第5話 魔法のある世界

 昨日の目覚めからここまでの出来事を、できるだけ記憶が新鮮なうちに細かく回想しながら、時折俺に手を振るタルバさんとプティさんに手を振り返しつつ、ソマ畑の景色を眺めていたつもりだったのだが…、


 「シロー、起きてシロー。そろそろ家の帰るよ」


 気がつくと目の前に笑顔のプティさんがいた。

 周りをみるとタルバさんも荷物をまとめているところだった。


 辺りには陽がもう落ちかけている。


 いつの間にか寝てしまっていた。

 俺は気づけなかったけど、この身体は疲れてたんだなきっと、ごめんな無理させちゃって。

 俺に疲れを悟らせないようにしてたのかお前。そこにいるのかお前…。

 って訴えかけてもなしの礫。



 「さぁ、お待たせ。いこうか、シロー」


 「はいっ」


 って、ん…、さっきプティーさんもたしかシローって言ってたな、思わず返事しちゃったけど、シローって俺のこと? 

 俺の?マークが見えたのかタルバさんが突然笑い始めた。


 「ふははは…、笑ってごめんね…。これからさ、僕たちは一緒に生活するんだからね。そうでしょ? だったら名前は必要だろ。だからさっきプティと相談して、君の名前をシローってしたんだけど、どうだい、気に入ってもらえたかな?」


 シロー、シロー、俺はシローかぁ。いいじゃないかシローって。

 俺の地球での名前は天宮 光士郎だった。こうしろう、友達からは「こうちん」って呼ばれてたが、家族からは「しろう」って呼ばれてた。

 そしてお二人が俺につけてくれた名前は「シロー」。

 地球の家族が俺を呼んでたのと同じ発音で呼ばれるなんて、嬉しくないはずがない!

 

「いい名前をつけてくれて、ありがとうございます。それじゃ今日から俺はシローでお願いします」


 馴染みのある名前をつけてもらったお礼をお二人に伝えると、タルバさんから


 「それとこれからは、その敬語もなしね。僕らが普段使ってない言葉だから、敬語を聞くと、なんていうか距離感って言うのか壁って言うのか、とにかく敬語をシローが使うと、なんだかお偉い貴族様か誰かと話してるような気になってしまって落ち着かないからさ」


 「…はぁ、わかりました、じゃなくて、うん、わかったよ。敬語の方が話しやすいんだけど改めるよ。、それと…、なにぶんいろいろとよくわからない問題を抱えた子供だから、いっぱい迷惑をかけちゃうかもしれないかもだけど。でも1日でも早く自立するよう頑張るんで、なにとぞ温かい目で見守ってもらえるとありがたい…」


 敬語の方がしゃべりやすいって人生って、30年とはいえ地球での俺ってどうなの?

 一体どんなだったんだよ、俺の30年…。いや止めよ…。…思い出すのは止めよ。きっと、いや確実に悲しくなるに決まってる…。


 「あー、こちらこそよろしく」


 「よろしくね、シロー」


 タルバ夫妻の温かい気づかいに感謝しながら、タルバ家へと3人並んで歩いていく。

 こんなゆったり歩くのも記憶にないぐらい久しぶりだ。

 地球ではなぜかいつも急いで歩いてた。


 夕暮れのあぜ道をほのぼのしたどこか懐かしさのようなものを感じながら、しばらく歩いていると平屋の家屋が見えてきた。山の麓にあるその家屋がタルバ夫妻の暮らす家だそうだ。


 タルバさんは裕福じゃいないと言っていたが、家に近づくにつれ、その大きさが俺を驚かせた。

 たぶん坪数で300坪以上はある敷地。垣根があり小さな門まである。庭には剪定された花木がたくさん植わっており、3坪くらいの浅い池まである。池を覗くとフナの様な黒っぽい魚がたくさん泳いでいる。観賞用か食用かどちらなんだろうか。


 「おーい、シロー」


 池の魚を見ているとタルバさんに呼ばれた。

 タルバさんのもとへ行くと、そこには中年の男女と老年の男女がいた。

 中年の男女はタルバさんのご両親、老年の男女はタルバさんの祖父母と紹介される。

 

 「初めまして、シローと言います。タルバさんのご厚意に甘えしばらくの間お世話になります。どうぞよろしくお願いします」


 あらかた事情をタルバさんに聞いたのだろう。俺が挨拶をするとタルバさんのおばあさんが、


 「何やら大変でしたね。何もないところですけど、気兼ねなく過ごして下さいね」


 と優しく迎え入れてくれた。


 タルバ家は3世代同居家族で、まるで昔の日本のようだった。


 その後タルバさんと風呂に入り、久しぶりの食事をありがたくいただく。

 食事はもちろんソマ。

 日本で食べてた温かい蕎麦と似ていた。ただ出汁が魚ではなく野菜と肉からとられているのか、出汁に脂がのってまろやかに仕上がってた。

 これはこれでとても美味しかった。


 食後のお茶を飲みながら雑談をしていると、タルバさんが水晶のような直径15センチくらいの玉をどこからか持ってきた。


 「役に立つかどうかわからないけど、この魔玉でシローのことを調べてみようと思うんだけどどうだろうか?」


 とタルバさんが言いながらテーブルの上に魔玉を置いた。


 厚手の絹のような生地の上に鎮座するマタマ?


 「タルバさん、これは何?」


 「シローは魔玉を知らないのかぁ。この玉に手を触れ魔力を流すんだ。すると魔力を流した本人の現在ステータスを表示してくれるんだよ。よしっ試しに僕が先にやってみるから見てて」


 魔力?

 ステータス?


 知ってるけど理解できないワードが出てきた。


 タルバさんは魔玉なるものに手を添えた。


 すると魔玉の中心が白く光り、やがてほんのりと魔玉全体が薄く白に染まった。

 

 「ほらね、こうすると僕のステータスが魔玉に表示されてるでしょ」


 といって魔玉の向きを変え、魔玉に表示されたタルバさんのステータスを俺に見せてくれた。

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名前: タルバ

種族: 人

年齢: 23

性別: 男


体力: 25

知力: 23

魔力: 26


魔法: 水魔法


 一体何が始まったのかついていけなかったが、魔玉に表示されたタルバさんのステータスを見て腑に落ちた。


 ここは正真正銘のファンタジー世界だったんだ。


 控えめにいって、テンション爆上げした俺は聞かずにいられない。


 「た、タルバさん、魔法って何ですか?」


 いつの間にか敬語に逆戻りしていることにも気づかず、タルバさんに慌てて問いかける。

 ステータス表示の「魔法: 水魔法」という記載から目を離せない。水魔法って、あのアニメとかで手から水を出すやつだよな。ウオーターボールとか言って…。


 「そっか、シローは魔法を知らないんだね。うーんどこから説明すればいいんのかなぁ?」


 魔法についてタルバさんが俺への説明内容を悩み始めたとき、テーブルの向かい側に座っていたタルバさんのおじいさんのベンさんがタルバさんの代わりに説明してくれた。

 ベンさんの説明内容を要約すると、

 魔法は魔素という粒子を体内に取り込むことで魔力に変換し体外に魔法として放出する技術だという。

 例えば作物という食材を体内に食すことでそれを取り込みエネルギーに変換し筋力を用いた力として放出するのと似ているという。


 幼い子向けには難しい説明だったが、俺は30才のおっさんだから理解できる。


 「ということは、この世界には目には見えない魔素という物質があるってことですか?」


 「あーそうじゃ、魔素があるからわしらは魔法を使えるんじゃよ。ほら例えば、こう…」


 そういっておじいさんは掌の上に水の玉を浮かべて見せてくれた。


 初めて魔法を見た。


 俺が呆気にとられてると、タルバさんもおじいさんと同じように掌の上に水を浮かべて見せてくれる。

 

 「た、タルバさん、その水に触ってもいいですか?」


 タルバさんの了承を得てタルバさんの掌の上に浮かぶ水に人差し指をゆっくり近づけ触れてみる。

 生温いけどたしかに水ようだ。

 指を液体から抜くと、人差し指は濡れていた。

 匂いを嗅ぐと無臭だった。嗅覚を意識して嗅いでも無臭だった。


 俺の仕草がおかしかったようで、気づくと俺以外の全員が笑っていた。


 普段なら照れるところだが、今はまったくそんなことどうでもいい。一体この水がどう原理で作られているのかという謎で頭がいっぱいだ。


 「タルバさん、この水は温度も変えられるのですか?」


 「あー、もちろん変えられるよ。でもそれは魔法ではなく正確には魔術という魔法の応用技術になるんだけどね」


 タルバさんはそういって浮かべている水に集中しはじめた。そして水の温度を変えたのでもう一度触ってごらんと俺を導いてくれる。


 もう一度人差し指で触れると、たしかにさっきより冷たくなっている。


 全く謎だ。一瞬で熱伝導率の低い水の温度を魔術で奪い去っている。


 「ね、冷たくなってるでしょ。これは魔法のうち水魔法と呼ばれているものなんだ。我が家は農家だから、水魔法があれば畑の散水に使えるし、生活するうえでもとても重宝しているんだよ」


 とタルバさんは言いながら掌の上の水をコップの中へ移した。


 もしかすると水を消すことはできないのかな?

 不思議とできそうな気がしないでもない。


 それにしても、たしかにお風呂や台所仕事や洗濯などで水魔法があれば非常に便利だろう。

 これが地球だったら、水不足や水環境問題の多くを解決してしまうじゃないだろうか

 だけどたぶん地球には魔素が無いのか、魔素が在っても地球人ではそれを認識できないかそれを取り込めないんだろう。

 こんなに革新的な力なのに、とても残念なことだ。


 「シローに魔玉はまだ早かったね。魔力を放出できないと魔玉は使えないからね。まずは魔力を放出するところから初めてみようか。魔力を放出できないと魔玉は反応してくれないからね」


 タルバさんが放心状態の俺の目の前から魔玉を片付けようと手を伸ばす。


 たしかに俺は魔素も知らなかったし、魔力も知らなかった。ましてや魔法なんてミラクルパワーが存在するなんて異世界小説でしか知らなかった。

 タルバさんが片付けようと抱えた魔玉を見てると、大好きなおもちゃを取り上げられた子供のような悲しい気持ちになってしまった。


 そんな残念な気持ちで目の前から去ってゆく魔玉を眺めてたら、魔玉の表示数字が変化していることに気づく。


 あれっ、たしかさっき水魔法を放出する前のタルバさんのステータスは、魔力が26だったはず。でもいま表示されている魔力は24になっている。魔力が2ほど減っている。

 これはどういうことだ。タルバさんが水を出すのに魔力を1つ、水の温度を変化させるのにもう1つ魔力を消費したせいなんだろうか?


 わからないことは聞くに限る。

 なんせ今の俺は、記憶を無くした幼児なんだから。


 「タルバさん、魔玉に表示されているタルバさんの魔力が先ほどと変わっているのはどうしてですか?」


 さっそく聞いてみた。


 タルバさんの回答は、俺の予想通りだった。

 そしてそれを聞いて新たな疑問が生じたのでついでに聞いてみる。


 「魔力は魔力を使用した回数で減るんですね。ところで水を多く出すとか長い時間水を放出するとかでも魔力は減るんですか?」


 「もちろん減るよ。例えばさっき一緒に入ったお風呂くらいの容量の水を放出すると、僕の場合魔力を4ほど消費するよ」

 

 なるほど。さっき入ったお風呂は、大体日本では言っていたお風呂の倍くらいの大きさだった。そうすると400リットルくらいで魔力を4消費するってことか。魔力を1つ消費して100リットル。わかりやすくていいな、ってタルバさん、僕の場合ってどういうこと?


 「タルバさんの場合ってことは、おじいさんの場合やプティさんの場合だとタルバさんと同じ容量の水を放出しても魔力の消費量が違うってこと?」


 「そういうことだよ。僕は水魔法を得意としているから魔力の消費量が少ない方なんだ。水魔法が得意でない人の場合は、これも個人差があるんだけど、より多くの魔力を消費するんだよ」


 矢継ぎ早の俺の質問にも嬉しそうにタルバさんは応えてくれる。

 ほんと良い人だ。

 

 で、さっそく魔法の練習に取り組みたい意欲を抑えられない俺は、魔力の放出方法をタルバさんに聞いてみた。

 すると、へその下辺りに取り込んだ魔力が集まっているそうだ。そこに意識を集中するとぽかぽかと温かい何かを感じるそうだ。

 その何かが魔力。

 まずはその何かを認識すること、そして次にその何かを温かいまま掌に移動させること、それができないと魔力を放出できないそうだ。


 「ありがとうございます。それでは魔力を認識することから初めてみます。ところで明日は何時に起きればいいですか」


 とタルバさんにお礼を伝え明日の予定を確認する。興奮の冷め止まぬ俺は、用意してもらった寝室で魔法というミラクルパワーの認識に取りかかりたい。


 「明日は雨が降るみたいだから、農機具のメンテナンスをするつもりなんだ。だから起きるのはゆっくりでいいよ。夜更かししても大丈夫だからねっ」


 タルバさんはお見通しだ。俺がこれからミラクルパワーの練習を行うのを。


 俺は皆に改めて感謝の意を伝え、おやすみの挨拶をし寝室へ移動した。


 魔法の魅力にとりつかれてしまった俺は、どうしようもなく浮かれてくる気持ちを抑えることができなかった。


 俺にも魔法が使えるんだろうか。

 魔法が使えたら何をしようか。

 妄想が止まらない。


 この世界の魅力に惚れこんでいく。

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