第32話 花火と願い

 川沿いのひっそりした道でいくら待っていても、肉まんを買ってくれるお客さんは来なくて、私も明々もすっかり暗くなった空を見上げて嘆息する。


「今日はもう、売れそうにありませんねぇ……」

「ええ、そうね……帰りましょうか。遅くなったら、恵順もお爺ちゃんも心配するわ」


「帰ったら、湯圓を作りましょう」

 明々は帰り支度をしなくながら、気を取り直して言う。私はその言葉ですっかり元気になった。


「それを、楽しみにしてたのよ!」

 なんて言っても、私はまだ元宵節のお祭りの日に家族で食べるお団子を、味わったことがない。小芳も「お団子~!」と嬉しそうに手を叩く。


「でも……湯圓を食べられるようになったのも、お嬢様のおかげですよ」

 荷車を一緒に押しながら明々が言うので、「え?」と私はその顔を見る。

「今まではそんな余裕もなくて……お嬢様が元気になって、饅頭売りをするなんて突拍子もないことを言い出した時にはびっくりしてしまいましたけど……でもおかげで、お給金もいただけて、みんなでお団子を食べることができるんですから」

「明々……そんなの当然よ。今まで何もできなくて……そのことのほうが申し訳ないわ」

 梨花さんも辛かったでしょうねと、私は密かに思う。


 だから、彼女ができなかったことを、たくさんやりたい。

どんなことを望んでいたのかはわからないけれど――。

 でもきっと、家族のために、幸せのために、精一杯生きたいと願っていたはずだ。それだけは、間違いないような気がした。


 街の大通りに出ると、提灯の灯りが煌めいて、人で賑わっていた。

 赤く華やかな輝きに彩られたその様子に、私は目を奪われる。

 花火がドンッと音を立てて空で弾けると、歩いていた人たちも足を止め、空を見上げながら歓声を上げていた。


「綺麗……っ!」

 私たちも立ち止まって、一瞬で散ってしまう花火を目に焼き付ける。

 恩玲さんにも見せたかった――。


 帰り道、私は金魚の形の提灯を一つ買った。

 明々は、「それ、どうするんです?」と聞いてきたけど、「内緒」と笑ってごまかす。

 恩玲さんは山から出ることができないから、せめてこの提灯をお土産に持って帰りたかった。


 いつか、一緒にお祭り見物ができるといいと、そんなささやかな願いを込めて――。


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