第23話 ふりだし


 二雷電、四!


 ズババンッ


 雷電の発した乾いた音が響き渡り、遠い山に木霊し返ってくる。

 近くにあった岩に腰掛け、水魔法で生み出した水を飲み、しばし休憩をとる。

 今朝からすでに十数体の魔物を倒し続けてきていた。


 最近は複数の雷電を一度に落とせるようになった。

 頻繁に活用する雷電との親密性が上がった成果だろう。

 何をどうすればどうなるといった魔法技術を感覚的に把握できるようになった。

 これがタルバさんの言ってた「魔術」なんだろう。

 魔法の応用技術。

 雷電の強度に関しても十段階でコントロールできるようになった。

 一が最も弱く十が最強だ。

 今の雷電「二雷電、四」は、四の強度で二つ同時に落としたものだ。

 まだ七強度以上の雷電は使ったことがない。

 使ったことはないけど、使えることはなぜだかわかっている。

 少なくとも現状で十までは使えると感覚としてわかる。

 この感覚がこの世界の不思議な魅力の一つだ。

 

 ちなみに最初の遭遇時にガードンへ落とした雷電強度が一だ。

 そして地味女に落とした雷電強度が二、エルドーで男に落とした雷電強度が三だ。

 人に雷電を落とした際の目安として、一で麻痺、二で失神、三で廃人と俺なりに設定している。

 雷耐性の無い人へ四強度以上を落とせば、確実にその人を殺めることになる。

 あの連中以外に四強度以上を使わないよう戒めているが、必要な時には容赦なく使っていくとも覚悟している。

 これまでに使用した最高雷電強度は六。

 二日前に出会った体長20m弱の「羽有りトカゲ」に落とした。

 この大型魔物は、六強度の雷電一発で爆散した。

 おそらくこれから先も、七強度以上の雷電を落とす機会は訪れないかもしれない。

 俺自身もその機会の訪問を決して歓迎しない。

 だって六強度の雷電でも、前世で見知った雷を遥かに凌ぐ威力だった。

 前世で雷が人に落ちて、その人が爆散したなんて聞いたことがない。

 たぶん前世の雷の強度レベルは、俺の雷電で三か四強度くらいだろう。

 羽有りトカゲに六強度を落とした時の衝撃は凄まじいの一言だった。

 ゆうに三百メートルくらいは羽有りトカゲと離れていたが、その爆音で耳は聴こえなくなるし、その眩しさに目も開けられず、地面は縦に激しく揺れ、爆発したトカゲ魔物からの熱風が襲いかかってきた。

 なので六強度の雷電には、使用前に必ず守らないといけない幾つかの使用前ルールを設けた。

 七強度以上は、神の御業領域として、禁忌指定した。



 「ふ~、今日も魔物が元気だな」


 もはや独り言が日常になってしまった。

 人はしゃべりたい生き物なのだ。

 なので仕方ない。


 エルドーを発ってから一年と二か月。

 今俺は、濃厚な新緑の匂いの満ちた森の中にいる。

 ベンさんの教科書地図によると、「イクートの森」となっていた。

 この森の先がどこなのかはわからない。ベンさんの教科書地図の範囲外だから。


 この森に来てから、すでに一か月が過ぎた。


 エルドーを抜け出し、王都ブルートンへ行くのを諦め、再び山の中を移動した。

 アルカナからガードンの村に行きついた際に通ったルートより、さらに山二つ分街道から離れた山深いルートを選択した。

 人との接触はタブーだとエルドーで強く認識した結果として選んだ。

 なので全く人手の入っていない自然だけを唯一の味方と引き入れ、道なき道をアルカナ方向へ進んだ。

 なぜ一度抜け出したアルカナ方面へ足を向けているのか。

 どうして今でも連中が監視の網を張っていると思われるアルカナ方面へ向かったのか。

 それにはいくつかの理由があった。


 まず連中の監視が想定外に強すぎ、人のいる場所へ紛れ込むのが難しいこと。

 エルドーで倒した男が持っていた手配書に記載されていた俺の罪状が国家反逆罪となっていたこと。

 国家反逆罪を犯した人物に、ブルート王国内での居場所は存在しないだろうこと。

 この記憶にない罪状の根は、俺が憑依する前のコシローにあること。

 そして憑依する前のコシローの事を知らなければ、連中の事もこれ以上わからないこと。


 敵を知り、己を知れば百戦危うからず

 敵(連中)も己(コシロー)も知らないままでは、戦いようがない。


 ということで、この世界にきて初めて目覚めた丘の上からやり直すことにした。

 逃げることを止め、戦うと決めた。


 ふりだしに戻ったわけだが、あの日目覚めたときと状況は大違いだ。

 今の俺は、丘を下りた先にある優しい街アルカナを知っているし、そこには恩人が住んでいることも知っている。

 俺を追う連中の存在も知っている。

 そして何よりも魔法を知ってるし、それを使えている。

 この世界の知識も多少知ってるし、残念だけどこの国に俺の居場所がないことも知っている。


 コシローが寝転んでいた丘の上、そこが俺とコシローの再出発点。


 そう考え丘へ向かった。

 アルカナではなくアルカナ方面へと。

 今はアルカナに身を晒して良い時じゃない。それに必ずまた訪ねていくのは俺の確定事項だ。


 奥深い山道を警戒しつつ進みつつ、魔物を狩りながら魔法を鍛えた。

 連中は俺を見失いさぞ焦っているだろうが、俺に焦る理由はない。

 未知な連中に対抗するのに、どれだけの力が求められているのか判然としない。

 けれど俺が力を増していけばいくほど、連中への対抗力が増すことだけは確実だ。

 こちらは一人だ。

 どれだけの力を持とうと多勢に無勢。

 不利に違いないのだから、頼れる俺の戦力を焦らず急がず怠らずに強化していった。

 

 山は雪深く、2か月間ほど足止めされたが、幸い連中の気配はなかった。

 今回の度では、昨年の一人旅の教訓が大いに役だった。

 野菜や果実を乾燥させ冬の保存食にできた。

 乾燥した野菜を水で戻し、漬物にも挑戦したが、塩分濃度が低かったせいかカビてしまった。

 塩をケチったの失敗だったかな…。

 魔物肉で餌付けした野鳥が、雪で足止めされた俺を癒してくれた。けれども温かくなり始めた頃どこかへ去っていった。


 時々無性に寂しくなったりもする。

 人恋しくて虚しくて悲しくて、涙が溢れてきたりもする。

 そんな時は、感情の赴くままにしている。

 人はAIやロボットではない。

 生身の生き物であって、理屈や理論だけで己を満足させることはできない。

 それができるのなら、こちこちの大学教授や高級官僚が痴漢や盗撮なんてしたりはしない。

 必死で感情を抑制した彼らが起こした馬鹿げた行動こそ、彼らにできた人間らしさを取り戻せるものだったんだろう。

 動物としての人には、どうしようもない生の感情が溢れている。

 それは無理やり抑え込むものではない。

 だからそういった感情を否定してはいけないし、それを表に出すことは当たり前のことだ。

 人に迷惑をかけないなら、泣きたいときに泣き、歌いたいときに歌い、ボケたいときにボケーっとすればいい、そう思う。


 春の訪れを感じ始め、緩みだした寒さと一緒に心も安まっていった。

 みるみるうちに腰の高さまであった雪のほとんどが溶け、大地に沁み、大地を流れ落ちていった。

 木々の新芽が目立ち始め、ぬかるんだ地面が乾きだしたころ、長く逗留した小屋を消し、リュックを背負い再び丘を目指し一歩を踏み出した。

 

 それから一か月ほど経ち、ようやく懐かしの再出発点に到着した。


 丘に立ち、アルカナ方面を見下ろした。

 草原は一面枯れた草に覆われていたが、その下から新たな草が顔を出し始めていた。


 二年前、ここで目覚め、景色に感動し、その後驚愕し、それから恐怖した。

 新たな出会いと優しさに感謝した。

 未知の脅威に奮い立った。

 そしてもう一度ここへ立った。


 アルカナの反対側は 大きな森。

 地図では全体を描写されてきれてなかった広範な森。


 アルカナの人々の誰一人としてコシローを知らなかった。

 コシローは、アルカナからここへ来たんじゃなく、森から来たに違いなかった。

 コシローの過去は、この森か森の先にあるはずだった。


 俺はアルカナを向き一礼し踵を返し、森へと入っていった。

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