第12話

 



せんせーまってー!

 元気だなぁ、あんまり走るとコケるぞ。あ、ほらコケた。

 引率の先生が転んだ子供を立たせる。子供がこんな所に来たらそらはしゃぐよなー。

 で、なんでこんな所に僕は居るんだ?

 「そりゃデートだからな」

 チケットを買ってきた山仲さんが何事も無く言う。

 デート…なのか。

 「なんでここなんすか?」

 素朴な疑問が湧いたのでとりあえずぶつけてみる。

 「デートと言ったら水族館だろ」

 「乙女か!」

 僕のツッコミはそのまま声に出ていた。

 「よしよし、じゃ行くぞー」

 あ、ちょっと待ってくださいよー。

 山仲さんはいつものようにゆったりとした足取りでけれどぐいぐいと水族館の中へ向かっていく。


 ✱


 でかー。

 僕は大水槽をボーッと眺めていた。ここにいるサメって小魚を食ったりしないのかな。

 「ほれ、光見てみ」

 山仲さんがつんつんと僕の腕をつつく。

 「おおおー、イワシの群れだー」

 キラキラと光に反射したイワシの群れが渦を巻いて泳いでいる。僕はそれを食い入るように見つめていた。

 やばい。水族館楽しいわ。子供が楽しがる訳分かったかも。

 それからどのくらいの間大水槽を眺めていたのか気がつくと周りにいたカップルや子供達が減っていた。

 やべ。山仲さんは?

 キョロキョロ周りを見渡すと後ろのベンチに腰掛けた山仲さんがこっちへ手を振っていた。

 ずっと待っててくれたのか…。

 山仲さんの方へ駆け寄る。

 「すんません。見入ってたら時間忘れてたみたいっす」

 山仲さんが立ち上がる。

 「いや、せっかく水族館に来たんだからゆっくり見なきゃ勿体ないぞ」

 もういいのか?山仲さんが優しくそう問いかける。

 「あ、次行きましょう」


 ✱


 「おおー!!」

 クルクルとイルカが回転しながら宙を舞う。

 「やっぱりイルカショーは水族館の華だよな」

 手を叩きながら山仲さんが言う。イルカショーとか見たのどのくらいぶりだろ?子供の時に見た以来かも。

 年甲斐もなくはしゃいでんなあ、山仲さん。

 思わずふふっと笑みがこぼれる。マジで楽しそうだ。

 「ん?どした?」

「いや、なんでもないっす」

 山仲さんの方ばかり見ていたのがバレて僕は焦った。

 「あー!ほら!クライマックスですよ!」

 無理やりイルカショーの方へ意識を持っていかせる。イルカは吊るされたボールに向かって大ジャンプを成功させた。

 観客から拍手の嵐が鳴り響く。

 「いやー、面白かったな」

 「そうすね」

 山仲さんが椅子から立ち上がる。

 「さ、次はお楽しみコーナーだ。行くぞ」

 山仲さんが僕に手を差し出す。一瞬躊躇したがグイッと手を取られた。

 こういう事よく恥ずかしげも無く出来るな!仕方ねーな…

 大人しくされるがままに手を引かれる。


 ✱


 「あーー、マジ癒し」

 クラゲコーナーにやってきた僕は入るなりそう呟いた。日々の疲れが吹き飛びそう…。

 「クラゲって人気だよなー、プカプカ浮いてるだけなのになんでこんなに癒されるんだろうな」

 お楽しみコーナーってクラゲの事だったのか。

 「プカプカ浮いてるだけなのがいいんすよ。」

 僕もクラゲになりてーな。

 「俺は向こうに座ってるよ、好きなだけ堪能しな」

 そう言うと山仲さんはクラゲコーナーの端っこにあるソファに腰かけた。

 イワシの群れも綺麗だったけどやっぱりクラゲだよなー。

 クラゲをボーッ見ていると今だけは嫌な事は全て忘れられる気がしてくる。その時一瞬だけ頭をあの人の事がよぎった。

 ハッとして頭を左右に振る。今あの人の事思い出したく無いんだよ。

 「山仲さん、もう行きましょうか」

 「お、もういいのか」

 山仲さんが意外そうに聞いてくる。

「はい、もう十分堪能しましたし」


 ✱


 「今日はありがとうございました」

 外はもう夕暮れ時だ。結構長い時間居たんだな。

 「どうだった?気分は晴れたか?」

 「落ち込んでたろ」

 あー、それで水族館なんて連れてきてくれたのか。

 「もう、大丈夫す」

 僕はもう気にしていないように振る舞う。

 「そうか、んじゃこれ」

 は?

 「なんすかこれ?」

 山仲さんは綺麗に包装紙に包まれた四角い箱を差し出した。

 いいから開けてみ、ほれ

 そう山仲さんに急かされ開けてみた。これ…。

 「オルゴール?」

 「水族館で買った」

 いつの間に…。

 「元気になったか?」

 にっと山仲さんが笑う。オルゴールて!乙女かよ。

 「ふっ、なんすかそれ!」

 僕は思わず吹き出した。

 「よーしよしよし」

 山仲さんはわしゃわしゃと頭を撫でてくる。

 僕の心に降り積もった雪が溶けていく音がする。

もう人を好きになりたいなんて思わなかったのに。この人となら一緒に居たいと思った。

でもそれは今までのあの人への気持ちの裏切りになるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る