第21話 誇り高きガードン
翌日からガードンとガードンの愛犬ボルと魔物を狩り続ける日が続いた。
雨や雪が降れば狩りを中止とし3日ほど休んだが、それでもガードンの猟果は激変した。
平均し1日当たり3頭程度の大型魔物にそれを上回る小型魔物を狩る日々。
それを一か月ほど続けたある日、ついにガードンは魔物から得た素材を街に売りに行った。
街はガードンたちの住む村から徒歩で二日半の距離にある。
売る素材は、ガードンの奥さんや村人が加工した干し肉と毛皮だ。
ガードンの奥さんや村人は、俺たちが狩りに出ている間に、前日までに持ち帰った魔物をせっせせっせと加工してくれていた。
感謝。
ガードンと村はずれで秘かに合流し、俺も一緒に街へ向かう。
荷物は全財産の入ったリュックだけ。
雪熊服は脱ぎ捨て、ガードンに用意してもらった人並みの衣類を着させてもらっている。これはガードンのお古だそうだ。
感謝。
伸ばしていた髪は、後ろで束ね紐で括り、一見で性別が判別できないようにしている。
ちょっとした小細工だが、ちょっとしたことでもしないよりはいいだろう。
荷車を板で囲い、できるだけ多くの素材を積み込み、荷が振動でずれ落ちないよう縄で縛り運んでいる。
荷車の前方でハンドルを引っ張るガードン。俺は荷車の後ろから補助する役目を仰せつかっている。
移動中も遠距離探知を維持し、人を探知次第、荷車に荷の中に姿を隠す。
街に近づくにつれ少しづつ人とすれ違う回数が増えていく。
前方の拓けた平地に荷車と人の姿が見える。
「今夜はあそこで寝っど」とガードンが言った。
毎度街に行くときにガードンが利用している平地で、街に出入りする旅人の多くが利用しているそうだ。
共有の炊事場もあり、前世で言うと山のキャンプ場に近い。
昨夜は人気のない河原で寝た。
俺が河原に土魔法で小屋を作るとガードンは大袈裟に感動してくれた。
ついでに土魔法で浅い穴を堀り、川の水を引き入れ、火魔法で真っ赤になった石を放り込み即席の露店風呂も作った。
ガードンは大喜びで何度も風呂に入っていた。
その度に焼いた石を入れるのは面倒だったが、ガードンには世話になってるので何も言わず湯温を調節してやった。
今夜は人目があるため小屋も風呂も諦めるようガードンへ告げると、激しく意気消沈していた。
余計なところで目立つわけにはいかないので、悪いが諦めてくれガードン。
その夜、日が暮れるまで八人いる他の旅人たちは会話を弾ませていたが、ガードンと俺はさっさと横になった。
横になり空を見上げる、満点の星空があった。
手を伸ばせば星を掴めそうな気がし、掴めるはずがないと知りながらも、手を伸ばさずにいられなかった。
俺が手を伸ばし掌をグー、パーしていると、隣のガードンが小さく笑っていた。
ガードンはなぜか他の旅人との会話に消極的だったので翌日、移動を再開し周りに人がいない時にガードンへその理由を聞いてみた。
ガードンが言うには、何度かガードンの訛りのことで揶揄われたことがあり、村以外の人との会話は最小限にするよう決めてるそうだ。
「オラはオラ達の村の言葉に誇りがあっど。この言葉のおかげで幸せに生きられとうや。そん言葉を、すっこし聞きなれん言葉っちゅうだけんで、小馬鹿にされっどはきまげる(腹立つ)」
俺は素直にガードンを偉い奴だと認めた。
自分の生まれ育った地に誇りを持っている。
ご先祖さんがガードンへ繋いでくれた命、そしてこの言葉。
ご先祖さんの苦労や努力、願いや想いが込められ今がある。
言葉だけじゃなく、今ある道や畑や家々、祭りなどの風習や郷土料理、朝起きてから夜寝るまでの慣習、これらは先人達が子孫のために良かれと残し繋いできてくれたものだ。
ガードンはそれを自然に知っている。
ガードンはご先祖さんに感謝し、ご先祖さんと同じように子孫達のために生きていくのだろう。
とてもシンプルだけど、我欲に冒されては、決してこういう生き方はできない。
おっちょこちょいで目先の人参に少し弱いガードン。
確かに世間知らずな面はある。
けれど世間一般の知識など、村で生活するガードンには不要なものだ。
世間一般知識よりガードンにとっては、狩猟や農業の知識の方がはるかに重要だ。
村以外で生きていくなら、それなりに世間一般知識は必要になるだろうが、村で生きるガードンには関係ないものだ。
ガードンにとって関係のない不必要な知識不足を揶揄う人達こそ、そこここで幸せに暮らす人々の歴史や文化を理解せず、しようともせず、頭ごなし否定する輩達こそ、野蛮人というのだろう。
手前勝手な自分たちのルールに従わないというだけで、彼らにガートンのような人々は貶されている。
しかもそのルールはただ単に、自分たちにとって都合のいい、自分たちが盲目的に従わされている、自分たちが他人より優越感を得るなどのために、そういうルールを布いた誰かに利用されているだけのもの。
それにさえも気づけず、自分たちこそフロンティア精神を持った優れた人間だと煽られ鼻を鳴らす輩達には、到底ガートンのような生き方は理解できないだろう。
本当の幸せってなんなのか。
幸せの意味を知らないし知らされることなく大人になってしまった彼らにも多少の憐憫を感じるが、いつの時代も一定数こういう輩達は存在するものだ。
前世の日本でも大勢いた。
世界は自由で平和で平等であるべきだと実現不可能なありえない理想世界を熱唱する人たちが大勢いた。
「平和になれ」と毎日千回唱えれば、きっと世界は平和になると信じ込まされてきた人たちが大勢いた。
それを喧伝し平和を唱えない奴はクズだとレッテル張りする者たちが大勢いた。
人は生まれながらに平等だと、実現不可能な理想を掲げ自己満足に浸る者たちが大勢いた。
金持ちの家に生まれるか貧乏の家に生まれるか、頭がいいか悪いか、運動能力が高いか低いか、芸術センスがあるかないか、五体満足で生まれるか否か…。
人は決して平等な条件では生まれない。
生まれた後に平等の権利を持てるように、そこで生きる人々が善意で助け合って社会を構築しようとしているだけだ。
そしてそんな社会を実現した世界を俺は知らない。
少なくとも俺の知る前世では実現してなかったし、実現にはほど遠い状況だった。
その最も当たり前な理由は、人には感情というものがあるからだ。
端的な例で、自分に無くて他人が持っているものがあったとする。
それを羨ましく感じたり、妬んだり、望んだり、貶したり、憎んだりするのが、人間という生き物だからだ。
その人間という生き物の本質、原理原則を無視した唱えるだけの理想は、偽善でしかないし、それを夢想するのはその人の勝手だが、他人にそれを強要するのは狂人と変わらないし、野蛮人にすら礼を失した言動だと思う。
目の前で荷車のハンドルをせっせと引っ張っていくガードンの生き様こそ栄誉あれ。
街道に沿って立ち並ぶ木造の家屋が見えてきた。
ガードンが「もんすぐ街だ」と後ろを振り向き伝えてくれた。
見た感じアルカナの街と同じくらいの街の規模にみえる。
ガードンに街の大きさを聞いたことがあるが、「他の街は知んねぇけんど、でっけぇ街だぁ」とだけ返されてしまった。
他の街を知らないガードン。比較対象がないので仕方ない。ただここの村よりはでっけぇのだろう。
かくいう俺もアルカナとガードンの村しか知らないので、全くガードンと一緒なのだが。
予想に反し、街と平原の境界には何もない。
石塁や生垣や門のようなものもない。
ガードンに聞いていた通り、身分証カードの提示や通行料などを求められることもなくガラガラと街道を進んでいき、なんなく街に入ることができた。
ただ街に入って少し行くと、鎧を着た騎士が街道の脇に立っていた。
騎士の馬だろうか、小さな馬小屋に足の太い馬が一頭いた。
騎士は通行人に目を向けているが、たまに通行人と朗らかに挨拶を交わしている。
昨日今日監視についた騎士ではないようだ。
ガードンと騎士の目の前を通過する際、久しぶりに緊張したが、何事もなく通り過ぎた。
俺たちが目指す場所は、狩人ギルドと呼ばれている所だ。
狩人ギルドでは、狩人登録した猟師の管理をしているそうだ。
魔物の狩猟を猟師に依頼したりもするが、主な業務は、猟師と商人の仲介みたいだ。
猟師は狩った魔物を狩人ギルドへ売り、それを狩人ギルドが商人ギルドへ納めることで成り立っているという。
魔物を納品された商人ギルドは、毎日開催しているセリで落札した商人へ魔物を売却し、落札した商人は商人ギルドへ落札価格を払い、買い取った魔物を人々へ販売するそうだ。
落札価格が決まり次第、商人ギルドから狩人ギルドへ、落札価格から商人ギルドの手数料を差し引いた額が払われ、さらにそこから狩人ギルドの手数料を差し引いた額が納品した猟師の手元に渡るシステムになっているようだ。
山で狩猟の合間にとった小休憩の際、捕った魔物の取扱いをガードンに訊ね、狩人ギルドと商人ギルドのことを教えてもらった。
以前まだガードンとの接触前に、ガードンが荷の少ない荷車を引き、どこかへ出かけ村を数日留守にするのをたまたま見かけたことがあった。
その時もたぶん魔物を売りに行ってたのだろう。
直接商人ギルドへ卸せば良くね! とも思ったが、郷に入っては郷に従えで、色々事情があるのだろうと疑念を口にはしなかった。
「着いたぞ」と俺に告げながら、ガードンが荷車を止めた。
目の前には、エルドー地区 狩人ギルドと書かれた大きな縦看板と二階建ての木造建物があった。
さぁいよいよだ。
今回ガードンにお願いして街に連れてきてもらった目的の一つ。
それが狩人ギルドでの俺の狩人登録だ。
これでこの世界にきて初めて俺の身分証を手にすることになる。
俺は今日、この世界の表舞台に立つための許可証を手に入れるんだ!
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