第2話 かわいいセラフィナ

 食事が滞りなく進んでいく最中、俺は思考を巡らせていた。この俺の身に、一体何が起きているのだろうか。死んだはずの兄貴はピンピンしていて、悪女のはずのセラフィナはぷるぷる震えている。

 きょどきょどと周囲を見渡したかと思えば、次には自分の手元ばかりを見つめる。なんとも落ち着かない様子で、じっと何かを堪えているかのようだった。

 そうして気がついたのは、先ほどからちっとも彼女の食事が減っていないということだった。思わず声をかける。

 

「おいお前、飯、食わねーのかよ」


「……さかな、きらい」


 初めて聞く彼女の声は、驚くほど小さく、囁くほどの声量だった。


 九歳のガキってこんなもんだっけか。自分の頃など、俺はもう忘れちまった。

 そもそも子供に大人と同じ味付けで、同じ分量の食事を出すということ自体、いかに兄貴がこのガキに興味がないかを物語っていた。

 哀れなものだ。セラフィナも、この俺と同じように道具としてしか見られていないのだろう。思わず同情をした。


「じゃあ食ってやるよ。代わりにデザートをやるから、あとで文句を言ったりするなよ」


 俺は甘い物が苦手だから、これぞウィンウィンの関係ってやつだ。

 甘味が運ばれて来たのを約束通りやると、セラフィナは目を輝かせて嬉しそうに言った。


「ありがとうお兄ちゃん」


 俺の胸を、さわやかな風が駆け抜けたように思った。

 なんだと。ちょっとかわいいじゃねえか。


 “無魔法・無価値・無能のセラフィナ”

 それは彼女の長い間のあだ名だった。言うまでもなく陰口である。


 魔法が使える人間と使えない人間の差は、遺伝的要素が強いということは分かってきているものの、ほとんど運と言っていい。

 だが魔法が使えるからといって、そいつ自身の人生が幸福であるとも限らない。

 圧倒的に少数である魔法使いの存在は、幼い頃から国にとっての保護対象となり、その人生は国に捧げることになる。並の魔法使いであるこの俺も大抵似たようなものだ。

 貧乏人には家が与えられ、金持ちもまた、一定年齢になったら学園へ入学することが義務づけられ、大人になれば、軍人か研究か、国政に携わることになっていた。


 運良く魔法使いが産まれれば、その家は安泰だ。そうして強運に恵まれ続けたのがセラフィナの実家のセント・シャドウストーン家であり、現代においても一族全員が魔法使いだ。……たった一人を除いては。


 言わずもがな、我らがセラフィナである。

 だが彼女は、それでめげたりはしなかった。


 セラフィナと言えば、魔法使いの家の娘であるが無能力として生まれた役立たずだと長い間思われていた。だが女が持つ別の才覚により、兄弟を凌ぐ地位を手に入れた。即ち、彼女は美貌を持っていた。

 セラフィナはその美しさで、皇帝の愛人にまで上りつめたのだ。

 そうして我らがぼんくら叔父上を見事操り、政治的介入をし、気に入らない家臣を処刑し、他国への侵略戦争を繰り返していた。だから嫌われて、恐れられていたのだ。

 

 疑問はある。

 俺を殺すに至ったのは、セラフィナが放った魔法によるものだ。防御さえ間に合わず、体が粉砕されるが如き痛みを覚え、俺は死んだ。ということはつまり、今から先、未来のどこかで、彼女は魔法を使えるようになるのだろう。

 だがその事実は、公にはされていなかった。俺でさえ知らなかったのだ。叔父上が知っていたどうかも怪しい。


 セラフィナを再び盗み見る。

 彼女は俯いて、自分の指先を見つめていた。


 なぜこの子猫よりも弱そうな幼いセラフィナが、国中を震え上がらせるほどの悪女になったのか、残念ながらその答えを俺は持ち合わせていない。

 彼女と関わりを持ったのは、兄貴が死んでから俺と婚約し、そして解消するまでの数ヶ月だけであったし、その後は政治的対立もあり、互い憎しと嫌い合っていた。


 思えば、兄貴が死んでからか? セラフィナがおかしくなったのは。

 普通に考えて、幼少期に婚約者が死ぬなんて衝撃が、少女に与える影響は計り知れないだろう。

 

 俺は別に兄貴が死んでも悲しまなかったし、わざわざ戦場に行って死ぬなんて阿呆だなとしか思っていなかった。だがセラフィナはどうだろう。政略結婚とは言え仮にも婚約者が死んだのだ。悲しみでとち狂ってしまったのかも知れない。


 そうか、と俺は思った。

 兄貴が死んで狂ったのなら、兄貴を死なさなければいいんじゃないのか。兄貴が死ぬのは戦場だ。だったら、理由をつけて、行かせなければいいのだ。


「なんだ、簡単なことじゃねえか」


 声に出すと、セラフィナは再び怯えたような表情になった。

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