第26話 贈り物
掃除と片付けを手伝った後、私と恩玲さんは一緒に厨房に向かう。中に入ると「入ってくるな!」と、宇音先生が肉切り包丁を突きつけながら、怒ってきた。春節の料理作りで忙しく、ピリピリしているみたい。
けれど、恩玲さんも一緒にいることに気づくと、「若君!」と慌てたように「すみませんっ」と謝っていた。
「せっかくだから、一緒にお茶をしようと思って。でも、お邪魔だったかしら……?」
宇音先生は嫌そうな顔で私を睨んできたけど、諦めたのか「今、お茶をいれます」と湯を沸かす準備を始めた。
私と恩玲さんは目配せし合って密かに微笑む。恩玲さんが、「お茶の準備をしよう」と棚から茶器を取り出そうとした。それを、「若君! そんなことは俺がやります」と宇音先生があわてて止める。そして、「座っていてください」と椅子を取り出してきた。
私と恩玲さんが椅子に座って待っていると、手際よくお茶をいれ、食紅で色を薄ら色をつけた桃饅頭を出してくれた。私は「わぁ、かわいいっ!」と、手の平にのるくらいの小さなその桃のお饅頭を手に取る。ぷっくりと膨れていてフワフワだ。
「私の作るお饅頭と、宇音先生の作るお饅頭は、何が違うのかしら……」
私は桃饅頭をしげしげと眺めながら真剣に考える。何度教えてもらっても、宇音先生の作るお饅頭の方がふっくらしている。
「そりゃ、狒々みたいに力任せに捏ねるからだ」
宇音先生はフフンッと得意満面に顎をしゃくる。私は「誰が狒々よ。失礼ね!」とムッとして言い返した。
横でお茶を飲んでいた恩玲さんは下を向いて、口もとに手をやりながら笑いを堪えている。
「恩玲さんにも笑われたじゃない!」
私が赤くなって言うと、恩玲さんは「ごめん」と笑い続けながら謝った。
「梨花さんの作る饅頭も、おいしいよ」
私は嬉しくて緩みそうになる頬を両手で押さえながら、「ほら見なさい」と宇音先生を見る。
「若君はお世辞で言ってるんだからな!」
「そうかしら? じゃあ、どっちのお饅頭がおいしいか、作って勝負してみる? 恩玲さんに決めてもらえばいいじゃない」
「勝負になるもんか」
「……それもそうね」
私はあっさり認めて、肩を竦める。宇音先生のお饅頭にはまだ到底及ばない。
私ははむっと、桃饅頭を頬張る。「おいしい~!」と、笑みがこぼれた。ふんわりしている上に弾力もあって、中の餡子がなめらかで、甘さも丁度いい。
「梨花さんは、本当に美味しそうに食べる」
私を見つめながら、恩玲さんはそう言って笑う。私は思わず、食べかけの桃饅頭を喉に詰めそうになって、グイッとお茶を一気飲みした。
急にドキッとするようなことを言うから、びっくりしてしまう。むせて胸を叩いていると、恩玲さんが「大丈夫?」と心配そうに顔を覗き込んできた。
私は大きく二回頷いてから、深く深呼吸する。顔が熱くてホカホカしてくる。
「あっ、そ、そうだ! 私、春節の贈り物をしようと思って……」
私はあたふたしながら言って、横に置いていた布の包みを取る。春節には贈り物をすると明々から聞いたから。
「宇音先生にはいつもお世話になっているから」
私は笑顔で渡すと、宇音先生は驚いた顔をしていた。赤いリボンを解いて広げたのは、真新しい前掛けだ。明々に手伝ってもらって一緒に縫った。縫い目が少し曲がっているけど――。小さな二匹のアヒルが、隅に刺繍してある。
「その刺繍、なかなかかわいくできたでしょう? 明々に教わったのよ」
「不細工だな……」
「気に入ってくれたなら、良かったわー」
「誰も気に入ってないっ! けど……もったいないから、仕方なく使ってやる!」
そう言いながらも宇音先生の手は、しっかり前掛けを握り締めている。素直じゃないことなんて、もうすっかりわかっているから悪態を吐かれても気にならない。
「梨花さん、ありがとう。宇音のかわりに、お礼を言うよ」
そう、恩玲さんが微笑んだ。私はだんだん緊張してきて、手が汗ばむような気がした。その手を急いで服で拭ってから、包みに入っているもう一つの贈り物を取り出す。
「あ、あと……これは……恩玲さんに……」
私は両手で持ったそれを、恩玲さんに差し出した。
「私に……?」
思ってもみなかったのか、恩玲さんの目が丸くなっている。私はギュッと目を瞑りながら、大きく頷いた。
恩玲さんが手を出したので、その手に渡す。白い小さな絹の巾着袋で、水色の紐で口が縛ってある。袋の表と裏には青い花の刺繍が入っていた。この刺繍は私がしたわけではない。私はこんなに上手にできないから。お店で買ったものだ。
「匂い袋……」
恩玲さんは袋を見つめて呟く。
「どんなものがいいのかわからないから……これなら邪魔にならないと思って……」
東花鎮に春節の買い物に出かけた時、何か贈り物がしたくて店を何軒も回った。
本当は、大きな金の豚の置物にしようと思ったんだけど、明々に「それ、どうするんです?」ときかれて、諦めた。
ぷっくりしてて、美味しそう――じゃなくて、かわいくて、縁起も良さそうだったから、本ばかりのこの殺風景な部屋にはピッタリだと思ったんだけど。
邪魔になりそうだったから、諦めたのよね。
そんなに高い物は買えないから、小さな物になってしまったけど、お店の人も「これなど人気ですよ」と勧めてくれた。匂いも何度も確かめて、恩玲さんに似合いそうなものを選んだ。
気に入ってくれるといいけれどと、私は片目を開けてそっと様子を伺う。
恩玲さんは匂い袋をジッと見てから、私に視線を戻す。
「ありがとう、梨花さん……大切にするよ」
恩玲さんは、「誰かに贈り物をもらうなんて……随分と久しぶりだ」と嬉しそうに笑みを浮かべていた。
私はそれだけで、胸の奥がキュンッとしてくる。
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