第9話 孤独感

 人一人見当たらない荒野のアスファルトを一人歩き続ける。


 どこまで来たのだろう。どのくらい歩き続けたのだろう。

 もはや感覚は頼りにならず、ともすればとっくに狂っていてもおかしくはないはずなのに。


 まだ、希望を求めている。

 

 ただひたすらに人を探して、さ迷い歩く。


 焼け付く陽射しに照らされ、暑さを通り越して肌がヒリヒリと痛みを感じる。

 喉はカラカラで張り付き、吐きそうになる。

 頬から頭から、絶えず汗が滴り落ちる。


 「誰かー!おーい!」


 「居ないのかー!」

 

 「誰か……」

 

 煮えたぎりそうな頭を揺すり、顔を上げるとゆらゆらとした影が遠くに見えた。

 それは陽炎のようにも見える。

 だが、確かめずにはいられない。


 急いで影の元へと走る。

 この疲れ切った体のどこにそんな力が残っていたのだろう。

 

 けれども、いくら走り続けても影には一向に辿り着かない。

 それどころか、遠ざかっている気さえする。


 待ってくれ!頼む!

 

 ひとりにしないでくれ。


 おねがいだから。

 

 ぼくをおいていかないで。



 

 「暑……」


 蒸し暑さに目を開ける。

 時計を引っ掴み、時刻を確かめる。


 夜中の3時……。


 「はぁ……。こんな時間に目が覚めちまった」


 「アイスでも食お」


 大きくあくびをしながらキッチンへと向かう。


 階段を下りるとキッチンの辺りから光が漏れていた。


 えっ。


 父さんかな?


 どうしたんだろう。眠れなかったとしても、いつもこの時間には布団にいるのに。


 やはり、キッチンの食卓の椅子には父さんが腰掛けていた。


 でも、電気はシンクの上にある蛍光灯が一本点いているだけだった。

 それもチカチカと命の灯が尽きかけているかのように明滅している。


 「父さん、どうしたの?」


 声を掛けても反応は無い。

 

 「父さん?」

 

 もう一度声を掛ける。


 よく耳を澄ますと父さんは何かを呟いているようだった。


 「ごめん……ごめんな……」

 「ごめんな……」


 そう、ずっと同じ言葉を繰り返していた。


 「父さん、薬出すから、それ飲んだら布団に行こう。ね?」


 それでも父さんの反応は無い。


 戸棚から薬を取り出し、水と一緒に父さんの手元に置く。


 だけど、父さんは相変わらず反応する気配が無い。

 

 どうしよう。どうしたらいいんだろう。


 「父さ……」


 父さんの肩に手を掛けようとした瞬間。

 目の前の父さんは陽炎のようにゆらゆらと不透明な影になった。


 「⁉」


 何だこれ。


 「父さん!」


 いくら父さんに手を伸ばしてもつかむことが出来ない。


 「くそっ!何で!」


 父さんに見える影は徐々に形を失っていく。


 「待って!父さん!」




 「父さん!!」


 ガバッと布団から飛び起きる。


 夢……?


 チッチッチ、と時計の音だけが静まり返った部屋に響いている。


 時計を見る。針は深夜3時を指している。


 焦燥感に駆られながら階段を下りて行く。

 一歩一歩ゆっくりと。

 

 もし、あの夢の通りだったら。


 階段を下りるとあの時のようにキッチンから光が漏れていた。


 どうか違っていてほしい。


 ゴクリとつばを飲み込む。


 だが、夢とは違いキッチンには誰も見当たらなかった。


 シンクの上の蛍光灯はしっかりと光を保ったまま周囲を照らしていた。


 「消し忘れ……?」


 念の為父さんの寝室へ向かう。


 起こさないようにほんの少しそっと戸を開ける。


 そこにはすーすーと寝息を立てている父さんが布団の中で横になっていた。


 起こさないようにそっと戸を閉める。


 「はぁ……」


 良かった……。

 体の力が抜け、その場にしゃがみ込む。


 何であんな夢見たんだろう。


 それに、あれは夢なんだから父さんが消えるわけないだろ。


 何やってんだ俺。


 「もっかい寝よ」


 シンクの上の蛍光灯を消し、部屋へと戻る。


 布団に潜り込みぎゅっと目を瞑る。

 明日の弁当作らないとならないし、早く寝ないと。


 うとうとと眠気に誘われ、俺はすぐに眠りに落ちて行った。

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