第18話 長旅
雷電!
俺は全速力で翔ける。
木々を搔い潜り、灌木を飛び越え、雷雲が放出した雷電で仕留めた獲物に駆け寄る。
今回雷電で麻痺させたのはグリズリーのような容姿をしているが、頭部に二本の鋭い角が生え口から大きく突き出た牙を持っている生き物だ。
魔力を持っているので、魔物に違いない。
名前はわからない。俺はこの旅に出て初めて魔物と遭遇した。魔物の種類に関してはベンさんから拝借した教科書にも記載されていないため、遭遇し魔物の名前をひとつも知らない。
なので魔物の特徴から勝手に仮称をつけて分類している。
いま目の前で痙攣している魔物は「大赤肉」と呼んでいる。
大量の赤肉を保有した魔物だからだ。
豚のような猪は「脂肉」と呼んでいる。
大量の脂を有した肉を持つ魔物だからだ。
頻繁に耳障りな鳴き声を出し続ける孔雀のような鳥を「ウザ鳥」と呼んでいる。
単純に鳴き声がウザイからだ。
名づけはすべて適当。
どうせこれらには正式な名称がつけられているはずだから、適当で構わない。俺が見分け分類できればいいだけだ。
痙攣する魔物に駆け寄り、取り出したナイフで首の動脈を切断する。
魔物の頭が谷側になるよう足をずらして調整する。
頭上に雷雲を浮かべ血の匂いに誘われた魔物が寄ってこないか探知する。
周辺に新たな魔物がいないことを確認し、近くの倒木に腰掛け空を見上げる。
どんよりとした曇り空。
落葉樹はすでに一枚の葉も残していない。
吐く息が白い。
季節はすっかり冬になっている。
あれから俺はその夜のうちにアルカナを出た。
タルバさん達と言葉を交わすことは避けた。
走り書きの置手紙を残してきただけで、ほとんど着の身着のまま飛び出した。
置手紙には、タルバ家への感謝とララへの別れの挨拶、そして危険なので俺を探さないでほしいとだけ書き残してきた。
こんな突然の別れとなってしまったことはとても残念だが、今でもあの夜のうちにアルカナを出奔した俺の判断は正しかったと思う。
アルカナに俺がいる限り、大好きなアルカナに災いが起こり続けることになっただろう。
災いの種がなくなれば、種を盗もうとする盗人たちもアルカナで活動する意味はないはず。
早かったような長かったような、気づけばあれからもう半年あまりが過ぎた。
みんな元気に過ごされているだろうか。
タルバさんは無事に復調されただろうか。
ララは武術の鍛錬に精を出してるだろうか。
アルカナを出た俺は、いま王都ブルートンへ向かっている。
人通りの多い街道は、間違いなく追っ手が網を張っているだろう。なので、山の奥深い獣道を進んでいる。
別に急ぐ必要もないのでのんびりしたものだ。
雨が降れば、天候が回復するまで何日も雨宿りし続け動かないこともある。
幸いなことに今のところ追っ手の気配は一度も探知してない。
所持品は背負いカバンに入る程度しかない。
ベンさんの高学年用の教科書数冊、タルバさんに買ってもらった衣類、ナイフ2本と身分証明カードに財布が一つ、そしてこぶし大の岩塩の塊をいくつか。
ナイフ、身分証明カードと財布は、出奔する際にまだ倒れていた地味女から頂戴した。
ナイフはハンドル部分が指を通すナックルタイプの見るからに対人凶器然としたやつだった。見つけたときは引いた。
身分証明カードは、アルカナに隣接するポルドナ地方の住所のものだった。これは多分偽造だろうとみている。
岩塩は二か月くらい前に通りかかった岩山で偶然見つけた。この岩塩のおかげで食味が激変し味気なかった食事タイムが楽しみなひと時に変わった。
塩梅とはよく言ったもので、料理って塩次第なんだなぁと一人感心した。
食料は野草と魔物肉。この二つ。
その野草も冬になってからほとんど口にしていない。
枯れてしまったのか、もう何日も野草を見かけない。
野草の選別は、ベンさんの教科書に記載があり、それを参考にしている。
サバイバル生活で体調を崩すことは死神を呼び寄せることと同じ。なので教科書に記載のない野草には一切手をつけていない。美味しそうな果実もいくつか見かけたが、教科書に記載のないものは、湧き出るよだれを飲み込み泣く泣く諦めている。
魔物肉は、美味しいのもあればそうでないのもある。ただ共通するのは、血抜きが重要だということ。いくら美味しい魔物でも血抜きが不十分だと不味い。獣臭さの強弱も色々だ。
今倒した熊みたいな魔物は、あまり美味しくない方だ。だけど大量の肉を一匹からゲットできるので重宝している。この一匹だけで半月くらいの食料になる。
解体作業を習ったことはなかったが、なぜだかナイフを入れる場所や刃の当て方なんかがわかるような気がし、その通りにすると見事に解体できた。
天才かもしれない。
魔法技術も成長した。
まず雷電。
落とす雷電の強さを加減することで、魔物に与えるダメージを変えることができるようになった。
目の前の熊みたいな魔物に落とした雷電は、魔物を気絶させようとして威力を加減した。
魔物の大きさに合わせて雷電の威力を調整するのに時間がかかったが、多くの失敗を糧にいまではほぼ狙い通りのダメージを魔物に与えられるようになった。
例えば熊みたいな魔物に落としたのと同じ雷電をウサギくらいの大きさの魔物に落とせば、ウサギ大の魔物は黒焦げになる。実際何度かやってしまい、炭と化してしまった魔物に何度も頭を下げた。
食べてあげることもできず悪戯に命を弄ぶ結果になって、魔物さんごめんなさい…。
ただ例外もある。
電気耐性があるのか、雷電が効かない魔物もいる。主に鳥系の魔物に多かった。
ただ落とす雷電の威力を変え二発同時に落としてやると効く。なぜか効く。何度か実験し確認済みだ。今は鳥系魔物を二発の強さを変えた雷電で仕留めることにしている。
雷電の制御精度と一緒に電磁気探知能力も向上した。
ものすごく緩い電気を地中に流し込むことで、飛躍的に探知範囲が広がった。正確な距離は測ったことがないのでわからないが、半径で一キロくらいは余裕でいけている。
ただやはり短所もある。探知範囲を伸ばせば探知精度が明らかに劣ってくる。探知対象の位置情報も曖昧になるし、対象が人なのか魔物なのかも判別できない精度まで落ちてしまう。
それでも遠隔情報を探知できるようになって、随分安心して旅ができるようになった。遠隔探知で警戒し早めに危険を察知できれば、それだけ備える時間を確保できる。備えあれば憂いなしってね。
そして今最もお世話になっているのは、土魔法。
山中の旅で一番苦労するのは寝床の確保。日々の寝床を移動した先々で都合よく見つけられるなんてなかなかない。
雨風を防ぎ、夜露を防ぎ、魔物を防ぐ寝床があることで、心身の疲労は大きく違ってくる。
毎日疲労が溜まっていくようでは、長旅は不可能だ。
そこで旅に出て一番感謝しているのが土魔法で寝床を作れるようになったことだ。
箱形のコンテナハウスのような形状を作ってるだけなんだけど、以外にこれが難しかった。
特に屋根の部分。
初めの頃は何度も屋根を崩落させてしまい、強度の不安定なものしか作れなかった。まぐれで屋根を建造できたとしても、いつ崩落してくるかわからない不安定な土の屋根の下ではおちおち寝てられない。
そこで思い出したのは陶器。焼き物のことだ。焼くことで土は強度を増す。それで屋根部分に使用する土の素材をできるだけ粘土に近い物だけを使うことにし、それを高温の火魔法で焼き上げることにした。結果は上々で、俺が屋根に乗っても壊れない強度が確保できた。けれど高温で焼き上げた屋根だけあって、室内気温が熱々のオーブン状態になってしまう。一度熱された土はなかなか冷めない。水魔法で屋根に冷水をぶっかけて急激に冷やすと、屋根は儚くも壊れてしまう。なので熱湯をかけ、屋根の温度を徐々に下げてゆくことでオーブン問題を解決した。
目下寝床の場所を決める際、もっとも重要視しているのは、粘土に近い土素材の有無だ。
陽が南中したころから、寝床に適した場所を探し始めるのだが、そのとき着目しているのは土素材。
土魔法で粘土が作りだせれば苦労しないんだけど、今の俺では無理そうだ。
土塊を浮かべ風魔法で囲い土粒子同士をぶつけ合って粒子の大きさを粘土レベルまで小さくしようと試みたが、できたのは雷雲と同じ静電気だけだった。何か一工夫いるが、そのうち閃くだろうと一旦諦めた。
火魔法と風魔法についても、それぞれ力量や用途が増えた。
半年余り一人でなんでもしてきた成果がそれなりにあったと思う。
ベンさんから拝借した魔法の教科書を何度も読み返し、魔法の理解を深めることで、使える魔術の種類も増えてきた。
日々実験であり実践あるのみ。
独り言は随分増えたが、これは仕方ない。
話し相手がいないのだから、発する言葉はすべて独り言。
この独り言が俺の精神安定に寄与してるのは間違いないだろう。
ただ人ごみに出たときに、独り言を連発しないようにしなければと戒めている。
大丈夫だろうか…。
日々増えていく独り言に気づくたび自信を失ってる気がする。
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