第22話 再び
まだ午前中にも関わらず、男は疲労感を漂わせつつ、行き先に立つ眠そうな衛兵に声をかける。
「寝んなよ、ロッシ」
ロッシは笑いながらその男にやり返す。
「お前もな」
二人はいつもの気軽な挨拶を交わし、今日という日常を確認しあう。
ロッシに声をかけた男は、見た目30才前後の中肉中背の容姿をしている。
この男がエルドーに来てから、おおよそ半年が過ぎようとしている。
男とロッシは週に一度は酒を飲みあう仲になっている。
飲み代はすべて男の奢りだ。ロッシは一度たりとも酒代を払ったことはないし、最近は払おうとする素振りすらない。
男には妻子はいない。
男の職柄が妻子持つことを避けさせている。
男の仕事は狩人だが、これはエルドーでの職業でしかない。
男の雇い主は、男を一流の暗殺者として雇っている。
男の正体は、隣国から派遣された凄腕の暗殺者だった。
男はその本来の生業を巧妙に隠し、ここエルドーに腰を据えている。
毎晩のように自分の代わりに監視の目となりうると思しき人物を飲みに誘い出している。
ロッシもその一人だ。
その成果として、日々広範かつ強固な監視網が構築されつつある。
今日もこれから狩人ギルド赴き、夜のお相手を探すつもりだ。
いつものように男が狩人ギルドに入ると、訛りのキツい男が受付嬢へ何か必死に訴えているのが目に入った。
何を話しているのか聞き耳を立てるが、受付嬢の前で話す男の訛りがキツく、その主張内容の半分も理解できなかった。
朧げにわかったことは、どうやら自分が持ち込んだ魔物をできるだけ高く買ってほしいと訴えているらしいということだった。
男は、必死に訴える訛った男の横に立つ子供に注目した。
性別は不明だが、背丈や顔つきは、半年間粘り強く追い求めている対象のそれに近い。
そう認識した瞬間から、男は子供の様子に集中し、さりげなく隣接する食堂の椅子に座った。
ようやく意味不明な訛りのキツい男の訴えが矛を収め、一旦カウンターを離れ戻ってきた受付嬢へ、今度は子供が話しかけ始めた。
周りにいる狩人たちの雑音が、小声で話す子供の声を遮る。
結局子供が何を言っているのか男には聞き取れなかった。
そのうち子供が受付嬢から登録カードと思われるものを受け取り、訛りのキツい男と一緒にギルドを出ていった。
男はその後姿を見届け、そっと席を立った。
男の存在に気づいた飲み友達が男に声をかけるが、男はそれを無視し、まっすぐに二人を追っっていった。
男の感が激しく警鐘を鳴らしていた。
あれは奴だと…。
ガードンが言うには、今しがた預けた魔物素材の入金は、早くて明日になるそうだ。
そのため、荷を下ろし空になった荷車を引き、ガードンと俺は宿に向かうことにした。
向かう先の宿は、ガードンの定宿だそうだ。
ガートンには悪いが、あまり宿に期待しない方がいいだろう…。休息だけなら、土魔法で郊外の人目を避け建てた寝床の方がマシかもしれないが、街を知るガードンとの別行動をすべきでない。
宿屋へのんびりと向かいながらガードンにエルドーの街を案内してもらっている。
海に接しない内陸のエルドーは、農林業や織物が盛んで、近隣の産物が多く集まる交易の街だそうだ。
街に流れる大きな川は、流れも緩く、人や荷物を乗せた川船が頻繁に行き来している。
ガードンの話を聞きながら、俺は狩人ギルドからずっとついてくる男に注意を向けていた。
この男は、ギルドでも、ギルドから出てからも、俺たちの背後~視線を離さないでいる。
俺が男に気づいた気配を察せられないよう、男への視線は一切送らない。
だが周辺探知で男の一挙手一動から目を離さない。
幾度か四辻を曲がったが、男は一定の距離を保ち俺たちについてくる。
途中で、確信のためあえてガードンに屋台へ寄り道してもらった。
屋台の横で熱いソマを啜る間中、男も立ち止まり物陰から俺たちへ向けた目を離さないでいる。
男は明らかに俺たちを監視している。
盗人が醸し出す挙措動作ではない。
男の訓練された挙措動作が、否応なく俺に告げてくる。
あいつらだ!
見つかってしまった!
まさかこんなにも早く見つかってしまうとは…。
いったい男はいつから俺を見張っていたのか。
狩人ギルドに入る前までは、男の存在に全く気づけていなかった。
ソマの汁を啜りながら、傾けた椀で動揺する顔を男に見られないよう隠した。
男が仲間を呼ぶ素振りをしたら、即座に雷電を落とせるよう雷雲を男の頭上に浮かべておく。
ソマを食べ終え、再び宿へ向けガードンと荷車を引きながら歩いていく。
ガードンと暢気に世間話をしつつ、男がすれ違う人物達にも配慮し周辺探知で様子を見張る。
たぶん男は俺たちがどこかに行きつくのを確認するつもりだろう。
男は俺たちに合わせ、相変わらず一定の距離を保ちながらついてきている。
意を決し、男が人通りの途絶えた場所を通るところで強めの雷電を落とす。
この雷電の強度なら恐らく死にはしないが、高温で煮られた脳は相当ダメージを受けるはずだ。
バンッ
後方でかすかに雷電の落ちた音が聴こえたが、ガードンはには気づかれなかったようだ。
ガードンはさっきからずっと狩人ギルドに卸した魔物の売価予想を熱く俺に語っている。
探知で男が倒れたのを確認した。
これでいったいどのくらいの猶予が得られただろう。
俺は足を止め、ガードンに断りを入れ、一足先に山へ帰ることを告げた。
俺の唐突な帰宅宣言に驚き引き留めようとするガードンだったが、のっぴきならない用事を思い出したから、悪いがどうしてもすぐに帰らないといけないと謝罪し、呆気顔のガードンとその場で別れ、来た道を急いで引き返した。
引き返してすぐに角を曲がり、探知で周辺状況を確認しながら倒れた男の方へ歩み寄った。
周囲に人がいないことを確認し男を路地裏の物陰に引きずりこみ、男の所有物を漁った。
出てきたのは、財布とギルドカードと二つ折になった三枚の紙、そして両刃の剣とナイフだった。
そのナイフは、あの地味女が持っていて今は俺が使っているナイフと同じものだった。
あのハンド部分がナックルになっているナイフだ。
次に二つ折りの紙を開くと、そこには似顔絵が描かれ、下段にこの人物のものと思われる情報が記載されていた。
三枚とも全く同じ内容のものだった。
そこに描かれた似顔絵は、コシローの顔。
下段に記載された情報にはこうあった。
名前: コシロー
性別: 男
年齢: 7才
身長: 125cm程度
体重: 25kg程度
罪状: 国家反逆罪
ブルート王国が公式に作成したものかどうか不明だが、いわゆる手配書だった。
国家反逆罪っ???
これで確信した。
案の定、この男は連中の一味だった。
俺は財布の中身だけ抜き取り男の懐へ戻し、手配書は火魔法で灰に変え、ギルドカードは土魔法で穴を堀り埋めた。
傍に落ちていた空の酒瓶を男の腹に置いておく。これで酔っぱらいが寝ていると、この男を見た者が勘違いしてくれれば御の字だ。
それから周辺探知で通りを確認し、雷雲を空高くへ移動させ、表通りへさりげなく出て改めて帰途についた。
路地裏にいた時間は、三十秒足らずだ。
歩きながら頭をフル回転させる。
男は俺のことをどこまで確信していたのだろう?
路地裏の男が発見されるのは時間の問題だろう。
連中が男を見れば、男の損傷が俺によるものだとわかってしまうだろう。
それで俺がこの街にいたとわかってしまうだろう。
連中は、すぐにこの街へ人員の大量投下をしてくるだろう。
さっきの男しか俺とガードンの関係を知らない。
俺の見立てでは男の回復は困難だろう。
さっき偽名で狩人ギルドに登録した人物が俺だとバレるだろうか?
その可能性は残っている。
男は俺の容姿を見て俺に気づいた。
だがアルカナ時代と容姿が違うので、完全に俺だとは確信できていなかったはずだ。
もし連中がこの街の狩人ギルドに俺の容姿を告げ、俺の情報をギルドから引き出せれば、俺の偽名もバレてしまうだろう。
連中は狩人ギルドに行くだろうか?
抜け目のない連中が、多くの情報が集まるギルドに着目しない訳がない。
狩人ギルドにも商人ギルドにも連中は必ず訪れるだろう。
俺が狩人ギルドに登録したことがバレれば、当然登録偽名も今後使えない。
表舞台へ出る免許証は、取得した途端に事実上失効してしまった。
ガードンは安全だろうか。
狩人ギルドでガードンと俺が一緒に行動していたことまでを連中は掴みきれるだろうか?
あの受付嬢はガードンのことを漏らすだろうか?
俺は急ぎこの街から遠く離れなければならない。
きっと王都方面から、近いうちに大勢がここへやってくるはずだ。
西のアルカナから東のエルドーへ移動した俺が、どの方面に向け進んでいるか、連中はその延長線上に監視を強めるはずだ。
このまま東に位置する王都ブルートンに向かうのは諦めるしかない。
アルカナと王都ブルートン間の範囲は連中の監視が強化されていくとみていいだろう。
そうするとこのまま山に戻るのもダメだ。
ならば……。
俺は全力で周辺探知しながら、歩みを緩めず最適解を求めていった。
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