第33話 金魚の提灯

 翌日、私は朝早くから起き出し、裏の山に向かった。

「恩玲さんっ! おはようございます」

 門をくぐり、「おはよう、ピータンズ」とアヒルにも挨拶する

 昨日のお祭りで買った金魚の提灯を手に、緊張しながら戸を叩くと、出てきたのは宇音先生だ。

「また、来たのか……」


 うんざりした顔をしながら宇音先生が言う。「いいじゃないの。お邪魔します!」と、笑顔で言いながら遠慮なく中に入る。 

「梨花さん、おはよう。今日は早いね」

 恩玲さんは円卓でちょうど、朝食をとっているところだった。 

 私は満面の笑みで、後ろに隠していた金魚の提灯を恩玲さんに見せる。


「ああ、そうか。昨日は元宵節か……」

 恩玲さんは思い出したように言ってから、「お祭りに行っていたんだね」と微笑んだ。

「これを、お土産に渡したくて」

 私が金魚の提灯を渡すと、恩玲さんは「かわいいな」と笑っていた。

 その屈託ない笑みに私はキュンとして胸を押さえる。

 恩玲さんって、たまにかわいらしいのよね。


「元宵節は終わったじゃないか」

 宇音先生は唇を曲げたまま、円卓に戻ってお茶をいれる。

「宇音先生と、恩玲さんはお団子を食べた?」

 私はききながら、空いている席に座った。

「食べたよ。宇音が用意してくれて……おいしかった」

 恩玲さんは言いながら、宇音先生が渡したお茶の湯飲みを、私のほうに「はい」と置いてくれた。


 宇音先生は「若君のためにいれたのに……」と、不満そうな顔をしていたけれど、私は気にせず、「わぁ、ありがとう!」とお礼を言ってさっそくお茶をのむ。

 うん、宇音先生のいれてくれたお茶は格別においしいわね。


「提灯がたくさん灯っていて、綺麗だったの。だから、いつか、恩玲さんと一緒に行けたらいいと思って……でも、お饅頭はあんまり売れなくて……さっぱりだったのよ。みんな高級フカヒレ入り肉まんに夢中で……」

 私が話すのを、恩玲さんは微笑を浮かべたまま楽しそうに聞いてくれる。


「ゴマ団子も、食べる?」

 恩玲さんがお皿を差し出してくれたから、「わぁ、いただきます!」と、さっそく手を伸ばした。それが横からさっと取り上げられる。

「……これは若君のだぞ!」

「恩玲さんがくれたのよ」

「うん、一緒に食べたほうがおいしいだろう?」

 恩玲さんはニコニコしながら言う。

「若君、この押しかけ女に甘すぎです!」と、宇音先生は脱力して言う。

 私も恩玲さんも顔を見合わせて笑った。

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