第29話 みんなと見るから

 年が明け、村でもあちこちで爆竹の音が響いていた。

 太鼓やシャンシャンというシンバルのような楽器の音が聞こえてくる。私が小芳や明々と一緒に外に出てみると、村の人たちが獅子舞を見物していた。


 私たちの姿を見ると、「杜家のお嬢さんじゃありませんか!」と、少しびっくりした顔をして、新年の挨拶をしてくれた。

 私のことは、長く病に伏せっていて、屋敷から出てこないと思っていたみたい。

 そういえば、街に行く時もあまり村の人と顔を合わせたことがなかった。


 杜家は貧乏ですっかり落ちぶれているけれど、村では一応名家ということになっているのよね。お父さんがいた頃はまだそれほど困窮もしていなかったから、村のために橋をかけるお金を出したり、村の子どもたちのために塾を開いて先生をしていたみたいだ。


 尊敬される家だったのね。私はそれを聞いて、自分の本当の両親ではないけれど、誇らしい気持ちになる。恵順が真面目過ぎるのも、そんな両親を見て育ったからかもしれない。お父さんのことを目標にしているから、勉強熱心なんだわ。


 小芳は大きな体で飛んだり跳ねたりする獅子舞を見て、おっかなびっくりしたように目を見開いて、私の服にしがみついていたけれど、獅子舞が近くにやってきて挨拶してくれると、喜んで手を叩いていた。


 私もこの世界に来て始めて迎えた春節のお祭りに、心が浮き立って、小芳と一緒にはしゃいでいた。

 恵順も誘ったのに、獅子舞を少し見ると、「寒い、部屋で勉強する」とすぐに引っ込んでしまった。


 恵順にとっては生まれてから毎年見ているお祭りだから、そう珍しくもないのかもしれない。

「まったく、つまらないわね!」

 私が呆れて言うと、明々が「家族で見るのが恥ずかしいんですよ」とクスクス笑っていた。恵順はちょうど、中学生くらい。

 本当なら反抗期の真っ最中。繊細なお年頃だ。

 私は爆竹が鳴るのを聞きながら、空を見上げる。

 子どもが上げた凧が、風に流されながら浮かんでいた。


 ほんの少しだけ、あちらの世界が懐かしくなる。

 神社に初詣に出かけて、『今年は絶対、先輩に告白してカレシになってもらう!』と願掛けして絵馬を書いた。


 恩玲さんは先輩によく似ているけれど別の人だ。

 最初は先輩を好きだから、恩玲さんも好きになった。


 でも今は――きっと、違う。

 最初に先輩を好きになっていなくても、きっと私はこの世界に来て恩玲さんを好きになっていた。

 あの人の優しい笑顔が好き。穏やかな話し方も好き。楽しそうに笑っているところも好き。本を読んでいる時の真剣な表情は見ているだけで、ドキドキしてくる。

 一緒にいると、恩玲さんの温かい気持ちが伝わってくる。

 先輩とは違う、恩玲さんの好きなところ。全部上げると切りがないくらいある。

 私は「どうしよう、全部好き」と、赤くなって熱を持つ顔を両手で押さえた。

 

「お嬢様、何が好きなんです?」

 明々が小芳と手を繋ぎながら、怪訝そうな顔をしてきいた。

 獅子舞が曲芸のように大きな球の上に乗ると、村の人たちがわっと拍手していた。


「あっ、し、獅子舞よ、獅子舞! 感動しちゃって! それに、かわいいじゃない? 目がパチパチして」

 私はあたふたして、「ね?」と小芳にきく。

 小芳は「うんっ、すきーっ!」と無邪気な笑みを浮かべる。


「お嬢様がそんなに獅子舞をお好きだなんて知りませんでした……子どもの頃は怖がってましたのに」

「そ……そうだったかしら? 子どもの時には良さがあまりわからなかったのよ。ほら、人がやってるって知らなかったし」

「みんなで見るから、楽しいかもしれませんね」

「そ、そうよ。みんなと見るから、楽しいのよ!」

 私はうまくごまかせたことにほっとして、大きく頷いた。

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