2. ジャムったらおバカさん♡
逃げる道で聞いたところによると、少女の名はブラウニー。ジャムより一つ歳上の十八歳。旅をしていて、つい今しがた帝都ディアマンティナに入ったばっかりだという。
その彼女を連れて食堂へ入ると、そこにはもう目立つ空色の髪の美少女が四人席について待っていた。パフィーラだ。
「パーフィごめん色々あってさ〜! あ、ブラウニーはケツァールの隣に」
パフィーラの隣の椅子に腰かけながらジャムが示したのは、パフィーラの向かいの席。そこへ座ろうとしたブラウニーを、パフィーラが険悪な表情で見上げる。
「なぁに、その子」
「あ、うん。紹介するよ。彼女はブラウニー。旅をしてるんだって。ブラウニー、こっちはパフィーラ。とにかく座ってよ」
ジャムが促すと、まずはケツァールが席についた。その様子を見て、やっとブラウニーも腰かける。厳しい視線を送るパフィーラに、居心地悪そうにふいっと顔を背けた。
「で? ジャム、どーいうこと?」
「あ、あのさ」
とりあえずブラウニーを熊科亜人種の男から助けたことを説明する。そうしなければ彼女は機嫌を損ねたままだろう。それは嫌だ。なにがなんでも嫌だ。
「ふうん。まぁ、あなたたちらしいわね」
パフィーラば、ジャムの説明で一応納得したようだった。笑顔を見せる。
その場にケツァールがいたというのも大きな要因だっただろう。なにしろケツァールは真面目である。めったなことでは嘘はつかない。というより彼の思考回路に嘘という文字があるのかさえ怪しい。
「わたしのジャムが女の子連れて来たから何事かと思ったの。ごめんなさいね」
悪びれもなく笑顔でそう言ったパフィーラに、ブラウニーが軽く息を吐く。
「とにかく、二人に助けてもらったのは感謝するわ。ありがとう」
にこりともしないでブラウニーはそう言った。そのまなざしはきつい。どうやら、三人はブラウニーにあまり信用されてはいないようだ。
ディアマンティナに入った途端に男に絡まれていたのだ。ここの住民を警戒するのは無理もない。
「あなたもなにか一緒に食べてかない?」
わたし達今から食事なんだけど、と可愛らしくパフィーラが首を傾げる。そうやっていると彼女はものすごく可愛い。外見だけは。
「あいにくだけどお腹は空いていないの」
「えー? いーじゃないのよぉ、ジャムのおごりなんだしぃ」
「って、なんで⁉︎ なんで俺が⁉︎」
冗談ではない。自慢じゃないがお金のなさにかけては自信があるのだ。
「ケツァールのおごりにしろよっ」
彼ならばお金はそこそこに持っている。なにせ皇宮医者なのだ。はぶりは悪くない。
「なに私に押し付けようとしてるんです? 友達がいのない」
「どっちがだよっ」
「そっちです」
「————……」
ケツァールは本気でそういうことを言うから嫌だ。冗談ならば笑い飛ばせるのに。それなのに彼は全てにおいて真剣なのだ。
「ジャムの負けねっ♡ ってことでジャムがおごるから」
「ううっ……」
声に出すとすかさずパフィーラの怒りの鉄挙が飛んでくるため、心の中で鬼、悪魔とさんざんわめく。
パフィーラと来たら万事この調子だ。子どもらしい無邪気さと言えば可愛いが、その子どもらしさの前には十七歳男子も形無しである。
「いいえ、結構よ。本当にお腹は空いていないの」
「えー? ジャムのことなら気にしないでいいのにー」
別にブラウニーにおごるのが嫌だとは言わない。言わないから少しくらい気にしてほしい……。
「そういうことではないの。それより、どこか泊まれるところを教えてくれないかしら。この都は大きいから右も左もわからないわ」
「ああ。そうねぇ……ジャム、どこかある?」
「うーん……」
泊まるところ。まぁ、ピンからキリまで無数にあるにはある。ただ、ジャム自身はディアマンティナ在住のため、もちろん宿を利用することはない。良いとか悪いとかの評判までは知らないというのが正直なところだ。
ブラウニーとはたった今知り合ったばかりだ。だが顔見知りにはなったのだから、なるべく良い宿を紹介してあげたいと思うのが心情。
そんなジャムでもその評判を知っている宿といえば……。
「あそこは? えーっと、学校の近くの」
「ああ、SEI-RANホテルですか」
「そうそれ」
昔セイ・ランという王侯貴族が住んでいたという屋敷を改築してつくられたホテルである。セイには子がおらず、彼の死後その遺産は帝国へ献上されたという。
つまり帝国国営ホテルなのだ。職員も皇宮側が選び教育した精鋭揃い。しかも、旅人や商人の出入りを促進するために、宿泊費もかなり良心的だ。
安くてサービスもいいというディアマンティナでは有名なホテルで、人気が高い。旅人も商人も、かなりの割合でリピーターになるようだ。
「そのホテル? ってどこにあるのかしら」
ブラウニーの言葉が疑問形だったのは、他の街や村にはホテルと呼ばれるような大きな宿が少ないからなのだろう。ホテルなんてものが普通に、しかも庶民向けにいくつも立っているのは、このアガニスタ大陸随一の都ディアマンティナくらいだ。
これが他の街などになると、ホテルに泊まれる客は身分が高い人間などに限られてくる。だからこそ、旅人はSEI-RANホテルに歓喜するのだ。
「えーっと、ここから出て左へずっと行ったらわりと大きな病院があって、そこを……ちょっと遠いかな?」
「そうですね、口で説明する分には」
ケツァールもあっさりと頷いて同意する。
「ブラウニー、学校のある場所はわかりますか?」
「学校?」
「わりと大きくて周りを塀で囲まれててさ……」
ジャムが七歳から十三歳まで通っていた学校だ。それより上の学校へは行くも行かぬも自由だったのでジャムは行かなかった。
ちなみに医師のケツァールは、しっかり二十歳までは学生だったようだ。
「見たような気がするわ」
「わかるんなら早いよ。その近くなんだ。学校の位置からなら見えてたはずだから見覚えあるかも」
「ちょっと待って」
しかし、ブラウニーは額を押さえてふうっとため息。
「早くないわ。わたし、ここからそこまでの道、知らないのよ?」
「あ……」
そうだ、ブラウニーはディアマンティナに初めて来たのだ。知っているはずがない。
外から来た人と接することはままあるが、その人たちも全くの初めてという人は少なかった。
「ぷっ……やーねぇージャムったら。おバカさん♡」
つんっと真横に座っていたパフィーラにほおを突かれ、頭をぐらりと揺らす。
その様子を眺めていたブラウニーがくすりと笑った。
(あ……笑うと可愛いや)
日頃パフィーラを見慣れているジャムでさえ綺麗だと思ったほどの美人だ。その笑顔だけで絵になってしまう。
たとえそれが呆れたような笑みでも、だ。
「ねえジャムぅ」
「なっ、なに?」
とてつもなく優しい猫なで声はパフィーラだ。その声色にビクッと背を揺らす。
まずい。
「さっきブラウニーのこと可愛いとか思ったでしょ」
「⁉︎ なんでわかっ」
「やっぱりっ! この天上天下超絶美少女を差しおいて他人を可愛いですってぇ⁉︎ んん?」
さっとパフィーラの両腕が伸びて、ぐにーっとジャムの両ほほを引っ張った。その痛みに、ジャムは情けない悲鳴を上げてしまう。
「パーフィ、痛い痛いいひゃいってばぁ」
「あら、聞こえないわ」
しっかり聞こえているくせに、とは思っても口には出さない。しかし、勘の鋭いパフィーラはそのことを察したのだろう。ぎゅうっとほおをつねる力が倍増する。
「☆△○×□ーッ、パーフィ‼︎ パーフィは言葉では表せないくらい綺麗だからッ」
「あら、そお? そう思う?」
極上の笑顔でにっこりして手を離したパフィーラに、こくこくと頷く。もちろん、両手でほおをさすりながら。
「そう思う」
この気持ちは本当だ。まだ幼い感じはあるが、パフィーラはまさに天上天下超絶美少女である。吸い込まれそうなほどに透き通った青い瞳に、晴天を思わせる空色の髪。まるで神の芸術品のように整った美しい顔。すらりとのびる手足。白い肌。
どれをとっても人間離れした美なのだ。そして、そこに乗る多彩な感情さえも絵になるほどの美しさを誇っている。
「嬉しい。ありがと、ジャム」
きらきらと輝く笑顔でジャムの首に両腕を回し、そのほおにキスを降らせる。
まさに、天使の祝福。
「仲がいいのね、二人とも」
「まぁね。うふふふふふふ」
パフィーラはなにを思ったのか含み笑いをしている。その様子は可愛いものだ。思わずジャムの口角も上がる。
「えっと、じゃあホテルまでの道順教えなきゃだね。ちょっと複雑だけど」
「ああ、いいですよ。私が案内して来ましょう」
ジャムの言葉をさえぎり、ケツァールが立ち上がる。
「あら。ありがとう。でも、食事は?」
「戻ってきてからでも十分です。複雑な道を通るので口で説明すると遠く感じますが、歩けばそんなに遠くはありません」
「そう。だったらお願いするわ」
そう言って、ブラウニーも立ち上がる。
「それじゃあ。ありがとう、ジャム」
「ああ、うん。気をつけて」
席を立って食堂の外へと出ていく二人を、ひらひらと手をふって見送る。
「ブラウニーってどこから来たのかしらねー」
テーブルにほおづえをついて二人を見送っていたパフィーラがぽつりとつぶやく。
「さあ? 聞いてないけど。どうして?」
「んー、なんとなく」
「そう?」
「そう」
頷いて、パフィーラは瞳を細める。
「ねー。それよりなにか食べようよー。お腹へったぁ」
「え? でもケツァールが……」
「いーじゃない。ケツァールなら許してくれるって」
ぽんっと背中を叩かれ、ジャムはしぶしぶ頷く。そうでなければきっと延々となにか食べようコールを聞かされるだろうからだ。
ケツァールには少々悪いが先になにか食べさせてもらおう。
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