第19話 曇り空と山地の中で
会議という名の拷問タイムを終え、ジムはわき目も振らず自室へ戻り、タバコに火を点けた。
二口吸ったところで外に待機するナンシーを呼び入れる。
咥えタバコのまま、どかっと肘掛椅子に座り背もたれにだらしなく背を預ける。
両手は肘掛の外にだらりと垂らしている。
ジムを黙って見つめるナンシーに初めて視線を向ける。
きっとナンシーの目の前に座る無様な男を侮蔑してるんだろうと舌打ちしたくなる。
だがそんなことはどうでもいい。
今や俺の立ち位置は相当危ういものとなってしまった。
今しがた行われた臨時連絡会という名のリンチで、ジムは吊るし首寸前まで糾弾された。
これまでの功績すべて最初から何もなかったかのような勢いで、無能扱いされ脅しをかけられた。
比較的順調だったはずの出世街道に巨大な岩が置かれてしまった。
この岩の先にある光の道を進み続けるには、なんとしてでも目の前の巨岩を撤去しなくてはならない。
ノミや削岩機ではどれだけ時間を要するか皆目見当もつかない。
あるだけの力でぶつかるしかない。
そう、1000本のダイナマイトで粉砕するしかない。
「ナンシー、私が疲れてるようにみえるかい?」
「はい…」
「ふんっ、確かにこの老体は疲れてるさ。医者に診せれば10リットルの注射と30錠の服薬を処方されるくらいにな。だが疲れてるのは今に始まったことじゃない。入庁以来ずっとだ。一日たりとも疲れてない日なんてなかったよ」
「………」
「だが疲れなんてどうでもいい。いま私の心は、復讐の念で満たされている。恐ろしい事だろう? 私もこれから私が仕出かすことを想像すると寒気がするよ。油断すると凍え死にそうなほどにね。フフフ」
一人ほくそ笑むジムの姿に当惑するナンシー。
「それでは指示をいただけますでしょうか」
パチン、指を鳴らしジムは座り直してタバコをもみ消す。
「至急甚災級の対策本部を立ち上げろ。表向き対象は、国家機密情報を大量に盗み出した裏切者を捕まえるための対策本部ということにしておけ。諜報、暗殺、全てエース級の人員を投入する。ブルートに多少の被害がでようと構わん。外交で上がなんとかする。そして対象の生死ももはや問わん。肉片だけでもいい。DNAで奴だと判別できる物を持って来させろ!」
--------------------------------------
朝から鞣した毛皮で予備の毛皮服を作っている。
面倒なので下半身と上半身で分けず、着ぐるみ式に背中から着る全身タイプにしている。
これを着て、毛皮のマフラーを装着し、毛皮の帽子を被る。
第三者が俺を見たら、まず間違いなく魔物と断ずるだろう。
俺をみて逃げ出す人の姿、その風景を想像したら少し笑えてくるが、現実ではたぶんへこむ。
でもまぁ今は気にしない。
ここには人がいないし、寒さには勝てない。
見た目はどうでもいいのだ。性能重視。
もう春が近づいてるんだろうか。空の天気が不安定だ。
小雨が降ったり陽が差したりと目まぐるしい。
できれば早く春に来てもらいたい。
肉食ばっかでは栄養が偏り過ぎる。
野菜が食べたい…。
赤肉の毛皮で作る着ぐるみ服の縫製作業は順調だ。
この調子なら昼過ぎには出来上がるだろう。
ちなみに縫製には細めの枯れた蔦を使っている。
蔦をナイフに巻きつけてズブリズブリと靴ひもを通す様に縫い上げている。
多少ナイフの穴から隙間風が入り込むかもしれないが、まぁこんな感じでいいんじゃないかな。これ以上の縫製方法を思いつかない。
残念だけど裁縫の才能はないな。
同時進行で調理中の赤肉の燻製も、土魔法で作った薫蒸器からいい匂いを漂わせてきている。
前世だったら赤ワインが恋しくなるんだろうな。身体が子供のせいか、まったくそんな気にならないんだけども。
時々手を休めて、今後のことに思い耽てしまう。
王都ブルートンに入るには、身分証明書が必要かもしれない。
地味女の身分証明書を見る限り、こちらの証明書には顔写真が張られていないので、生年月日だけ修正すれば偽造できるだろう。
どこかの街で偽造道具を仕入れるために立ち寄る必要がある。
ここが連中に発見される可能性のある一つ目のポイントだろう。
次に身だしなみを整えなければならない。
この着ぐるみを着て人前には出られない。
目覚めたときに着ていた麻のような素材でできたパジャマ服を着るには、夏を待たなくちゃならない。
どこか田舎の人気の少ない農村に立ち寄り、干された洗濯物でも拝借させてもらうしかないのかも…。気乗りしないな。
髪は地味女の身分証を使うのなら、切らずにこのまま伸ばしておこう。女になるんだから。いや、いっそ性別も偽造しちゃえばいいか。性別を男にしてしまえば後々面倒くないな。トイレや風呂に入るたびに神経を使うのは馬鹿らしいしな。
あとは生活費かぁ。
王都は物価が高そうだな。
手持ちの資金は多くない。無事王都に入れたら、最初にすることは職探しだな。
異世界小説に出てくるような冒険者ギルドのような仕事斡旋所ってあるんだろうか。
タルバさん達に聞いておけばよかった。
薬草採取や魔物退治くらいなら俺でもできるだろう。
実際にいまやってることなんだから。
そして最も大事なのは、連中から発見されないことだ。
王都で目立ってはいけない。
どこで連中に嗅ぎつけられ、目をつけられるかわからない。
いまは俺が一点リードしているといったところだろう。
見つかれば、即逆転されてしまうほどの僅差でしかない。
理想的には、こっちが先に連中を見つけ、連中の情報を盗み、こちらから反撃してやりたいところだが、敵が何者か不明な現状では絵に描いた餅でしかない。
味方はゼロ。
俺一人では心細いどころの騒ぎでないが、やるしかない。
まずは情報収集からだ。
相変わらず目まぐるしく変化する空模様。
今後の俺の人生を表しているような気がする。
このまま山奥で生きていけばいいじゃないかと思わないでもない。
ただ、連中が何者なのか、コシローが何者なのか、それだけでも把握しないと、俺がコシローにいる理由がない。
なんとなくだかそう思う。
危険かどうか、明らかに危険だ。
それでもその危険の中に飛び込んでいかないと、俺とコシローの人生は始まらない。
ただ山奥で生物として生きながらえるだけのために、俺をコシローに乗り移したはずがない。
きっと危険の中に、何かがあるはずだ。
ただ決して焦ってはいけない。
急いでも慌ててもいけない。
時間はある。
前世の俺らしく、やや陰キャ寄りで目立たず静かにいくんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます