第8話 ありふれた幸せ

 昼休みになり、ガヤガヤと教室の中と外が騒がしくなる。


 「さーっ!メシだメシ、っと」


 冬夜の前の席の椅子を引っ掴み冬夜と向かい合わせに座る。


 通学カバンから自作の弁当を取り出し、いそいそと蓋を開ける。


 うむ、我ながら完璧な出来栄えだ。


 弁当の出来に自画自賛していると、ふと冬夜の腕が目に入った。

 

 「あれ?お前、腕の所どうした?」


 「どっかぶつけたのか?」


 冬夜の腕には薄っすらと痣が出来ていた。


 「うん、ちょっとね。でも大したこと無いから、大丈夫」


 「そっか」


 冬夜は体が弱いから、痣とか傷が付きやすいんだろうな。

 そう納得しカバンからもう1つ包みを取り出す。


 「ほい、これ」


 冬夜の机の上にポンとそれを置く。

 

 「これ……お弁当?」


 「お前、昼飯いつも飲み物だけだろ?ちゃんと食わないとでかくなれないぞー」


 「夏樹が作ったの?」


 「そうだよ。ま、口に合うかは分かんねーけどな」


 冬夜はじっと弁当を見つめた後。

 

 「ありがとう……」


 そう言って、弁当に箸をつけた。

 

 「いただきます」


 冬夜が口にしたのは、昨日の夕飯に作った肉野菜炒めだった。

 味は……大丈夫、な筈。

 

 「美味しい」


 その言葉を聞いてほっと安堵した。


 「そっか!なら良かった」


 冬夜はもぐもぐと無言で一心不乱に、だが丁寧な動作で弁当を食べ進めている。

 その光景につい、笑みがこぼれる。

 食べ方、何か小鳥が餌突いてるみたいで可愛いな。


 そうだ、と冬夜がこちらへ問いかける。

 

 「夏樹、おじさんの体調大丈夫?もうずっと見かけてないから」


 「あぁ、うん……まぁ、何とかやってる」


 そっか、冬夜にも心配かけちまってるのか。

 

 「心配してくれてありがとな、父さんにも冬夜が心配してたって伝えとく」





 「父さん、ただいま」


 今日は寄り道をせず早めに帰宅した。

 スーパーでの特売があり、買い出しに行くからだ。

 

 「お帰り、夏樹」


 父さんが玄関まで出迎える。


 「起きてて大丈夫?薬は?飲んだ?」


 「ああ、大丈夫だよ。さっき頓服を飲んだから」


 父さんはここの所、以前に比べて調子が良さそうだった。

 

 「新しく処方してもらった精神薬、効き目良さそうだね」


 このまま良くなればいいんだけど。

 だけど、父さんは暗い顔をして俯く。

 

 「飲み始めは、効くんだけどな。これも、慣れてしまうと駄目かもしれないな……」


 「後は、良いときが続くと下がった時がしんどくてな」


 「そっか……」


 掛ける言葉が見つからない。

 当事者ではない俺には父さんの苦しみを本当の意味で理解することは出来ないから。

 

 

 沈んだ空気を変えるように少し張った声を出す。

 

 「父さん!今日は夕飯何がいい?今から買い物に行ってくるから」

 

 「お、じゃあ夏樹の作るおにぎりが食べたいな。」


 父さんも俺が空気を変えようとしていることに気が付いたのか、いつもより明るい声で穏やかな雰囲気を醸し出していた。


 「父さん本当におにぎりが好きだね」


 ふふっ、と笑ってしまった。

 だって父さんのリクエストはいつも決まっているから。


 「具は何がいい?」


 「おかかと鮭と昆布が食べたいかな」


 「そんなに作っても食べられるの?」


 父さんはそう言われると……、と悩んでいた。

 


 「ま、いっか。久しぶりの父さんからのリクエストだし」


 「今日はいつものスーパーで食料品セールしてるんだ。野菜も結構割引されてるんだよ」


 通学カバンから大きめのエコバッグを取り出し、玄関の上り口の隅にカバンを寄せて置く。


 「野菜か……玉ねぎは……」


 「分かってるって、玉ねぎは買わないから大丈夫」


 「すまないな」


 そんな父さんの態度にまたしても笑みがこぼれる。


 「別に、いいよ。おかずは作り置きと値引きの食材で作っちゃうからさ」


 「メインはおにぎりってことで」


 「ああ。頼んだ」

 


 「じゃあ、行ってくるね」


 玄関のドアを開けて父さんに手を振る。


 「気をつけてな」


 まるで、昔に戻ったみたいだ。あの頃の家族みたいに。

 

 でも、俺は知っている。


 これがずっと続くなんて、そんなことは幻想だって。


 それでも、ずっと続けばいいのに。



 そう願ってしまうんだ。

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