で握り、可愛らしくパフィーラが口を開く。その口に、ジャムは自分の食べていた一口サイズに切り分けられたステーキを放り込んでやる。

 その桜色の唇が閉じ、彼女の瞳が輝いた。全身で美味しいと表現するように身体を揺らす。


「んふふふふふ。美味しいっ」


 満足気に笑顔をふりまくパフィーラに、ジャムのほおもゆるむ。

 力の強い神子だからと言っても、やっぱりまだ子ども。しかも今は一緒に暮らしている。可愛く思わない訳がない。


「まるで仲の良い兄妹ですね」


 その様子を見ていたケツァールの感想に、ジャムは軽く苦笑する。そして、パフィーラは極上の笑顔でそれを黙殺した。

 たしかに他から見れば兄妹に見えもするだろう。ジャムだって彼女の子どもらしさを好ましくも思う。

 が、パフィーラの方がジャムより上にいるような気がするのは、なにもジャムの気のせいではないだろう。世の兄というものは皆そんなものかもしれないが。


「ブラウニー」


 考えると虚しくなるので、ジャムはさっさと思考を切り替えブラウニーを呼ぶ。

 兄妹じゃなくてもパフィーラには敵わないということはこの際無視だ。


「なに?」

「これ、おいしいからさ。一切れくらいでもどう?」


 ぐいっとステーキを彼女の前に突き出す。昼時なのだ、もうそろそろなにか食べたくなってきてもいいはず。しかし。


「ごめんなさい、気持ちは嬉しいけれど。わたし、他人の食べかけのものを食べられないタチなの」

「ああ、そうなの?」


 納得する。

 ジャムの周りに少なかっただけで、そういう人は多くいる。ましてや、その人に無理強いするのは良くない。


(潔癖症なのか?)


 そうだろうなと思う。外見からして多少神経質っぽいところが見て取れるくらいだ。


「ええ。だからそれはパフィーラにあげてちょうだい」

「あら、いいの? じゃ、もらうわね!」


 そんな嬉しそうな声とともに、真横から伸びたフォークが肉をぐさりと刺して三切れ持って行ってしまう。


「俺の分残してくれよっ⁉︎」

「残ってるわよぉ。早く食べなさい」


 ジャムの肉を横取りしてもぐもぐと食べているパフィーラの皿はすでに空だ。


「パフィーラ、あんまりガツガツするのは感心しませんよ。消化を助けるために、ゆっくり噛んで食べて下さい」


 言葉通りよく噛んで食べつつケツァール。さすが医師である。


「大丈夫、わたし内臓は強いの。心配無用よ」


 パフィーラが言うと、本気でなんでも食べられるんじゃないかと思えてくるから怖い。彼女の性格からして、毒を盛っても平気な上に百倍返しで仕返ししてきそうな気がする。

 そんなことを考えつつ肉を口に運んでいく。

 やがてケツァールも食事を終え、四人は立ち上がった。


「んじゃ、行きましょ♡」


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