第7話 コシロー


 前略、

 あれから10日が過ぎた。


 タルバ家の方々はじめ、ご近所の方々とも随分と顔見知りになった。

 俺が早くアルカナに馴染めるようタルバさんが俺を連れ近隣へのあいさつ回りをしてくれたからだ。


 知り合ったアルカナの人は皆良い人ばかりだ。

 彼らの親切心に触れていると、俺も恩返しという訳ではないがアルカナのために何かできないかって気持ちになる。

 幼児にできることは少ないけど、それでも気がついたことは率先するよう心がけている。

 ここの生活スタイルが地球と大きく変わらないこともあって、タルバ家での生活にも急速に慣れつつある

 

 そして今はタルバさんの畑で朝の水やりをしている。

 もちろん水魔法で。

 魔法はタルバさんの祖父のベンさんに習っている。

 ベンさんは魔法学校の臨時教師をした経験があり、今も要請があれば教鞭をとることもあるという。

 日本ならすでに定年を迎えて隠居生活をしてるようなお歳だと思うけど、アルカナには定年といった慣習はないそうだ。

 死ぬまで現役ってことだろうが、さすがにベンさんは第一線を退いているようだ。

 

 そのベンさんにタルバ家で最初に迎えた朝から魔法を手取り足取り習っている。

 ベンさん曰く、どうやら俺には才能があるそうだ。

 ちなみに水魔法はその日のうちに使えるようになった。


 気になる俺のステータスはいまもまだ確認できていない。

 ベンさんと一緒に魔玉で調べようとしたのだが、魔玉に触れるや否や、魔玉が粉砕した。

 なぜ魔玉が粉々になってしまったのかは不明だ。

 あの時のベンさんの悲痛な顔が忘れられない。

 弁償しようと思うも、魔玉はかなり高額な代物のようなで、今の俺にはどうしようもない。だが随分先になっても必ず弁償するつもりだ。

 それまでタルバ家に不便かけてしまうことになる。

 そのことを思うと気落ちする。


 覚醒。

 そんな言葉が今の俺を表す適切な表現なんだろう。

 魔法に関してだけなんだけど、ベンさん曰く俺が覚醒したとしか思えない速度で上達しているそうだ。

 

 それに俺の魔力量は普通の人に比べ桁違いに多いらしい。

 1日中魔法を使っても魔力の枯渇が生じないのは異常らしい。通常1時間も使えば魔力が使えなくなる魔力限界になるらしい。

 

 憧れの魔法を使えるようになった俺は、魔力限界を一切気にすることなく四六時中魔法で使いまくっている。いまの俺にとって、魔法の素になる魔素は空気や水、食料と変わらない。それがないと生きていけない物質と同じくらい大切なものと感じだしている。

 

 日々魔法にのめり込んでゆく自分を抑えることができない。


 日中は畑仕事を手伝いながら、ひたすら魔法を活用しようと試みている。


 一昨日は土魔法で広大な畑を1人で耕してみた。

 風魔法で集めた落ち葉や草を畑一面に厚くばら撒き、土魔法で畑一面の深さ1mほどの土を3m持ち上げ、そこから一気に魔力を切って土を落下させる。

 ドドーン、大きな地響きと土煙。

 その落下作業を3度繰り返し落ち葉や草と土をよく混ぜる。それから再び土魔法で土の表面を平らに均す。

 これで種まき前の作業は終了だ。

 タルバさんからこの土と落ち葉と草を混ぜる夏場の作業が大変で、例年30日くらいかかると聞いたことがきっかけ。

 この作業にかかった時間はなんと2時間ほどだ。大成功といっていいだろう。

 タルバさんとプティさんは、当初作業する俺を不安そうに見守っていたが、途中からご近所さんも集まってきたらしく、作業を終え気づくと大勢が一様に呆然としていて驚いた。

 持ち上げた土を落とした際に大きな音と振動を出してしまったので、どうやらそれで皆を驚かせてしまったらしい。

 次からは騒音・振動を出さないように魔法を工夫しなくては。

 

 昨日は早朝から半日かけて、空気中の二酸化炭素濃度を高めた風を野菜に吹きかけ続けた。

 日本の記憶で、イチゴ農家がイチゴの発育促進に濃くした二酸化炭素を使用するという栽培技術を知っていた。この光合成を活発化させる技術をこっちでも利用できるんじゃないかと試してみた。

 まず草原地帯に地上20m位の高さに火魔法で火を灯す。そしてその火を中心にした円球内の大気の流動を風魔法で止める。その状態をしばらく維持し、灯が消えた所で地表付近の大気を風魔法で送流してやる。二酸化炭素の比重を利用したアイデアだ。

 濃い二酸化炭素を栽培に利用するアイデア自体は、地球で実証されているものだし悪くないと考えたわけだが。

 結果この技術はしばらく封印することにした。

 その理由は幾つかあるが、決定的なのは2つだ。

 まず一見単純そうな作業なんだが、これに使う魔力も神経も驚くほど疲弊した。

 莫大な体積の大気の流動を抑えるのがこんなに大変なことだなんて、やってみて初めてわかった。

 フリーにしている周辺の千変万化する大気圧を鋭敏に感知し、即座に同じ圧で押し返すことで円球内の大気流動を止めてみたが、これが予想以上に大変だった。

 そしてもう一つは、送流した二酸化炭素濃度がわからないため、野菜にとってそれが薬ではなく毒になっていた可能性も否定できない。その検証も今の魔法技術ではできない。

 風魔法の練習としては面白いが、それは本来の趣旨ではない。

 再現性のない実験は実験とはいえない。

 よってお蔵入り。


 こういった作業は、もちろん勝手にやっているわけじゃない。

 タルバさん達に予め説明し了解を得てやっている。

 この世界のことをまだよくわかってない魔法を使えたばかりの俺では、何かやらかしてしまう危険性大だってことをよくわかっているつもり。


 だけどこういった地球での知識を利用した魔法で、タルバさん達の役に立てていることが嬉しくて堪らないんだ。

 地球での知識や経験を持つ俺でないとできないことだし。

 俺を救ってくれたかけがえのない人々を俺の魔法で笑顔させることができて心から嬉しい。

 人の役に立つことで俺がこのアルカナで生きる意味を実感させてもらえてることがありがたい。

 こうやって俺が頑張っていれば、この子もここで安全に暮らしていけるはず。


 ちなみに最近この幼児体の子に名前を付けた。

 コシロー、子供のシローだからコシロー。

 何おひねりもないが俺にだけわかれば良い名前だからこれでいい。


 (ほかの名前が良かった? でもシロコよりいいだろ。これで勘弁してくれコシロー)


 コシローが少しでも幸せに成長できるよう、俺ことシローはこれからも頑張るのだ。


 幼いコシローと俺が抱える大きな課題は3つ。

 1つはコシローの身の安全を確保すること。

 良心的なアルカナでこのまま生活できるなら、コシローの身の安全面に問題はないだろう。

 次にはコシローを家族のもとに帰してやること。

 コシローがこの辺りの子供なら、すぐにでも誰かがコシローの消息を訪ねてくるだろうと予想してたんだけどなしの礫、どこからも何もない。きっとコシローはアルカナから遠く離れた場所からやってきたのだろう。もしかすると俺と同様、違う惑星からかもしれない。そうするとこの世界に俺たちの家族は存在しない。そうなる。そういう可能性だってある。


 どちらにしろそのうちこっちから手掛かりを探しにいってみよう。手掛かりっていっても、あの眠りから覚めた丘の上とその時着てた服くらいしかないんだけど。あの時着てた服はプティーさんが洗濯してくれて俺が持っているけどが、背中が破れてたのでタンスの肥しになっている。今はタルバさんが子供のころ着てたお古をありがたく着させてもらっている。

 もう一つは俺自身の事。地球で生きてたはずの俺がなぜこの世界にいるのかってこと。この理由を知りたい。けどこれは俺の個人的な課題。緊急性も優先度も低い。なので当面放っておく。


 水魔法で一通り畑に水をやった。

 生き生きと育ってくれている野菜たちを見まわし安堵する。

 こうやって育った野菜たちがアルカナの人々に食され、アルカナの人達に感謝され、アルカナの人たちを元気にする。


 その一役を担えている自分がちょっとだけ誇らしい。

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