第53話 別れ

 翌日の朝早く、瑞俊さんが村に向かったと聞いて、私は明々や恵順を説得し、すぐに後を追いかけた。荷馬車に乗せてもらって屋敷に辿り着いた時、禁山に通じる橋の前に、馬車が止まっているのを見て私は駆け出す。

 

「恩玲さんっ!」

 よろめきそうになりながら呼ぶと、馬車に乗りかけていた恩玲さんが振り返る。  

 馬車の周りには兵士がいて、駆け寄ろうとする私の前に立ち塞がった。

「恩玲さん!!」

 私は兵士を押しのけながら、もう一度彼の名前を呼ぶ。

 恩玲さんは「やめろ!」と兵士に強い口調で命じると、そばにやってきた。

 私の腕をつかんでいた兵士がその手を引いて後ろに下がる。

 

 私は息を吐き出して、彼を見る。

 言わなければいけないことがあるのに、こうして向き合うと言葉が出てこない。

「ご…………ごめんなさい…………ごめんなさい!」

 涙が込み上げてきて、私は両手で顔をおおいながら謝ることしかできなかった。


 困った顔になって、恩玲さんが私の髪に手を伸ばしてくる。

 優しく触れる感触に、胸が詰まって、余計に涙があふれてきた。

 

「……ありがとう」

 そんな言葉に、私は濡れた顔をゆっくりと上げた。見つめる恩玲さんの瞳は、いつものように優しくて穏やかだった。恩玲さんはその視線を少し下げると、唇を開く。

「さようなら……元気で、梨花さん」

 私の髪から手を離すと、彼は寂しそうに微笑んでいた。


「嫌よ……さようならなんて……もう会えないなんて嫌……お願い……また、会えると言って……!」

 私はしゃくり上げるように泣きながら、必死に言葉を伝える。

 目を伏せた恩玲さんは、背を向けて馬車に乗り込んでしまう。


「恩玲さん!!」

 私が前に出ようとすると、兵士に止められてしまった。

「必ず、会いに行くから……忘れないから……私は……ずっとずっと……あなたが!!」

 最後まで伝えられないうちに、馬車は走り出す。

「……待って……待ってよ……行かないで!!」

 スカートをつかんで掛け出した私は、途中で躓いてその場に膝をつく。

  

「お嬢様!」

「姉さん!」

 明々と、恵順が私に駆け寄ってくる。

 私は遠ざかる馬車を見送りながら、その場で泣き崩れていた。


 

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