第44話 迷惑な居候

「姉さん、あれはどういうこと……? なんで、知らない人が家に住んでるんの?」

 家に戻ってきた恵順が、家を我が物顔で彷徨き回っている瑞俊さんの使用人たちに、眉を潜めてきいてきた。当然の反応よね。この家の主は恵順なのに、一言も相談せず決めてしまったんだもの。でも、これも全て、我が家のため。銭のため!

「その件については、色々と事情があるのよ。後で説明して上げるから、今は何も言わないで我慢してちょうだい!」

 私は恵順にバッと手を見せて言ってから、顔を寄せる。

「そのうち、すぐに飽きて出て行くわ……だから、お金をまき散らす居候だと思って辛抱してちょうだい! あなたの、買いたい本だってたくさん買ってあげられるんだから!」

 私が小声で囁くと、恵順は「はぁ!?」と納得できないと言うように声を上げる。 

「と、とにかく、早くお夕食にしましょう! 今日はとびきりご馳走よ!」 

 お金がたくさん入ったから、恵順に体力をつけるためにお肉を買ってきたのよ! 

 恵順の背中を押して居間に入る。円卓に並んでいる豪勢な料理に、恵順はあんぐりと口を開けていた。今日はお爺ちゃんも、明々も、小芳も一緒。お正月でもこんなご馳走は並ばない。私は胸を張って、「さあ、いっぱい食べてちょうだい!」と料理を勧めた。

「姉さん、また、誰かに欺されてるんじゃ……面倒事はごめんなんだけど」

 恵順は椅子に腰を下ろしならも、疑いの眼差しを向けてくる。

「な、なに言ってるの……大丈夫よ!」

 私は視線を泳がせながら、そう答えた。


 

 翌日、私は出かける恵順を見送った後、明々と一緒に厨房で点心を作っていた。

「まったく、あの人の使用人たちったら、この家がボロいだの、汚いだの、好き放題に言い合っているんですから! 勝手に押しかけてきて、居座っておきながら図々しいにもほどがありますよ!」

 明々は点心を蒸しながら腰に手をやって憤慨している。

「まあまあ、そう怒らないでちょうだい。おかげで、毎日街まで肉まんを売り歩きに行かなくてよくなったんですもの」

 私は蒸し上がった肉まんやあんまんをカゴに詰めながら、明々を宥める。

 お金持ちのどら息子様々よ! あの人が何者かよく知らないけれど。多分、放浪している富豪の商家の息子ってところね。見てくれも軽薄そうだし、暇そうにブラブラしているし。この屋敷にやってきてからも、庭の四阿でお爺ちゃんの話し相手になったり、プラプラ散歩をしたりしているようだ。

 貧乏暮らしが珍しいのかもしれない。お金持ちの人の考えることってさっぱり分からないわよね。でも、勝手に部屋の修繕をしてくれるし、今日も使用人たちがせっせと庭の手入れをしてくれている。おかげで、みすぼらしかった我が家も見違えるほど、良くなっている。

 ただ、あの人の連れてきた使用人はみんな偉そうに振る舞うものだから、恵順や明々の評判は至って悪い。それも今だけの我慢。そのうち、出て行くはずよ。


 私は「よし、できた」と、カゴに蓋をかぶせる。

「それを、どこに持って行くんです? お嬢様」

 明々が興味深そうにきいてきた。

「ああ、こ、これはちょっと、近所の一人暮らしのお、お爺ちゃんに届けてあげようと思って……お裾分けよ、お裾分け! 近所付き合いは大事って言うし、これも社会奉仕の一環よ!」

「社会……奉仕?」 

 明々は聞き慣れない言葉に首を傾げている。

「と、とにかく、温かいうちに届けてくるわね」

「ええ、そうですね。その方もきっと喜ばれますよ。さすが、心優しいお嬢様です! よければ、私が届けてきましょうか?」

「いいの、いいの。その……お爺ちゃんと世間話をしたいし。明々は家のことが忙しいでしょう? それに、あの人たちが家の中で何をしでかすかわからないんだから、見張っていなくちゃ!」

 私がぎこちなく笑って答えると、明々は「そうですね!」と大きく頷いていた。 

 カゴを布で包んでいると、外が騒がしくなる。

 

 いきなり扉が開いたかと思うと、あの瑞俊の使用人の女たちが遠慮なく厨房に踏み込んできた。「ちょ、ちょっと、何なんです!? あなたたち。勝手にここに入らないでくださいな!」と、声を上げて立ち塞がったのは明々だ。

 使用人の女たちは、「邪魔よ、退いて!」と明々を押しのけると、厨房の中を見回していた。

「これから、瑞俊様の昼食の支度をするんだから、さっさと出ていってくださる?」

 腕を組んだ使用人の女が進み出てきて、フンッと鼻を鳴らしながら言った。

「んまあっ! 私たちに出て行けですって!? 出て行くのはそっちの方ですよ。今、私たちが使っているんですから!」

 明々は眉を吊り上げて、言い返す。けれど、使用人たちは少しも話を聞いてはおらず、勝手に台所に食材や道具を運び込んで、作業を始めようとする。

 私も明々もすっかり呆れて顔を見合わせた。


「嫌だ、こんなに蜘蛛の巣がはっているじゃない! 掃除も行き届いていないなんて!」

 使用人の女が声を張り上げる。

「いったい、何を騒いでいるんだ?」

 そう言いながら、敷居を跨いで入ってきたのは瑞俊だ。相変わらず雅やかな衣装を着て、優雅に扇子を広げている。

「瑞俊様! 聞いてくださいまし。この人たちがイジワルをして、厨房に居座っているんですよ!」

 彼の使用人は甘ったるい声を出して訴える。さっきまでの偉そうな態度とは大違いだ。

「そっちが、勝手に入ってきたんじゃない! ここは私たちが使っているのよ」

 私はピシャリとそう言い返した。

 瑞俊は面白がるように目を細め、「いい匂いがするじゃないか」と厨房を見回す。そして、竈のそばにやってきて、蒸籠の蓋を開いた。蒸し上がったばかりの点心を摘まむと、勝手に食べている。

「瑞俊様、そのような出来損ないの点心など口にされてはお腹を壊してしまいますわ! 私たちが今すぐにお作りいたしますから」

 使用人の女たちは慌てふためいて、声を上げる。

「私のことはいいから、他の部屋の掃除をしておいで」

 瑞俊が扇を軽く振ると、使用人の女たちは不満そうな顔をしながら、膝を軽く折って厨房を出て行った。

「ちょっと、あなた! この家に勝手に住むのはまだいいとして、偉そうに振る舞うあの使用人たちはどうにかしてちょうだいよ。でないと、明々も私もやりにくいったらないわ!」

 私は腰に手をやって文句を言ってやる。明々も「そうですよ!」と、頷いていた。

「それはすまなかったね。こんな狭い屋敷で暮らしたことがないものだから、勝手がまだわからないんだ。ああ、そうだ。厨房ならもう一棟増築しようじゃないか。そうすれば、問題はない」

 いい考えだとばかりに、瑞俊は顎に手をやっている。

「増築!? ちょ、ちょっと勝手に建て増ししないでちょうだいよ。そんなことをしたら、いつまでも居座られてしまうじゃない!」

 私は慌てて彼の袖をつかむ。

「それで、何か困ることでも?」

 彼は扇を閉じると、まったくわからないなとばかりに首を傾げていた。

 困るに決まっているでしょう~~っ!

 私はグッと拳を握って、言いたいのを堪える。

「もういいわ。とにかく、余計なことをせず、大人しくしていてちょうだい。あんまり明々に迷惑をかけるようなら、出て言ってもらいますからね!」

 私は指を突きつけて言うと、布で包んだカゴを抱えて厨房を出る。

 まったくもう――あの人のおかげで、大騒ぎだわ。

 そんなことより、早くこれを思玲さんに届けなきゃ。小芳の薬のお礼をしたい。


 門に向かって浮かれたように歩いていると、「ふーん、どこに出かけるんだい?」とすぐ後ろで声がした。ハッとして振り返ると、いつの間にか瑞俊がついてきている。

「ちょ、ちょっと、あなた、なんでついてくるの!?」

「もちろん、君のことが気になるからだよ」

 瑞俊は私に顔を寄せて、ニコッと笑う。近すぎる距離に、私は思わず仰け反りそうになった。こ、腰が痛い――。

「き、気にならなくていいから、放っておいてちょうだい! ついてきたら、絶対に、絶対に、許さないから!!」

 私はカゴを抱きかかえて、後ろ向きに門を出て行く。そして、辺りを見回してから駆け出した。

 ゆ、油断も隙もない人だわ。あの人に、山に入るところを見られないように気をつけなきゃ――。

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