第28話 春節を迎え

 その日の夕食は、明々が準備してくれた餃子や揚げた魚の料理が円卓いっぱいに並んでいた。いつもは野菜だけの羹と饅頭だけなのにご馳走だ。春節の買い物をした時、明々と相談して奮発することにした。


 いつもは遠慮している明々と小芳もこの日は一緒に席に着く。食事の前に、私はみんなに贈り物をした。おじいちゃんには、綿がしっかり入った厚くて温かい羽織りだ。


「明々、いつも家のためにありがとう。これ、少ないんだけど……お給金」

 私は赤い封筒に入ったお金を、明々に渡す。

「お、お嬢様、私のことなんていいんです! お金なんてもらっても、使い道がありませんし……」

 明々は遠慮しようとしたけれど、「もらってくれなきゃ困るわ」と私はその手に封筒を押しつけた。


「それに、ほんの少しよ。もっとちゃんと毎月払えるように頑張るから。それまでもう少しだけ、待っていて」

「お、お嬢様…………っ!」

 明々は私の両手を握り締めながら、涙ぐんでいた。


「それに、小芳には新しい靴ね」

 この家に来てから小芳が履いているのは、私が小さい頃に使っていた古い靴だ。だから、明々と相談して、新しい靴を買った。ピンク色の生地でかわいらしい。それに、明々が梅の花を刺繍してくれた。

 小芳は「かわいいっ!」と、うさぎみたいに飛び跳ねて喜んでくれる。けれど、抱き締めているばかりで履いてみようとしない。


「履かないの?」

 私がきくと、小芳は「おでかけの時に履くの」と、恥ずかしそうに答える。汚したくなかったのね。私と明々は顔を見合わせてクスッと笑った。

 小芳は「見て見て~」と、恵順に駆け寄って靴を見せびらかす。最近の小芳のお気に入りは、恵順の膝の上だ。


「よかったね」

 恵順はちょこんと座った小芳の頭をよしよしと撫でる。小芳を連れて帰ってきた時には、どう相手をしていいのかわからずに困り果てていた恵順だけど、数日もすればお兄さん風を吹かせて、面倒を見たり、行儀を教えたりしていた。

 街に出かけない日はいつも自分の部屋にこもって勉強ばかりしていたのに、この前は小芳に文字の書き方を教えていた。最初は、小芳という名前の書き方だ。けれどこれには苦戦していたみたい。

 それはいいことだと、私も明々も密かに温かい目で見守っている。


「恵順には……色々迷ったんだけど、これにしたの」

 私はそばに行き、「はい、これ」と細長い箱を差し出す。恵順は「僕のまで……いいのに」と、驚いていた。

「家族みんなに贈り物をしたかったのよ。だから、もらってちょうだい」

 恵順が箱の蓋を開くのを、小芳も興味津々に見ていた。

 明々と散々、考えたのよね。恵順には何がいいかって。

 箱に入っているのは、細い筆だ。


「これなら、役に立つし、無駄にならないでしょう?」

 私はにっこりして言った。恵順の部屋に行った時、チラッと筆が見えた。

 随分長く使っているからか、すっかり毛先が傷んでいた。新しい筆を買うお金も、なかったのね。私の薬代のために――。


「姉さん…………ありがとう……」

 恵順はうつむくと、少しつっかえながら言う。

 それは、私のほうよと私は心の中だけで答えた。ずっと、家のために、私のために頑張ってくれたんだから。


「それでいっぱい勉強して、高官になってくれたら、私もうんと贅沢できるじゃないの」

 私は笑って答える。恵順は「そんなに簡単にいかないよ」と言いながらも、嬉しそうに口もとを緩めていた。


 席に座り直し、「いただきます!」とさっそく明々が腕を振るってくれた料理を食べる。その円卓には、宇音先生がくれたお菓子の箱も置かれていた。

 今頃きっと、山では宇音先生と恩玲さんが一緒に料理を食べているのだろう。



 その日の夜、部屋に戻った私は恩玲さんがくれた翡翠の腕輪を取り出して眺めていた。

 綺麗な色。それによく見れば、尾の長い鳥が刻まれていた。鳳凰、かな?

 縁起物なのかもしれない。私は寝台に腰をかけて、その腕輪をつけて見る。

 思い出すと嬉しくて、頬が緩んでくる。

 これは、なにがあっても大事にしようと心に誓う。


 この時の私は、この腕輪が持つ重みも、意味も、何もわかっていなかった。

 何も、知らなかった。

 知らなくて、ただ、幸せだった――

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