第16話 雷雲使ってたら暗雲きた

 病院から出て子供を追いかけ始めた二人だったが、走り出してすぐに暗がりに臥せった男の傍で立ち止まった。

 二人は一言二言会話を交わし、女だけ再び子供を追いかけていった。

 残った男は、倒れた男を担ぎあげ、今出てきたばかりの病院へ引き返していった。

 



 地味女の前にある家の中では、5人の男女が一つの部屋の中で質素なテーブルを囲んで話し合いをしていた。

 五人全員から疲労感が滲み出ている。

 今日の昼に生じた作戦ミスと失態は、彼らの見立てでは軽傷で抑えられたと推測している。

 もちろん五人に懲罰の重さを決める権限はないので、あくまで希望的観測なのだが。


 対象近隣者を拘束した一報を受けたニルダは、即時に対象近隣者を解放することとした。

 眠り薬で眠らされている女二人の手足を縛り目隠しし空き倉庫に寝かせておいた。

 その作業中に偶然か必然か通りかかった対象近親者の男が殴りかかってくるのを、この男を監視していた者が後ろから一撃を入れ意識を刈り取った。

 一名増えて三名になったが、空き倉庫に男を転がし、戸を少し開けたまま、その場を速やかに離れた。

 近くの八百屋と肉屋で買い物をするついでに、「あそこの空き倉庫から女の声がしたけど、あそこに誰か住んでたっけ?」と店の帰り際に店主へ投げかけ返事を待たずに消えるように歩き去った。

 あとは彼らが見つかるまで監視を置き成り行きを見守らせた。

 すぐに三名は発見され、彼らを探し回っていた格闘技道場の男たちが病院へ運んでいった。


 部屋の中ではすでに犯してしまったミスや失態を非難する感情的な時間は過ぎ去り、今は次の作戦を検討中だった。

 専ら発言しているのは男二人で、残りの三人は聞き役に回っている。


 足を組み、靴の紐を弄びながらワルネルが切り出す。


 「対象はいつ退院する予定だ?」


 「わかりません。病院に張り付けたものからじきに情報が届けられるでしょう。診断は熱中症ですのでよほど重症でない限り明日にでも帰宅するかと思います」


 ニルダがワルネルへ答える。


 「いっそのこと入院中に拘束した方が楽かもしれんな。対象に付き添う老人が席を開けた隙に病室に踏み込んで夢の中にいる対象を縛り上げ運び出してしまうだけにも思えるが…」


 「私もそれを考えてみましたが、いまあの病院へは先ほど解放した対象の近親者達が運び込まれているはずです。格闘技道場の者たちも何人かいることでしょう。相当の運が味方してくれないと彼らに悟られずに遂行するのは難しいでしょう。少なくとも今夜はなしでしょう」


 「…だな、ニルダの言う通りだな。これは少し長期戦を視野に入れておいた方が良さそうだな」


 ワルネルが溜息を吐いた時、静かに家の扉を叩く音が聞こえ、部屋の入口近くに座っていた男が黙って部屋を出ていった。

 やがて戻ってきた男はビラを部屋に入れ戸を閉めた。

 ニルダはビラに椅子に座るように薦め、持ち帰った情報の報告を促した。




 女が家に入ると俺は路地へと歩き出した。

 探知では路地の安全を確認している。

 探知範囲を家の中に繰り広げつつ、女が入っていった家の扉の横に立ち止まり聴力を強化する。

 家の中には六人の男女がいる。男女とも三人ずつだ。

 女の声が聴こえてきた。

 静かに耳を澄ます。


 「……さきほど無事病院に担ぎ込まれました。現在はミックが対象近親者についています」


 探知で口を動かしている人物を探る。どうもさっきの地味女が発言しているようだ。

 

 「ご苦労、今夜の作戦実行はない。戻ってミックと合流し宿でゆっくり休め。明朝病院の様子を確認してからここへ集合だ。もし対象が退院するようなら、急ぎその情報を伝えてほしい。その場合そのままミックは病院で監視するよう伝えてくれ」


 「はい、わかりました。では戻ります。また明朝に。失礼します」


 部屋の奥に座る男が地味女へ指示を出している。この男が上官なんだろう。


 部屋を出た地味女が扉に向かってくる。

 俺は急いで物陰に身を隠す。

 家の前で路地の左右を確認した女が来た道を戻り始める。

 探知で女が表通りに出たのを確認し、俺は再び壁に張り付き聴力を上げた。


 

 「……より安全策を選択しなければならなくなった。よって一日の生活で対象が一人になる時間を狙う。その一人になる場所と時間に合わせた作戦を組み遂行する。イレギュラーが生じない限りこの方針で行く。当面対象の日常生活を全員で監視していく。二度目のミスは許されない。いいな」


 地味女に指示した男とは別の男が、部屋にいるメンバーを見渡しながら今後の指示を出している。この部屋のリーダーはこいつだな。


 表通りの様子が気になるので、俺はここで壁から離れ病院へ戻ることにした。

 そろそろ病院からいなくなった俺をベンさん達が探し始めているかもしれないしね。


 表通りに出て、道の反対側こっちへ歩いてくる女の頭上に雷雲を浮かべ瞬時に送電し小さな雷電を落とす。

 女は体を一瞬硬直させ倒れた。

 俺はそのまま女を無視して通り過ぎ雷雲を消し、前方にいるであろう地味女の方に探知を延伸させ捕捉する。

 今倒した女は、俺が家の壁で聞き耳を立てている間中、表通りの一点から動かずにこちらを見ていた。そして表通りに出ていった地味女と接触し、別れた後も動かずこちらを見ていた。俺が表通りに出るや、俺に視線を送ることなくこちらへ歩いてきた。


 ギルティだ!


 

 前を行く地味女は明らかに急ぎ足で進んでいた。

 俺は目視できない距離を着かず離れずついていくが、俺には女の位置も歩く姿も丸見えだ。

 さりげなく何度も後ろを警戒しているのもバレバレだ。

 俺の探知がその全てを捉えている。


 女が一際暗いところに通りかかった時、雷雲を女の上に浮かべ雷電を落とす。

 暗がりのフラッシュ光が地味女を一瞬映し出す。

 遅れて微かに女の倒れる音がした。


 そのまま倒れた地味女の横を通り過ぎ病院へ急ぎ足で戻る。

 病院の近くまで戻ったところで、倒した男が路上から消えているのを確認した。

 止まることなく急いで裏口へ回り病院に入る。

 ゆっくりと俺の病室へ歩いていき戸を開ける。

 病室の中には誰もいない。

 用意していた言い訳を言わずにすんでホッと息を吐く。

 戸を閉めなおしてタルバさんの容態を見に行きたい衝動が頭をよぎるが、病室に入りベットに横になる。


 新鮮なうちに整理すべき情報が多い。


 まず「対象近親者」とは誰を指しているのか。たぶん病院に運び込まれたという地味女の話からするとタルバさんかプティさんか、ララか、それとも三名全員か…。

 そうすると「対象」とは彼らに近しい人だろう。

 そして「引き続き病院を監視する」、「もし対象が退院するようなら…」という言葉から導き出されるのは、「対象」とは、俺の可能性が濃厚だ。


 ベンさんは入院していないのだから、きっと俺が「対象」…。


 俺は体を起こし、横に置いてある水筒を手に取りゴクゴクと水を飲む。

 栓をし再び横になる。


 いるかコシロー?

 お前奴らから逃げてたのか?

 それであんな人気のない所で寝転がってたのか?

 幸か不幸か、そこに俺が憑依しちゃったってわけか…。

 誰か知らねぇけど、こりゃ相当な奴らがお前を捕まえようと躍起になってるぞ…。

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