第3話 不穏な会話
ジム・ノーマンが禁煙を解除したのは2日前だった。
時刻は朝の7時半。
早朝にも関わらずスーツに身を包んだ男女が両袖机を挟んで座っている。
16階にある10畳ほどの彼のオフィスでは、窓のシャッターは下ろされ間接照明とパソコンの明りだけがつき続けている。
本来喫煙が許されていない室内。
そこへ紫煙を吐き出すことで、自分が囚われている世界にささやかな抵抗を試みてみるが、その努力は報われた試しがない。
「それで結果は?」
最低限の語数でジムが秘書官へ問いかける。
「はい、タミル共和国の仕事は一部問題を生じましたが、昨日大事なく終える運びとなりました。あとは些細な情報操作をしばらく繰り返すだけで沈静化するものと思われます」
秘書官のナンシー・バックラーがジムの質問に静かに答える。ナンシーの目線は、先ほどから机に落ちる寸前のような危うい状態のタバコの灰に固定されている。ジムに灰のことを注意したいが、灰が机に落ちようと自分が注意しようとどちらにしろジムが苛立ちを覚えることに変わりないのは明らかなので、わざわざ自分が進んで失点する必要はないと無言で視線を書類へ落とす。
「クインタバルの方は?」
「はい、計画取り、順調に運んでいます。現地時間の明日夜に部隊が対象施設へ潜入。その後速やかに対象を制圧し陽が昇る前には各自計画通りの脱出ルートで出国する段取りが整っています」
「クインタバルの協力者は始末するんだな?」
「はい、一部を除いて」
「一部とは?」
「今後も利用可能なものは、今回の対象から除いてます」
「利用するのはいいが、監視だけは続けるように」
「承知しました」
ついに限界をむかえた灰が机にポソッと落ちたが、ジムの視線はパソコン画面に釘付けでそれに気づけていないようだ。
もしかすると小綺麗なこの部屋に灰をばら撒くことでいくばくかの愉悦を感じているのかもしれない。
「で、アルブランの方はまだか?」
「はい、総勢30名の捜査員が虱潰しに調べてますが、あれから進展はございません」
「…、捜査員を倍にしろ。そして捜査範囲をイクートの森まで広げるんだ」
「はっ、それではタミル共和国から帰還した捜査員の大半をアルブランへ充当します」
「よし、どんな些細な情報でもいい。本件に関しては随時もれなく報告してくれ。お偉方からのプレッシャーがきつくてかなわん」
長めの溜息をつきジムはパソコンから顔を上げる。ギュッと目を瞑り目元を揉みながら報告を終えたナンシーが席を立つのをタバコフィルターを挟んだままの手を振り促す。
ナンシーはもう1週間は帰宅していないよれよれのスーツを着たこの上司を一瞥すると部屋を出た。
ジムはナンシーの気配が無くなると、そのまま背もたれに身体をあずけ、1週間前から彼を悩ませ続けている問題の成り行きに心を漂わせた。
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