第48話 腕輪に込められた想い

 夕食の後、私は自分の部屋に戻り、棚から小さな箱を取り出す。これは、私がこの世界に来る前の梨花さんの持ち物だ。空っぽだったその箱に、私は布に包んだ腕輪をしまっっていた。それを取り出して、布を開く。綺麗な翡翠の腕輪だ。

 これが恩玲さんのお母様の形見だったなんて――。

 どうして、そんな大事なものを私に預けたの?

 私は恩玲さんの笑顔とその澄んだ瞳を思い出しながら、腕輪に触れる。

 

 恩玲さんは男の人だし、腕輪を持っていても、あまり使い道がなかったからだろうか。でも、そんな理由で、簡単に形見を誰かにあげたりする? それとも、しまっているより、人が使ってくれるほうがいいと思ったのかな。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」

 部屋の扉が開いて、明々がお盆に載せた茶器を運んでくる。

「ありがとう。そうだ、小芳に薬を飲ませないと」

「それなら、私がさっき飲ませてきましたわ」

「よかった、明々は本当に頼りになるわね」 

 私は布に包み直した腕輪を箱にしまい、棚に戻す。

 椅子に腰を掛けると、明々から湯飲みを受け取った。

「明々、小芳の具合はどう?」

「もう、すっかり元気いっぱいですよ。若君に本を読んでもらいたいみたいで、お部屋に行っていますわ」

「そう。それなら……大丈夫かしら」

「なにがです?」

「明日、早起きして、清明瑚の廟にお参りに行こうと思っているのよ」

「ええ!? 清明瑚ですか?」

 遠いけれど、早くに出かければ、一日で行って帰れない距離ではない。

「小芳の病気も治ったし、私の病気も治ったから……お礼参りをしようと思っていいたの。それに、恵順の学業成就の祈願もしたかったし」

「清明瑚の近くの龍神様は、病気平癒の御利益があると有名ですものね。わかりました! 明日は早く起きて、途中で食べられるものを用意しておきますわ」

「明々も一緒に行ってくれるでしょう? 私と小芳だけでは、道に迷ってしまうかもしれないし」 

 私が行ったことがあるのは、一番近くの街までだ。清明瑚はそれよりもまだ遠い。

「もちろんですとも! お供いたしますわ。ああ、そうだ。大旦那様のご飯も用意しておかなければいけませんね。今日の間に、出来ることはしておかないと」

「ごめんね、忙しいのに、無理なお願いをしてしまって」

「とんでもありません! 私もお嬢様や小芳が元気になってくれて、本当に嬉しいんですから」

 明々は張り切って、部屋を出ていく。

 扉が閉まると、私はお茶をすすって一息吐いた。


 明々にもいい人が現れるように、縁結びの祈願もしなくちゃね。

 それから――私の恋愛成就も。

 私は「熱っ!」と、湯飲みから口を離す。

 

『どうか、一緒に連れて行って――』


 不意に声が聞こえたした気がして、私は誰もいない部屋の中を見回す。

 今の、なに?

 私の声――だったわよね?


 私は小さく身震いして湯飲みを戻し、寝台に向かう。

 きっと気のせいだわ。

 そうでなければ、梨花さんの記憶?

 

 寝床に入った私は灯りを消す。

 もしかすると、梨花さんも清明瑚の廟に行きたかったのかも。

 病気が治るように祈願したくて。

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