第8話 ララ
「シロー! お昼ご飯を食べよー!」
声をかけてくれたのはプティーさんじゃない。ララという女の子だ。
振り返るとララがお弁当を掲げながら俺を呼んでいる。
ここ最近毎日来てくれている。
なんと俺にも友達ができたんだ。
魔玉を壊してしまった翌日、タルバさんに俺はある老人のところへ連れていってもらった。
その老人は格闘技の先生で、少年時代のタルバさんの恩師だという。
タルバさんは俺が自立するため格闘術を学んでおいて損はないと考えてくれたらしい。俺もコシロー自身の安全のこともあり否はない。
親身になってくれるタルバさんには本当に頭が下がる。
タルバさんの恩師のお名前はカカ。地味な衣服に身を包んでいる。年齢は推定60才くらいだろうか。がっちりした体形をされている。立派な髭を生やし威厳がハンパない。
カカ先生はさっそく実力を試さんとばかりに、先生のお孫さんと組打ちをすることとなった。
そのお孫さんがいま畑の傍らでお弁当を掲げているララだった。
ララは6才だという。その背格好は俺と変わらない。
活発そうな黒髪青眼の女の子だった。
組打ちにあたって俺にニコリと笑いかけたララの顔は忘れられない。
羽がないだけで、俺にはその姿が天女に見えた。
こんな愛らしい笑顔のできるララはきっと道場の人気者だろう。
俺は剣道を少しかじったくらいで無手の格闘技経験はない。
ただこの道場に来てから何組かの組打ちを見させてもらってたが、なんの根拠もないんだけどなんとかなる気がする。
なのでララとの組打ちをすることになった時には、少し自分を試してみたい気分になっていた。
そういうわけでいきなりララと組打ちをすることになったが、結果秒で終わった。
組打ち開始の掛け声のあと、少しお互いに様子見をしていたが、突然ララが間合いに踏み込んできた。なぜか俺にはそれがあまりに不用意な動きにみえたのでララのフェイントを警戒しつつララの踏み込みに合わせ俺も大きく踏み込み、ララのパンチをダッキングで躱し体を入れ替えながら首に手刀を据えた。
……
審判をしてくれた人に視線を向けると、何も反応してないので、試合を続行しようとしたところに遅れて
「しょっ、勝負あり!」
審判の声が上がった。
俺はホッとし構えを解いた。
ララも遅れて構えを解き、同時に一礼。
顔を上げたララは、まるで亡霊でもをみているような顔で俺をみている。
いつまでも瞬きもせずララは俺を見ている。
意味も分からずちょっと困った俺は助けを求めてタルバさんに視線を向けるが、タルバさんもこれまた無反応で弱ってしまった。
その後カカさんの指示で幾人かの方々と模擬戦をすることになったが、その全てを汗をかくこともなくケガもなく俺の勝利で終えた。
何が悪かったのだろう。
俺のカカ先生への弟子入りはあっさりと断られてしまった。
せっかくの好意を無にしてしまい、タルバさんに申し訳ない気持ちだ。
道場からの帰り道、タルバさんにそのことを謝罪すると
「シローはスゴイね。うん、見誤ってた僕の方が悪かったよ」
と逆にタルバさんに誤られてしまった。
いや違う。
見誤っていたのは俺も同じだ。
どう考えてもさっきの俺は異常だった。
なぜやったこともない無手の組打ちで、格闘術の経験者達に完勝出来てしまったのか、その答えは一つしかない。
コシローだ。
コシローとして目覚めた初日からわかっていた。コシローの身体能力が驚異的なことを。
もともとコシローだけでなく、この世界の人々の身体能力がおしなべて高いんだろうと想像していた。けれども、さっきの組打ちでそれは否定された。
コシローの肉体と感性こそがずば抜けているんだ。
そしてコシローには、明らかに格闘術を習っていた形跡がある。
さきほどの組打ちでみせた動きは、見よう見まねでいきなりできる類のものじゃない。
コシローは幼いながらも相当に格闘術を学んでいたはずだ。
魔法力しかり格闘術しかり、この子の能力は一般という範疇を遥かに凌駕している。
そして俺は気づいてしまった。
俺にコシローの何かが繋がっている、いやもはや直結しているとしか思えない。俺にはコシローの動きたい動作が見えている。それに合わせて俺は動いているだけ。
このことが示すことは一つ。
そう、コシローは俺の中に間違いなくいるという事実。
これまでコシローの肉体に俺が乗り移り、俺がコシローの肉体管理をしていると単純に思っていたが、それは違った。
俺とコシローは意識内でも、もちろん声を出してでも交流できない。
だけどコシローは俺の無意識な部分でしっかりと交渉してきている。
俺がコシローの生い立ちに思いを巡らせていると、隣でタルバさんがぼそっと呟いた。
「シローはアルカナよりも大きな世界で生きていくべきなのかなぁ…」
聞かせるつもりで言った言葉ではなかったのかもしれないけど、耳の良いコシローの聴覚はそれをはっきりと捉えてしまっていた。
タルバさんだけじゃない。俺もコシローの親代わり。コシローの才能に驚嘆している。この世界で才能あふれるコシローどう育てて行くべきなのか、タルバさんの呟きを聞かなかったことにし、俺は俺でもう一度コシローの将来について思案してみることにした。
そしてその翌日からだ。
ララがお弁当を持って俺を訪ねてくるようになったのは。
「シロー、ララちゃんとお昼を食べておいで」
プティさんの気づかいに甘え、今日も一足先にお昼休憩に入らせていただく。
ララのお弁当。
そこには、ララの頑張りがぎゅっと詰まっている。
今日のお弁当の主食は冷たいソマだ。
その上に岩塩で味付けされたとろろが載っている。
副菜に炭で焼かれた肉とネギのような香菜。
6才でこれだけの料理ができるララを尊敬する。
ソマと山芋を混ぜ合わせ一口頬張る。
ちなみにアルカナの食器は、基本箸だ。
箸文化で生きてきた俺にはありがたい。
ひと汗かいた俺にはとろろの塩加減がちょうどいい。
思わず頬が緩む。
「シロー美味しい?」
ララが不安そうな顔をしている。
「ララ、もちろん美味しいぞ。ララは料理の天才だな」
素直な感想をララに伝えると、ララに天女の笑顔が顕現する。
この素敵な笑顔がこれまた最高のスパイスとなり、益々食事が美味しくなる。
「ララ、今日もありがとう。ララの手料理が食べられて、俺はこの上なく幸せだ」
地球では決して口にしなかった歯の浮くようなセリフが、最近なぜかなんの照れもなくツラツラと出てくる。
そんな自分に時々戸惑う。
しかしまぁ、ララは6才だし、こんな幼い子を口説くつもりも全くないので、正直な感想を言葉にしているだけなんだがな。
ところでララがどうしてお弁当を作ってきてくれるのかを俺は知らない。
初めてララがお弁当を持ってきてくれたときに一応聞いてみたのだが、要領を得ないシドロモドロの返答だったので、それ以来聞いてない。
いろいろあるんだろう。子供のすることに大人の余計な詮索は不要だ。
ただ精神年齢おっさんの俺には、ララと過ごす時間が増えるにつれ、ララがまるで自分の娘のように思えてきてしまっている。娘がお父さんのために頑張って作って届けてくれたお弁当のありがたさと感動が日々増幅されていっている。娘と一緒に食べる娘の作ってくれたお弁当…。
…至福過ぎる。
食べてる合間に、ご両親のことや道場のこと、友達のことや勉強のことなんかを6歳児なりの工夫した話術でおしゃべりするのも、この世界に通じていない俺とってはとても貴重な生情報だ。
「ごちそうさま。今日もありがとう、ララ」
「お腹いっぱいになった? 私のを食べてもいいよ」
ララのありがたい申し出に肉を一個だけいただく。
「ララは学校に行ってないのか?」
「学校は7才からだよ。私まだ6才だから来年からだよ」
(7才からか、日本の小学校と1年遅れってことか)
「じゃあ来年が楽しみだな」
「…そんなに楽しみでもないよ」
少し沈んだ声でララが言う。
「どうした? 学校って楽しくない所なのか?」
「ううん、そうじゃなくて…、なんとなく」
(なんとなくかぁ、もしかしてララは可愛いからララのことを好きなくせに、ちょっかい出すことでしか好意表現できない虐めっ子とかでもいるのかなぁ}
「よーしララ、そんじゃあそろそろ始めっかー」
「うん、やろう!今日こそ一本くらい入れてみせるからね!!」
楽しいことを発見した子供のように、ララが急に気合を入れた。
ララは子供だから、楽しいことを発見したのは事実なんだろうけど。
そう、お昼にララがここに来るようになってから、食後はいつもララと格闘術の組打ちをしている。
初心者の俺に負けたのが相当悔しかったのだろう。はじめて弁当持参で組打ちをしにきたときは面食らったが、今では俺も結構楽しんでいる。
ララの格闘術は、まずその姿が美しい。一言でいうと、型が洗練されている。
カカ先生に相当鍛えられたに違いない。
身体能力自体は子供のそれだが、相手への観察力が優れているんだろう、相手の動きを予測する速度と正確性にキラリと光るものがある。
ただコシローの身体能力をもつ俺からは、残念ながらまだ一度も一本とれずにいる。
それでもララはいつも果敢に挑んでくる。
おっさんの俺には、その姿が健気で可愛い。
だが俺もララを愛でるばかりではない。ララの格闘術強化を俺なりに考え対応しているつもりだ。
俺がララに目下求めているのは、ララの持つその予測反応を生かした防御とカウンター攻撃を生かした戦術だ。
攻撃は最大の防御ともなりうるが、どんな達人でも攻撃した瞬間は隙ができる。その隙にカウンター攻撃をしかけることで相手にダメージを与えることもできるし、相手からの攻撃を出しにくくさせることもできる。相手の攻撃はピンチでありチャンスでもあるんだ。
そこでララとの組打ちでは、まずあえてわかりやすい攻撃を俺から仕掛ける。それにカウンターを合わせるタイミングをララに掴ませることを念頭にし、組打ちの最中に同様の攻撃を頻繁に繰り出している。それに合わせたララのカウンターがタイミングよく俺に届きそうなときは、組打ち中でもララを即座に褒めることにしている。勘の良いララは、すぐにカウンターのタイミングを掴んでしまうだろう。
ララが小学校に入るまでに、もしもララを虐めている奴がいるのなら、なんとかそいつにカウンターを決められるところまで鍛えてやりたい。それでもララが負けるようなら、その次は俺が出張るつもりだ。
もともと俺は好戦的な性格じゃないし、暴力を奮うのも受けるのも極力さけたいおっさんだった。
だけどこんな可愛いララに悪さする奴をお父さんは、いや俺は許せない。
組打ち中にララに内緒で勝手に興奮してたりもする俺。
こんな俺はきっとダメ親父なんだろうな。
こちらにきて感情の起伏が穏やかになっていたはずなのに、たまに昂ってしまうのは、おっさんとして恥ずべき事なんだろうな…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます