第14話 電気ウナギになる

 ベンさんの険しい表情。

 きっと何かベンさんを困らせることがあるんだろう。

 でもベンさんはそれを俺に話す気はないらしい。

 たぶん子供が聞くような類のことじゃないんだろう。

 俺の身体は子供だが、精神年齢はおっさんなんだがな…。

 この実年齢の乖離した心身って、ストレスだよなぁ。

 だけどなぁ、コシローにおっさんの俺が憑依していることを公表するわけにはいかないだろうしなぁ。

 公表したらここから別の柵のある病院に移されるかもしれないし…。

 とりあえず、いまは疲れたコシローを休ませてあげよう、寝よ。


 再び俺は目を瞑り、やはりまだ疲れていたのかすぐに寝入った。


 

 コンコン

 扉を叩くノックの音に気づいたが、眠りが深かったのか俺は瞼を上げたくなかった。


 ガチャという扉の開く音。


 「失礼します。ベン先生、見つかりま…」


 「外で聞こう」


 聞き覚えのない男の言葉を遮りベンさんと男は病室を出ていく。


 妙に胸がざわついた俺は無理やり眠りの谷から浮上し、二人の会話を盗み聞くため聴力を強化した。

 聞こえたのはベンさんの声からだった。


 「何かわかったか」 


 「はい、お二方とも無事に見つかりました。ともにケガもなく意識もあります」


 「そうか無事か、無事だったか、あぁ…よかった」


 「あの…ただ、タルバ先輩が意識を失った状態で見つかりました」


 「なに、タルバがっ、どうしてじゃ?」


 「わかりません。タルバ先輩とプティさんそしてララお嬢のお三方は、空き家の物置で縛られ昏睡状態で発見されました。プティさんとララお嬢はすぐに意識を取り戻しましたが、タルバ先輩はまだ回復していません。いま道場の者がお三方をこちらへ搬送中です。取り急ぎカカ師匠の指示で、私が先行してベン先生への伝言に駆けつけた次第です」


 「…そうか、じゃあじきにここへ3人とも運ばれてくるんじゃな。わかった、伝言ご苦労」


 男が歩き去る足音。



 完璧に目が覚めた。


 何が起こった。

 どうしてこうなった。

 いったい誰がやった。

  

 わからないことだらけだが、タルバさんとプティさんとララが何者かに拘束されてカカさんたちに助け出されたことだけはわかった。


 倒れる前を振り返ってみる。

 昼をだいぶ過ぎてただろう、タルバさんと火事現場から畑へ帰ってきた時に、プティさんとララはそこにいなかった。そしてタルバさんと畑仕事を再開し、やがて俺が倒れてしまう。

 おそらく倒れた俺をその時俺の一番近くにいたタルバさんが気づき病院へと運んでくれたのだろう。

 その後、タルバさんとプティさんとララがどこかの空き家の物置に拘束されてた。

 そして今3人は発見されこの病院へ運ばれてくる最中。

 これらが俺の寝ている間に起ったことだとすると、俺が倒れてからいったいどれほどの時間が経ってるのだろうか。もしかして数日寝てしまってたんだろうか…。


 ふいにガチャという扉を開ける音がした。

 そしてベンさんが病室に入ってきた。

 俺はさも今起きたかのように目を開ける。

 

 「おっと起こしてしもうたかの」


 話しかけるベンさんの表情から心なし険しさが薄くなっている。


 「のどが乾いちゃおらんかの? 乾いたらそこの水筒の水を飲むと良い」


 ベンさんが目線で俺の横にある小さなテーブルを置かれた水筒の存在を教えてくれる。


 俺はお礼を言い、激しく乾き始めたのどを潤す。


 さっきベンさんは俺に3人が拘束されていた事を話そうとしなかった。

 それを俺が盗み聞きして知ってしまったこともベンさんは気づいていないはず。

 

 俺は水筒を置き直し、再び横になり天井を見つめる。

 

 俺はこの出来事から、言い方は悪いが言わば蚊帳の外にされている。

 もちろんベンさんの俺への優しさだってことはよくわかっている。

 だけど俺のこの世界で一番大事な人達が危害を加えられたことに激情を覚える。

 いったい誰が何の目的で、こんなふざけたことをやりやがった?


 俺は許せない!

 絶対に許さない!!

 必ずとっ捕まえてやる!!!


 この穏やかで日々の幸せを噛みしめながら善良な人々が助け合って暮らすこのアルカナに、こんな悪意が存在してたなんて俄かに信じられない。

 だが、それを持つ奴がいた。

 ここアルカナにも、地球と同じように、人の幸せを冷酷に踏みにじる奴がいた。

 人の尊厳に唾を吐きつける奴がいた。

 そしてそいつはまだアルカナにいるはず。


 「ベンさん、俺が倒れたのって今日だよね?」


 俺は天井に視線を向けたままベンさんにいま聞けることを確認する。


 「そうじゃよ」


 すっかり暗くなった窓際に立っていたベンさんが振り返ったのを視界の端で見た。


 「どうしたんじゃ、なんかおかしな夢でも見たんかや」


 「ううん、よく寝た気分だったから…」


 もうすぐここへタルバさん達が運ばれてくる。

 ベンさんは3人の様子を確認しに行くだろう。

 俺も一緒に行って3人の無事をこの目で確認したい。

 だけどきっと病み上がりの俺を気づかい、ベンさんは俺の随行を許さないだろう。

 

 なら俺にできることをやる。

 3人が病院に運び込まれる前にやらなくてはならない。


 「ベンさん、トイレどこ」


 体を起こしながらベンさんに聞くと、一緒に行ってやると言うベンさんになんとか遠慮してもらって一人で病室を出る。

 人目を避け病院の壁に掲載された地図を確認し、裏口から外に出る。

 目に入った人気のない影に入り身を屈める。


 昼に作った雷雲と同じ大きさのものを浮かべ電気を生む。

 手を地面につき溢れ出ようとする電気を送り込む。

 薄く薄くできるだけ遠くまで届くように地下に送電する。

 送り込んだ電気の広がる限界を感じた所でそれを維持する。

 今度は電気と一緒に発生している磁気を感じるよう強く意識する。

 すると電気だけを意識してた時に感じていたぼんやりとした地表の物が、電気と磁気を意識することでその形態を鮮明にする。

 家や人の形がわかる。歩く人、立ち止まる人、家の中で食事をとる人々。

 送り込んだ電磁気が情報を持ってくる。

 音や色はわからない。形状や形態だけだが、これで十分。


 30m先にこちらへ向かってくる集団を探知した。

 おそらくタルバさん達を運ぶ方々だろう。

 数えると小走りで9人が移動している。1人は背に担がれているようだ。

 たぶんあれは意識の戻っていないタルバさんだろう。

 

 意識ない時は頭を揺しちゃダメだって伝えたくなる。

 担がれたタルバさんの様態が気になるが、意識を切り替える。

 

 探知するものへ集中する。


 「すぐそこの建物だ、着いたぞ、もうすぐだ」


 タルバさん達を運ぶ人達の声が俺にも届いてくる。


 必ず居るはずだ。集中だ…


 来た!


 タルバさん達の後ろをついてくる大人が二人。

 電磁気が教えてくる情報だと、形状からしてたぶん二人は男と女だ。

 二人とも小柄だが、一方は胸が一定リズムで大きく揺れている。


 道の左右に離れ離れになりタルバさん達と同様小走りでこちらへ来る。

 その二人はここから20mくらいの路上でほぼ同時に立ち止まる。

 立ち止まる前に男の方が手を横に出し女へ合図を送ったのを探知した。

 男の方がリーダーのようだ。


 タルバさん達が病院へ入ってくる音が聞こえる。

 病院の人が入口の方へ集まってくるのが探知でわかる。

 病室にいたベンさんも入口へ移動し始めた。


 20mくらい離れたところにいた女の方が歩いて引き返し始めた。


 俺は残った男の頭上に、急いで新たな雷雲を創り出す。

 探知範囲内ならどこにでも雷雲は浮かべられるようだ。


 もうすぐ歩き去る女の方が探知範囲から出そうになっている。


 探知範囲を延伸させるため、送電範囲を二人のいる方向へ絞りこむ。

 かなり漏電するが、探知範囲を限定したおかげで、歩き去る女の20mくらい先まで電磁気を送り込めた。


 その直後、パンッっと乾いた音が鳴った。


 わりと大きな音だったが、病院内でそれに気づいた様子はなさそうだ。

 

 小さな雷に打たれた男が倒れるのを探知した。

 俺は電磁気が教えてくれる最新の女の位置と道路情報を確認すると魔法を消し、女の後を追うため影から飛び出した。

 路上に出てすぐに体から煙を出している倒れた男がいた。

 少しだけこの男の生死が気になったが、それは生きててほしいとかの同情的なものではない。生きてた場合、この男を再び捕まえることができるかどうかを懸念しただけのこと。

 善人を食い扶持にして生きる悪党に同情する気は一切ない。

 この男を放置したまま走る速度を緩めることなく俺は女を追った。


 病院の待ち合わせ室の椅子に寄り添うように座っていた男女は、外の物音と発光に気づき発生源と思われる方向に視線を送った。

 そこに子供が走り去る姿を見た。

 男女は騒がしくなってきた集団の脇を抜け外に出ると子供を追いかけた。

 

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