第25話 羽有りトカゲ

 よほど疲れていたのだろう。

 昼寝してから日が昇るまでの間、一度も目覚めることなく爆睡した。

 二十時間は寝た。

 久々のスッキリした目覚め、気分爽快。


 いつも起きたら一番初めにすること。

 周辺探知を発動。


 周辺探知は、魔法なので意識のない睡眠中は発動できない。

 寝ている間も周辺探知できれば便利なので、何度か試してはみたが、いまだ実現していない。

 仮に睡眠中に周辺探知できたとしても、夢の中にいる状態でリアルタイムに危険を認知できるのかも怪しい。

 例えば魔物がレッドゾーンに入ってきたら、時計のアラームのような目覚まし機能で起こしてくれるとか…。

 まぁ、そもそも意識しないと使えない魔法を、無意識状態で発動できるのかどうかすらわからないし、今の俺にはできそうにない。

 これも今後の課題だ。


 さっそく昨日建造した巨木擁壁と魔物の様子を確認する。

 擁壁に異常は無さそうだ。

 昨日寝る際に麻痺し倒れていた多くの魔物の姿も見当たらない。

 麻痺から覚め、どこかへ去っていったのだろう。


 俺は起き上がり小屋を消す。

 水魔法で顔を洗い、口を濯ぐ。

 俺は水魔法で作り出した水を極力飲まないようにしている。

 あくまで推測だが、水魔法で作り出す水は、不純物のない純水だとみている。

 以前、水魔法で雷雲を作ろうとした際、水魔法で浮かべた水に電気を流し込もうとしたが、うまく流せなかった。

 純水は電気を通さないのだ。


 不純物というが、自然な水には、様々なミネラルなどが存在している。これらミネラルは電解質イオンなので、電気を通す。

 体細胞も電解質なので電気を通して、栄養の摂取や代謝などをしている。

 なんら不純物を含まない純水を大量に摂取すると、純水に体内の電解質を奪い去られてしまう。

 その結果、命を失うことにも成りかねないことを前世の知識で知っていた。


 適度に不純物を含み、電解質をそれなりに含んだ水こそが、生物にとって自然な水であり、有益な水だ。

 なので俺が普段飲む水は、沢で汲んだ水だけにしている。

 

 火魔法で火を起こし鍋を吊るす。

 水魔法で鍋に水を張り干し肉と山菜を投入する。

 ちなみにこの調理に使う水魔法の水は、肉や山菜の不純物が混じるので飲んでも大丈夫だ。 


 沸騰するまでの間、昨日巨木から切り落とした枝を風魔法で集めていく。

 それらを新たに創り出した納屋の中に詰め込んでおく。

 これらは薪にする予定だ。

 なので新たに作り出した小屋に壁はない。枝を濡らさず乾燥させるのが、この小屋の役目だからだ。

 一仕事終え焚火に戻ると、鍋の中に入れた干し肉から旨そうな脂が浮き始めていた。

 ここで適量の岩塩を削り入れる。

 料理の味の決め手は塩だ。

 人間に適した塩分濃度なら。大抵の料理を人間は美味しいと感じる生き物だ。


 いつもと代り映えしない朝食だが、昨日夕食を抜いたせいか、腹の虫が鳴いている。


 久々に充たせた朝食の満足感に浸りつつ、巨木擁壁に囲まれた簡易な安全地帯の外に出る。

 イエローゾーンの魔物を麻痺で眠らせつつ、西への移動を再開する。

 

 その日の昼頃、再び一匹のデカい羽有りトカゲが探知に引っ掛かった。

 その羽有りトカゲは俺のルート上にいる。全く動き出す気配がない。

 仕方なく排除しようと羽有りトカゲの頭上に雷雲を浮かべた時、大声で叫ぶ人声が聴こえた気がした。

 

 やーめーてー!


 周辺に人気はない。

 音も聴こえない。

 気にせいか?


 羽有りトカゲがイエローーゾーン内から俺の方へ首をかしげ視線を向けている。


 一雷電、四!


 四強度の雷電を一つ落す。

 このサイズなら四強度で麻痺するはず。


 ズゥーンッ…


 羽有りトカゲが麻痺し倒れ伏した。


 しばらく進むと、行く手を塞ぐように麻痺し痙攣する羽有りトカゲが倒れていた。


 それを無視し、更に先へと足を運ぶ。

 

 前方から敵意を発し襲いかかってくる魔物たちを雷電で瞬時に無力化していく。

 次々に倒れ伏していく魔物に憐憫を覚える。


 俺がいなければ、俺に襲いかかることも倒されることもなかった魔物たち。

 俺の個人的理由による被害者ともいえる。

 だけど魔物が襲いかかってこなければ、俺も倒しはしない。

 ただ粛々と森を通過するだけのこと。

 まぁ、たまに食料として狩らせてもらうけども。

 この森の生態系バランスを一方的に壊しているのは俺の方だし、お邪魔虫なのも俺。

 魔物が怒り襲いかかるのも当然か…

 

 すまないな、早く出ていくから勘弁してくれ



 コシローの過去を探る旅。

 まだ始まったばかり。

 小さなコシローが、この凶暴な森を通って丘にたどり着いたとは、俄かに信じがたい。

 コシローは空を飛んであの丘へきたんじゃないのか…?


 そこに森を順調に進む俺へ背後から人語が飛んできた気がした。


 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ、ちょっと待つのじゃー!」


 また空耳か?


 「空耳じゃない、わらわはお前に話しとるのじゃ!」

 

 ふむ…


 恐れていたことが現実になったようだ。

 俺はついに長すぎるボッチ生活の影響で、精神が破綻し始めたようだ。

 妙にリアルな幻聴が聞こえてくる…


 周辺探知に、さっき麻痺して倒れていた羽有りトカゲが起き上がり、俺をじっとみつめている様子があった。

 

 思いのほか麻痺から覚めるのが早い。

 

 丈夫な奴だ。

 俺との距離がまだ近い。

 もう少し寝ていろ!


 再び雷雲を浮かべる。

 すると、


 「ワワワワワッ、やめ、止めるのじゃ、止めるのじゃーっ!お願いじゃ、止めるのじゃー!!」


 羽有りトカゲが羽をパタパタさせ何やら騒いでいる。


 一雷電、四!


 構わずもう一度雷電を落し、再度麻痺させる。

 

 ちなみに「一雷電、四」とか「十雷電、二」とかは、今では声に出さないで発動できるようになっている。

 あえて声に出してるのは、使い始めた頃の名残だ。ちょっとカッコいいかもなんて決して思ってない!


 更に西へと進む俺に、再び幻聴が聞こえてくる。


 参ったな…、これは重症だ 

 

 声のする方を振り向くと、また羽有りトカゲが起き上がり、俺を見ている。

 

 …もう復活したのか。もう一つ強度を上げた方がいいかな?


 「痛い、痛いのじゃ。この痺れるのはもう止めてくれ」


 あれ? もしかしてお前か?

 お前が俺に幻聴を聞かせ混乱させようとしているのか?


 強度五の雷電を落してやろうと羽有りトカゲの頭上に一回りデカい雷雲を浮かべる。


 「まままっ、参った。こここっ降参するのじゃ。頼むから我を助けてたもれ!」


 そこで、はたと気づいた。

 おや、この羽有りトカゲは、俺の脳内に人語を語りかけてきているのか?

 そういえば人語を話す魔物にも、これまで一度も会ったことがない。

 そのうえ俺の脳内に直接人語を送り込んできてる。

 こいつはいったい何者なんだ?

 こんなことを仕掛けてくる魔物は、この羽有りトカゲが初めてだ。


 強度六の雷電をいつでも落せる状態を維持しつつ、俺は羽有りトカゲへ話しかけてみた。


 「俺の言葉が聴こえるか? 聴こえるなら返事をしろ」


 「きっ聴こえる。お前の言葉は聴こえてるぞ!」


 即座に羽りトカゲが返答をよこしてくる。


 ふむ、こいつは興味深い…。


 俺は西へ向かって進めていた足を止め、羽有りトカゲと話しをしてみることにした。


 「ふぅー、ありがたい…。もう我を痛めつけないでくれ。痛いのは嫌じゃ…」


 羽有りトカゲから安堵の声が漏れる。


 「何を勘違いしてるのかしらないが、まだ魔法は消してないぞ」


 「…でも、我にはわかるのじゃ、お前から伝わる殺気が無くなったのを」


 益々興味深い。

 この羽有りトカゲは、俺の知らない未知の感覚を持っている…。


 「おい、トカゲ! お前はいったい何者だ?」


 「ん?、我か? …わらわはこの森の主じゃ!」


 この森の主?

 この無限に湧いてくる魔物たちの主ということか。

 …信じがたい


 「だとすると、お前はこの森のことを誰よりも熟知してているということか?」


 「そ、そうじゃ。我はこの森のことなら、なんでも知っておるぞよ」


 「ほぉ、それでお前がこの森の魔物たちの頂点に君臨していると?」


 「その通りじゃ! 我がこの森の頂点じゃ!! 我はかれこれ三百数十年の間、この森の頂点に立ち続けているのじゃ!!!」


 羽有りトカゲが胸を張り誇らしげに言った。


 「ふむ、しかしそれにしては弱いな…、お前のような弱い魔物が長年この森の頂点に立ち続けてるなんて、素直に飲み込めないな…」


 「いやいやいや、待て待て…、我は本当にこの森の主なのじゃ! それを今証明してやろうぞよっ。見ておれ…」


 羽有りトカゲの言葉が途切れると同時に突然、広範囲に広がる魔力を感じた。


 何をした?


 警戒を強める。


 おっ、周辺探知で捕捉していた俺に向かってきていた攻撃対象の魔物たちが、立ち止まっているぞ。


 やがて再び動き出した魔物たちは、一匹残らず俺から遠ざかり始めた。


 ふーっと一息ついた羽有りトカゲは、しばらく周囲の様子を窺う素振りをしている。


 「よし、どうじゃ? これでお前は安全じゃ。この森でお前を襲う者はもうおらん」


 羽有りトカゲのいう通り、俺から三百メートル以内に魔物がいなくなった。


 「我はいまこの森全体に、我の許しなくお前を襲うなと厳命したのじゃ。お前はもうこの森で戦う必要はない、そうお前が願ったようにな」


 おほっ、こいつマジか! 魔物を殺めたくないっつう俺の心を読んでたのか?

 すげぇな!


 「じゃから、はよ、さっさとこの森を出ていくんじゃ」


 「…あー、とりあえず感謝しておくとこなんだろうな! ありがとう、助かったよ。だがいろいろと確かめずにいられないことがあるんだが…」


 「なんじゃ? 今更何を確かめたいんじゃ?」


 「魔物のお前が魔物と意思疎通できるのはわかるんだが、お前は人間とも会話できる。どういうからくりなんだ」


 「なんじゃ、そんなことか。我には意思を他者へ送り込む力がある。これは生まれつきじゃから理屈はわからん。今もお前に我の意思を送り込んで話をしているだけじゃ」


 意思を送り込む、生まれつきの能力…

 そんなことができるなら、前世で使ってた電話やメールも不要だな…。


 「そうなのか…。じゃあ、人間の言葉をお前が知っているのも生まれつきなのか?」


 「それはじゃな、以前この森に来た人間から教えてもろうての、もうかれこれ三百年以上昔のことになるがの」


 どこか懐かしそうに目を細め遠くを見ながら羽有りトカゲが言う。


 魔物に言葉を教えた人間がいたのかぁ

 その人のおかげで、俺はいま羽有りトカゲと話ができているってわけか。

 好奇心でもう一つ質問してみよう。


 「俺にも魔物の言葉がわかるようになるか?」


 羽有りトカゲは俺の問いかけに少し驚いた様子だ。


 「お前は魔物と話がしたいのか? そうじゃの、時間をかければ一部の魔物となら話せるようになるかの…。じゃが、魔物全部とは難しいぞ。魔物も種族によって言葉が違ってくるからの」


 人間界でも様々な言語があるように、魔物界でも同様なんだな。


 「さっきお前が魔物達に送った意思は、いくつの言語を使ってたんだ?」


 「一つじゃ、この森には共通言語があっての、ここでは一つの言葉でここの魔物全員に通じるんじゃ」


 共通言語、イクート言語っていうのか、そういうものがあるんだな。

 いったい誰が作った言語なんだろうか。


 いやそれよりも、大事なことを聞いておかないとな。

 

 「俺はこれから西へ向かい、この森の先にある世界を見てくる予定だ。そしてまたここに戻ってくるつもりだ。森の先にたどり着くまでにあとどのくらいかかるのか教えてくれ」


 「うむ、お前は歩いていくつもりなんじゃな。それなら一年もあればたどり着けるじゃろうか」


 一年!

 まだここは森に入ったばかりだったということか!!

 はぁー、先は長いなぁ

 この生活をあと一年かぁ。

 へこむなぁ…


 「なんじゃ、その顔は。仕方ないのぁ。なんならわらわが連れて行ってやろうか?それなら一日で行けるぞ」


 なんだって!

 たった一日で森を出られるのか!

 

 「い、いいのか? 是非もない申し出だが…」


 「あー、いいぞ。これも森の主の役目じゃ。お前が森にいると騒がしくてかなわんからな」


 さぁ背中に乗れと俺へ背を向けた羽有りトカゲが、何気なく言った言葉に凍りついた。


 「して、どうしてお前はまたこの森に戻ってきたんじゃ?」

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