第10話 狼煙
休憩なしで20分くらい組打ちすると、大抵ララの息が上がってしまう。
そのタイミングで本日の特訓終了を宣言する。
ララが仰向けになり息を整えている間、おれはカバンから本を取り出しお勉強。
この本はベンさんが教鞭をとる際に使っていたお古の教材を借りたものだ。
ベンさんから借りた教材は3科目。魔法と魔術と歴史だ。
この3教科の教科書を年代別に低学年側から順次お借りし読みまくっている。
今はまだ9歳児用の教材を読んでいるところだ。
語学や算学、理学も一通り見せてもらったが、おっさんの既往知識で十分間に合うものだった。
歴史教材によると、アルカナのあるこの国はブルート王国という今から1200年前に建国された国。
首都はブルートン。この国を統一した初代ブルートが作った都市ということで、ブルートの都市という意味のブルートンと名づけられた。
ブルートが建国される以前のこの世界は、今より遥かに多くの国々が割拠していた。アルカナもその国のひとつだったとのこと。
今から1320年前、魔族を自称する人族集団が突如現れ、その集団が急速に隣接国を支配し始めた。
その魔族の国の名はモンド。
モンドはもともと穏健な国だったが、ある人物が現れ、あれよあれよという間にモンド国はその人物に事実上乗っ取られ、著しい国民からの搾取と魔法技術の向上を成し遂げ、その勢力を急拡大させた。
人族に比し魔族を自称するモンド兵は、魔法を操ることに長け、戦争に次ぐ戦争を絶え間なく繰り広げ、支配した国を次々に隷属化し、そこから搾取した金で人や物を買い集め、わずか数年で巨大なモンド王国を築き上げた。
その版図はこの世界の概ね半分近くに及んだ。
モンド王国の力の前に屈し、もしくは進んで隷属化した国々の人々は、モンド人の略奪や横暴、冷酷無慈悲な為し様を目の当たりにし、屈服してしまった自分たちの誤りを嘆いた。そして多くの人々がモンド王国を脱しようと、周辺国へ安住の地を求め移住しはじめた王歴572年、今から1228年、初代ブルート王が誕生した。 ブルート王は農家出身だったが、なぜか驚異的な魔法使いだった。次第にブルートの周囲にブルートを担ぎあげる人々が集まり始め、モンド王国に奪われた土地を奪回しようとする勢力が急増していった。
モンド王国の残虐というべきな統治政策に嫌気を催していた隷属国は、その内部から密かにモンド王国へ反抗の狼煙を上げ始め、多くの戦争の末ついに王歴590年、モンド王国を滅ぼし、代わってブルート王国を建国した。
ブルート王国は初代ブルートの誓文に則り、地域地域に伝わる伝統や文化を尊重し、民のための民による国とすることを第一に掲げている。そして国の基盤として農業と魔法を重視し今日に至るも多くの国民に愛され続けているとのこと。
(モンド王国かぁ、この世界にも右往曲折いろいろあったんだな)
「シロー、お勉強って面白いの?」
ようやく呼吸を整えたララが上半身を起こし不思議そうな顔で聞いてくる。
「あー、面白いぞ。この本には俺の知らない知識が要領よくまとめられている。それを知ることで俺はもっとこの世界のことを理解できる。この世界への理解が深まれば深まるほど、俺はこの世界で役立つ男になれる気がするんだ」
「ふーん、シローの言ってることちんぷんかんぷんだよ…」
ララは呆れてしまったみたいだ。
だよな…、正直に答えた俺が悪い。6歳児に話す内容じゃなかったな。
そこへふいに、半鐘の音が鳴り響いてきた。
半鐘それは、いち早く人々に危険が迫っていることを伝えるために備えられた鐘だ。
あれだよあれ、江戸時代にカンカンやってた時代劇に出てくるやつ。
半鐘を叩くリズムで、危険の種類がわかるようになっているらしいが、初めて聞く俺にはその音がどんな危険を表しているのかわからない。
「火事だわ!」
ララがきょろきょろと周りを見渡しながら教えてくれた。
俺もすぐに煙の昇る場所を探す。
見つけた。
「ララ、あそこだ」
ここから東へ1km位離れた小高い木々の中から煙が立ち昇っている。
そこへ、「おーいシロー」
振り返るとタルバさんとプティさんがこちらへ小走りでやってくる。
「シロー、ジルの森で火事みたいだ。俺は水魔法持ちだから行かなきゃいけない。ここまで火がくることはないと思うけど、念のため注意しておいてくれ。プティの言うことを聞くようにね」
タルバさんがプティさんの指示に従い行動するよう伝えてきた。
「タルバさん、水魔法持ちは消火のためにあの火事現場へ向かうんだよね?」
「そうだ、水魔法持ちは火事の際に現場へ駆けつけ鎮火に努める決まりなんだ」
「それじゃあ俺も行く」
正式に水魔法持ちかどうかは不明だが俺は水魔法も使える。
俺が宣言すると、タルバさんは少し逡巡したのち了解してくれた。
心配そうなプティさんとララに軽く挨拶し、俺はタルバさんと並んでジルの森へ走り出した。
この時の判断を俺は後に悔やむことになる。
俺とタルバさんがジルの森へ駆け出した頃、アルカナの街中で二人の男が暢気そうに立ち話をしていた。
「そっちはどうだ」
ワルネルは着なれない現地住民の衣服に違和感を感じながら確認した。
顔は笑顔だ。
「お前さん耳は大丈夫か? もしかしてあの鐘が聞こえてないのか」
ワルネルと似た服を着た背の低い男が揶揄うように言う。
ワルネル同様笑顔だ。だが口角は上がっているが、よく見ると目は全く笑っていない。
ワルネルは心の中で舌打ちする。
(こいつとは何度か仕事してきたが、こいつの態度にいつまで耐えられるのか、その日はそう遠くないに違いない。さっさと指示しておさらばしちまおう)
「じゃ手筈通り、お前はニルダと合流しろ。俺はポイントT3で待機する」
「へいへい、ったくガキ1人に作戦も何もいらんだろうに…、あんたらのやること為すことまともじゃねぇよ、ったく」
ワルネルは男の発言を無視し、「さっさと行け」とだけ笑顔で告げる。
路上の片隅で会話を終えた二人の男は笑顔のまま別れの挨拶を交わした。
(奴の言いざまはムカつくが、まんざら言ってることもわからんではない。どのみち楽な仕事には違いない。とっとと終わらせ冷えたエールを浴びようじゃないか)
ワルネルは路上を照り返す暑気にうんざりしながらサマーハットを被り直し、去り行く男を見送ると、背を向け歩き始めた。
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