第52話 目を覚ますと

 目を覚ました私は、「あ、あれ、ここ、どこ!?」と困惑して見慣れない部屋を見回す。立派な天蓋のついた寝台に、私は寝間着姿で横になっていた。足がズキッとして、布団をはぐってみる。足首に包帯が巻かれていた。

「そうだ……家……燃えたんだ……」

 私は火事のことを思い出し、現実に引っ張り戻された。

「じゃあ、ここどこ!? 明々は!? 小芳は!? お爺ちゃんや、恵順は~~~っ!?」

 頭を抱えて一人、騒いでいると、「ようやくお目覚めみたいだね」と声がした。部屋に入ってきたのは瑞俊さんだ。


「どうして、あなたが……!? まさか、ここ……あなたのお屋敷!?」

 調度品も立派だし、豪華な部屋だ。

「宿屋の一番上等な部屋だ。君の家族も宿にいる。全員無事だから、安心したまえ。君以外は……足を火傷しているのだから、しばらくは安静が必要だよ」

 瑞俊さんはそう言うと、寝床に腰をかける。その手が私の髪をサラッと撫でた。私は思わずその手を避けて、警戒するように隅に逃げる。

「ちょっと、気安く触らないでちょうだい!」

 私に触っていいのは、恩玲さんだけなんだからね! 


「そうだ、恩玲さん……っ!」

 気を失う直前、私は恩玲さんに抱き起こされていたような気がする。

 でも、そんなわけないか――。

 だって、恩玲さんは山から出られないんだから。屋敷に、それも火の燃え広がっているところに、助けにやってきてくれるはずなんてない。

「きっと、夢でも見たんだわ……」

 どうせ死ぬなら、恩玲さんの腕の中で死にたい――なんて、ぼんやり考えていたから。私は頬杖をついて、ため息を吐く。


「君を助け出したのは、この私なんだ」

「えっ……そうなの!?」

 私は驚いて、和やかに笑っている瑞俊さんの顔を見た。

 それじゃあ、瑞俊さんは私の命の恩人ってことに――。

「と、言いたいところだけど……残念ながら、私が駆けつけた時には、もう火が回っていてね。さすがに飛び込む度胸もなかったんだ」

 もっともらしい嘘をつかないでもらいたいものだわ!

 私は呆れてから、「それじゃあ……私は、誰に助けられたの?」と首を捻った。あのまま倒れていたら、本当に生きてはいなかっただろう。


「……恩玲だよ」

 その言葉に、私は言葉を失う。

「君を助けるため、迷わず飛び込んだようだ……本当に、何を考えているのか」

 瑞俊さんは視線を下げ、ため息を吐いていた。冗談を言っているような表情ではなかった。

「でも……恩玲さんはあの山から出られないんじゃ……」

「ああ……そうだ。禁山を出ることは、彼は許されていない」

「待って、じゃあ……恩玲さんは!? まさか、何か……お咎めを受けるの!?」

 私は青ざめて尋ねる。まさか、私を助けたせいで、死刑――になんてならないわよね?

 瑞俊さんは無言のまま、深刻そうな表情で私を見ている。

「嘘……でしょ……だって、彼は何も悪くはないのよ? 私を助けようとして……」

「それでも、犯してはいけない過ちを犯したんだ……」

 私は不安で震えそうになり、自分の襟をつかむ。


「恩玲さんは……どうなるの?」

「都に連れ戻されることになるだろうね……」

「その後は……?」

 私はそれを、聞くのが怖かった。けれど、確かめないわけにもいかない。

「それは……君の知るところではないよ」

 瑞俊さんが静かに告げる。私は思わず瑞俊さんの袖をつかんでいた。

「嫌よ……それなら、私も一緒に連れて行って。私のせいだもの。もし、罪に問われることになるなら、私が釈明するわ! 私も同罪よ!!」

 

 私のせいで――。

 私のために――。


「屋敷を建て直す費用なら、私が出そう。それまでの間、この宿に滞在しているといい。主人には話しておく……彼のことは、全て忘れるといい。君はあの山に立ち入らなかった。そして、誰にも出会わなかった。それが彼の望むことでもあるだろう」

「嫌に決まってるじゃない。そんなこと、できないわ!」

 私は必至になって言いながら、首を強く振った。

 恩玲さんのことを、忘れることなんてできるわけがない。あの人の声も、優しい笑顔も、話したことも全部、この心に刻まれているのに。


「できなければ、君だけではなく、杜家の人間にも累が及ぶ。その覚悟が君にあるのか?」

 厳しい口調で聞かれた私は、言葉に詰まって瑞俊さんを見る。

 彼の両手が私の肩を強くつかんでいた。

 明々や、小芳、お爺ちゃんや恵順のことを考えれば、何も答えられない。


「どうしてよ……どうして、忘れなきゃいけないの……? 教えてよ……私はあの人のことを、何も知らないし、何もわからないのよ……!」

 どうして、禁山から出られないのか、あの山が立ち入り禁止なのか。

 最初はただ、山の管理を任されているのだと思っていた。でも、違うことくらい、私にもわかる。事情があるから、あの山を出られない。

 それなのに、恩玲さんは私を助けるために――。


「恩玲さんに会わせて。あの人はどこにいるの!?」

「……言っただろう。それは君の知るところではないと。これ以上、彼に関わることは君には許されてはいない」

「誰の許しがいるというのよ!」

「皇帝陛下だ」

 そう言われて、私は「えっ……」と動揺の声を漏らす。

 瑞俊さんはそれ以上は教えられないと、立ち上がる。そして、「ゆっくり休んでいるといい」と、言い残して部屋を出て行ってしまった。

 

 皇帝――陛下?

 なぜ、そんな――大きな話になるの?

 

 私は襟の中に入っている翡翠の腕輪を取り出す。布の端に焦げ跡がついていた。

 恩玲さんに会いたかった。直接、聞いて確かめたかった。

 いいえ、そんなことよりも、恩玲さんを助けなきゃ。

 あの人が都に送られれば、どうなるかわからない。


 私は「絶対、助けなきゃ……」と、呟いて寝床を出る。

 のんびり休んでいる場合じゃない。

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