第24話 山小屋
どこまで行っても、密生する木々が途絶え平原が現れる気配はない。
この森は予想通りかなり大きいようだ。
生える木々も太くて大きい。
まるで屋久島の千年杉ばかりの森のような景観だ。
根元にびっしりと苔の覆った巨木たち。
その直径は5メートルもあろうかと思われる。
大きな木に遮られ日差しが地に差し込まないせいか、地上部には灌木が少ない。
そのおかげで歩きやすさの面では助かっている。
ただこの世界に来て、いくらその大半の時間を木々に囲まれ過ごしてきたとはいえ、さすがに薄暗い森の変わらぬ鬱蒼とした風景にウンザリしてきた。
前世で見た富士の樹海を彷彿とさせてくる。
向かう方角を誤らないよう、時折水魔法で木を切断し年輪を確認している。
木を面でスパッと切断するには、水魔法が適している。
水は形を変えやすく、圧力を高くすれば威力を簡単に上げられる。
前世では、鉱山の石を切断したり、炭鉱の石炭を切り出すのに使われていた。
水魔法で放出する水を針のように細くし、圧力を上げていき、木の幹に穴が空き始めたらそれを横にスライドし木を切断する。
それだけでは木は倒れてくれないので、木を倒したい方向にもう一筋くさび型に切断を入れ狙った方向に倒す。
ただ注意しないと高圧水で飛び散った泥が襲いかかってくる。
かなりの速度で跳ねてくるので、もしあの泥や石に当たったら、ただではすまないだろう。
放出する方向さえ気をつければ大丈夫なのだが、それでも目を瞑りたくなる。
年輪の幅が最も広くなっている方向が南になる。その九十度右が俺の目指す西方向だ。
西へ西へひたすら向かっている。
一人西遊記状態だ。
この森にコシローがいた痕跡は今のところ皆無。
あるのは見たこともない想像を絶する大自然と魔物だけ。
この森には、夥しい数の魔物が生息している。
今も周辺探知で数千を超える魔物を捉えている。
魔物の楽園とでもいうんだろうか、魔境とはこの森のためにある言葉ではないだろうか。
無用な殺生はしたくないので、極力食料分だけを倒すようにしているが、ここの魔物は攻撃的な性質のようで、休む暇がないほど次から次へと襲いかかってくる。
襲い来る火の粉は払わないわけにはいかない。
キリストさんの言うような「右頬をぶたれたら左頬をつきだせ」とはいかないのだ。
左頬を突き出す前に、右頬に食らう初撃の一発で子供の俺は即死確定だろう。
ここの魔物はそれほど剛力で獰猛だ。
あの雪熊が愛玩動物に思えてくるほどに。
楽に一日平均五十匹は魔物を倒していると思う。
それでも雷電を一気に百発以上落とせるようになったので、魔物を脅威に感じることはないのだが、無用に生き物を殺めるのは心が痛む。
魔物の楽園に土足で踏み込んだのは俺の方。
できれば大人しく森を通らせてほしい。
無理だとわかっててもそう願っている。
こういう状況なので、できるだけ西への最短距離を進みつつ且つ、比較的魔物の数の少ないルートを選んでいる。
夜は夜で、ここの魔物は元気モリモリだ。
昼に見かけない魔物が多いので、夜行性なんだろう。
いつ寝てるのか、たまに昼にも見かける種の魔物もいる。
俺の電磁気魔法の周辺探知は昼夜関係ないので、夜に襲ってくる魔物もどんどん倒してるんだけど、最近さすがに連日の寝不足が響いてきたのか疲れてきた。
すでに森に入ってから一か月以上、一旦ここから引き返し森を出て休みを取るにしても、来た時と同じく一か月はかかる。
この先あとどれだけ森が続くのかわからないが、ここで引き返すという選択肢はないだろう。
何か策を講じないと、遠からず倒れてしまいかねない。
以前タルバさんの畑に電気を流し倒れてしまった時のように、俺はコシローに無理をさせてしまう傾向があるようだし…。
幸い食料に関しては問題ない。
魔物は無限にいるし、綺麗な水の流れる沢も何本かある。
きのこやワラビのような食べられる山菜も散在している。
そこで次の日から、西に進むのを一旦止め、俺は夜明けから土方になった。
土魔法で木を根ごと地面から引っこ抜いている。
すでに百本は抜いた。
そろそろいいだろう。
次に横倒しになった巨木の枝を水魔法で切り落としていく。
次に巨木を抜き穴ぼこだらけになった地面を土魔法で均していく。
俺はいまこの森に拠点を構築しようとしている。
安全な拠点があれば、いつでも引き返し休息をとれる。
登山の途中途中で寝泊まりする山小屋と同じだ。
これが出来上がれば、安全に森を移動できる見通しだ。
何よりこれまでよりかは、まともな睡眠をえられるだろう。
土魔法で高低差や傾斜を少なくするよう丁寧に土を均す。
この作業の間も、間断なく襲ってくる魔物は仕方なく倒している。
ただ今日は、魔物に合わせて雷電強度を変えて対応している。
十分な食肉があるので、これ以上食用に供するつもりのない魔物を無闇に殺しても無用な殺生でしかない。
襲い来る魔物の強さからいっても、遠距離で倒せているので全く脅威でもない。
なので魔物を麻痺させる程度に抑えて雷電を落としている。
強度の加減設定に多少手間取ったが、慣れてしまえばどうということない。
雷電は、魔物の大きさ次第でその効果が決まる。
大きい魔物には強めのものを、小さい魔物には弱めのものを設定している。
イレギュラーは、電気に強い鳥系魔物だ。
鳥系魔物は、通常の魔物の大きさに応じ設定した雷電と、それにプラス一した強度の雷電の二発を同時に落とせば麻痺してくれている。
現在の周辺探知可能範囲は、最大で俺を中心に半径三キロメートルくらいまでとなっている。
半径三キロメートル、直径にして6km、面積にして約二十七キロ平方メートルという膨大な範囲を監視をした場合、この森のように魔物が多いと、軽く数万匹の魔物情報量を把握できる。しかしそれを把握できても、即座に俺の脅威とならない情報が大半だ。俺の脅威となりうるのは、せいぜい半径一キロメートル以内の魔物達であり、それ以外は不要な情報だ。
なので常時監視は、俺から半径一キロメートル程度に設定してある。
魔物情報の危険度範囲を、俺から半径五十メートル~百メートルをレッドゾーン、半径百メートル~二百メートルをイエローゾーン、二百メートルから五百メートルをグリーンゾーンとしている。
いまだレッドゾーンに入ってこれた魔物はいない。
そして俺からの距離が二百メートルとなるイエローゾーンに入り込み且つ、明らかにここへ向かっている魔物だけをターゲットにして倒している。
そこここで、うろついてるだけ、俺に興味を示さない魔物は、よほど近づいてこない限り放置だ。
しかし魔物は音や匂いに敏感なので、今日のように木をドッカンドッカン倒し、風をビュウビュウ吹かしと、さすがにこれだけ騒がしくしてれば、てめぇ俺たちの楽園で何してやがる!と言わんばかりにいつにも増して魔物が大量に襲いかかってきている。
これも拠点を構築し静けさが戻るまでの一過性のはずだ。
魔物には悪いけど音や振動を消す魔法は俺にできないので、できるだけ早くこの騒音工事を終えようとは努力するしかない。
朝、土方になってから、それでも二百体くらいの魔物が木々の狭間に麻痺して倒れている。
早く完成させてしまおう、よしっ土均し終了! 次は擁壁だ!!
均した土の周囲に、土魔法で堀を掘っていく。堀の幅は五m、深さは十mだ。掘った際に出た残土は堀の後ろに積み上げておく。
均した土の周囲を堀で囲み、次に倒した巨木を風魔法で立ち上がらせ堀に突き刺していく。それと同時に積み上げた残土で堀を埋め巨木を自立させていく。
できるだけ隙間なく巨木を立て並べて、残土でどんどん巨木の足元を埋め締めていく。
簡単な枝打ちしかしてない巨木なので、どうしても隙間ができてしまうが、その処置は後回しだ。
風魔法と土魔法と電磁気魔法の三つの魔法を並列使用し、巨木擁壁を建造していく。
そしてついに周囲一円を巨木で囲った。
これで森の風景になかった小さな日当たりのいい平地が生まれた。
ここで今日初めて休憩を入れた。
ドン、ドドンと散発的な鈍い音が聴こえる。
周辺探知で巨木擁壁に魔物が体当たりしている様子がみえる。
魔物の体当たりを食らっても、出来上がったばかりの巨木擁壁はビクともしていない。
この様子なら、よほどの大型魔物でないと巨木擁壁を倒せないだろう。
あとは空からの侵入だが、羽有りトカゲのように空を飛びそうな魔物はいくつかいたし、鳥系の魔物もいる。
けれど羽有りトカゲを夜間に見かけたことがない。
起きている間なら、一撃で倒せる相手だ。
鳥系の魔物はさらに弱い。
すこし素早いだけだが、雷電の速度とは桁数が違う。
仮にこの平地に入られても、ここに建てる予定の土小屋を鳥系魔物では破壊できないだろう。
その他概ねの魔物は、この巨木擁壁で防げるだろう。
とりあえず夜間の睡眠を確保するのが目的だから、これで十分だろう。
縄か何かあれば、擁壁同士を縛り連壁としての強度を上げたいところだが、縄も代用になりそうなものもないので諦めるか…。
最後に巨木を水魔法で四角く切り抜き、簡易の出入口とした。
ここは出入りするたびに切り抜いた木を押し抜いて、はめ込む面倒臭さが残るものの、日に何度も頻繁に出入りするつもりはないので、当面はこれでいい。
見渡すと巨木擁壁のあちこちに隙間があるし、木の高さがマチマチだったので、擁壁の高さもでこぼこしているが、低いところでも十五メートル位の高さは確保できている。
不格好だが、即席の根城としては十分だろう。
ドン、ドンという音と振動が響くなか、不器用な俺が作ったにしては上出来だろうと一人満足し、小屋を土魔法で創り出した。
今日は巨木擁壁の強靭性を確認するため、このまま擁壁の中で過ごす予定だ。
小屋に入り、相変わらず巨木擁壁に体をぶつけている魔物を周辺探知でみながら、強靭性検証のためにもう少し大型に体当たりしてもらいたいと願ったりしながらさっそく昼寝をした。
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