第49話 清明瑚の廟
翌日の朝、私は明々と小芳を連れて、清明瑚に向かった。恵順は、今日も仕事があるみたい。私たちが三人だけで行くと言うと心配していたから、日が暮れる前に戻ると約束した。途中、清明瑚の近くまで行くという村人の荷馬車に乗せてもらったから思いがけず早く行くことができて、到着したのは昼前だ。
綺麗な碧緑色の湖が広がっていて、林が周りを囲んでいる。その奥には岩山が聳えていた。
「さすがに、景勝地なだけあるわね! 綺麗な場所だわ」
私は澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、景色を堪能する。
小芳と手を繋いだ明々も、清明瑚に来るのは初めてのようだった。
「お嬢様、龍神の廟はあちらのようですよ。人がたくさん歩いて行きますから」
明々はよく目立つ赤い門の方を指さす。その周囲には、露店が出ていて、飴細工や焼き菓子、餅などを売っている。廟の神様にお供えするお菓子や飾り、線香なども、人々が買い求めていた。
私は「ほらほら、早く行きましょう!」と、明々と小芳の手を引っ張る。初めての場所に観光に来たみたいで、心が浮かれてくる。
「あっ、お嬢様。走ると危ないですよ」
明々は小芳を抱き上げると、急ぎ足で私についてきた。
お供えと線香を買って、私は混み合っている廟の中に入る。
庭先に置かれた大きな香炉には線香がお供えされていて、煙と匂いが漂っていた。
回廊の下では、占いをしている人もいた。
「こんなにたくさん、参拝する人がいるのね」
「それは、そうですよ。この辺りで一番大きな廟なんですから」
私も明々も物珍しくて、ついキョロキョロしてしまう。
廟の階段を上がって中に入ると、空気がひんやりとしていた。大きな柱が並んでいて、天井には龍の彫り物がしてあって荘厳な雰囲気だった。
小芳が私の手をクイクイと引っ張る。
「どうしたの? 小芳」
小声で聞くと、小芳が私の耳に顔を寄せてきた。
「ここには、何の神様がおまつりされてるの?」
「龍神様よ」
「りゅうじんさま?」
小芳は小さく首を傾げる。私は「ほら」と、祭壇を指さした。
白髭の小柄な老人の像がそこには祀られている。龍神の化身なのね。
「姉様は、なにをおいのりするの?」
「私は、小芳やお爺ちゃんや、明々や、それに恵順が元気で幸せでありますようにって。小芳も好きなことをお祈りしていいのよ」
「んー……じゃあ、わたしは姉様や明々が元気で幸せでありますようにって、お願いする! それに、お爺ちゃんや兄様も!」
小芳は私を見上げて、ニコーッと笑う。なんて、かわいいのかしら。
私は「ありがとう、小芳!」と、小芳の体を抱き寄せて、頬ずりした。小芳はすっかり我が家の子ね。
小芳は「明々は?」と、明々を見上げてきいていた。
「私も同じです。ああ、でも、そうですね……お嬢様に早くいい人が現れてくれるといいのですけれど。それを、一番お祈りしなくては!」
明々はやる気いっぱいに拳を握っている。私は「な、何を言うのよ、明々!」と、焦って顔を赤くした。周りにいた人たちが、こちらを見てクスクス笑っている。
「ですけれど、大事なことですわ。お嬢様。亡くなった奥様や旦那様も、一番それを望んでらっしゃるんですから」
明々は真剣な顔で、私のほうに寄ってくる。
「それはもちろん、私だって……良縁は結ばれてほしいと思ってるわよ」
私はタジタジになって答えた。でも、心に決めた人なら、もういるのよね。
それは、明々にはまだ話せないけれど。いつか、明々や恵順にも、紹介できたらいいのに。けれど、その前にまず、恩玲さんと両思いにならないと!
私は「いつのことになるのかしら……」と、呟いてため息を吐く。
「すぐにですよ!」
「えっ!? な、なんの話!?」
「もちろん、いい出会いの話ですよ」
な、なんだ、ちょっとびっくりしたじゃない。
私は「そうだといいけれど」と、笑ってごまかした。
順番が巡ってきて、私たちは並んでお祈りする。
小芳と私が元気になったこと。お爺ちゃんが健康長寿でありますように。
明々の幸せに、恵順の学業成就。それから、恩玲さんや、宇音先生が、幸せでありますように。お願いすることが多くて、私は時間がかかってしまった。
「明々、小芳、ちょっと待っていて」
お祈りが終わった後、私は二人に言ってからお守りをお札を買いに行く。
かわいらしい布飾りのついたお守りや、石のお守り、腕輪など、色々と売られていた。私はじっくりと眺めて、みんなの分のお守りを買う。
それから、恩玲さんと宇音先生のお守りも選ぶ。
宇音先生には、これがいいんじゃないかしら!
私はピッタリのものを見つけて、「これをください」と手に取ったお札を渡す。
厨房に貼る竈の神様のお札だ。火の用心の効果があるみたい。まさにピッタリよ!
あとは、恩玲さんの分だけだ。だけど、迷いすぎてしまって決められない。考え込んでいると、明々と小芳がそばにやってきた。
「ずいぶんと悩んでるみたいですね、お嬢様」
「えっ! ええっと、自分用の縁結びのお守りを買おうと思って!」
私は急いでつかんだ縁結びの桃色の石がついたお守りを、「これにします!」と、お店の人に渡した。
そのまま店の前を離れたものだから、私は恩玲さんへのお土産を買いそびれてしまった。まさか、さっきの縁結びの桃色の石のお守りを渡すわけにはいかないし。
困ったなと思いながら、廟を出て歩いていると、「あっ、小芳。走ると転びますよ!」と明々の声がした。
小芳は目を輝かせ、飴細工の露店に駆け寄っていた。
「はしゃいでしまうのも無理はないわね。行きましょう、明々」
私はクスッと笑って、明々と共に一緒に飴細工の店に向かう。飴細工の職人は、色とりどりの飴で、綺麗な羽やくちばしの鳥を作ってみせている。小芳が選んだのは、黄色の羽の小鳥だ。私はお代を払って飴を受け取ると、小芳に渡す。
「わぁ、ありがとう! 姉様!!」
小芳は私の手を取ると、嬉しくて飛び跳ねている。こんなことで喜んでくれるのなら、お安いご用よ。
「お嬢様は、小芳を甘やかしすぎですよ」
「たまにはいいじゃない。明々も飴がほしいなら、遠慮なく言ってくれていいのよ?」
私がからかって言うと、明々は「もうっ、私は子どもではありません!」と恥ずかしそうに頬を膨らませる。私も小芳も一緒になって笑った。
まだ時間があるため、私たちは露店を見てまわる。
せっかくだから、お土産をもう少し買って帰りたい。そのために、お金は余分に持ってきたんだから。明々と小芳が凧を見ている間に、私は他の店を覗いてみた。
恵順に新しい筆を買い、お爺ちゃんには豆菓子を買う。
玉の房飾りを売っている店を見つけて、私は足を止めた。
それをじっくりと見ていると、「何かおさがしで?」と店の人が声をかけてきた。
「ええ、贈り物をしたいのだけど……それほど高価なものは買えないの。小さくてもいいから、いいものはないかしら。その男の人が気に入りそうなもので……」
「ああ、お嬢さんのいい人ですか」
男はニヤッと笑ってきいてくる。私は「ち、違うわよ!」と、顔を赤くして否定した。男は「わかってますって」と、訳知り顔で頷くと、箱を取り出してくる。
「これなんぞ、いかがでしょう? 清明瑚特産の蒼龍石の房飾りですよ。石は小さいが上物が使われている。これ以上、お嬢さんの希望に叶う品は、この辺りの店全部見てまわったとしても、見つかりませんぜ」
店の人が差しだしてきた箱の中には、深い青色の玉がついた房飾りが入っていた。玉は他のものに比べて少し小さいけれど、私はその綺麗な色に目を奪われる。
「ああ、本当に綺麗ね……蒼龍石って言うのね」
「蒼龍石は、青が深ければ深いほど良質と言われているんです。ただ、少々石が小さいものだから、特別に安くさせてもらっているんですよ。お値段は――ほどで」」
男は私に値段を耳打ちする。私にとっては、けっして安くはないけれど――。
私は腕を組んで悩んだ末に、「これにするわ!」と決めた。
だって、玉の青色がとても気に入ったんだもの。恩玲さんには似合いそうだって。
私は玉の飾りの箱を巾着にしまって、明々と小芳の方へと歩いて行く。
「お嬢様、なにかいいものはありましたか?」
「ええ。二人は何を買ったの?」
私がきくと、小芳が「はい!」と私に焼き立ての餅を渡してくる。
「小芳ったら、お腹が空いたというものだから」
「姉様も食べてみて!」
小芳に言われて、私は香ばしく焼けている平たい餅を頬張る。中にお肉が挟んであるみたいだった。「うん、おいしい! これは私たちも負けてられないわね……帰ったら、肉まん作りを頑張らなきゃ!」と、私は微笑む。
「ネギとショウガもたっぷり入っているみたいですよ、それぞれ店によって味が違うものですね」
「そうね、あっ、ほら。あっちの小豆の餡の餅もおいしそう。行ってみましょ」
私は小芳の手を引いて店に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます