第24話 帰り道

 私は小芳と一緒に、通りの隅に荷車を停めて、「おいしい肉まん、いかがですか~!」と張り切って声を上げる。隣にちょこんと座っている小芳も、ニコニコしながら「ですか~」と私の真似をしていた。


 今日、東花鎮にやってきたのは私と小芳だけ。いつもは明々も一緒だけど、お爺ちゃんの具合があまりよくなくて、家で面倒を見てくれている。

 明々は私と小芳だけで街に売りに行くのを心配していたけれど、何度も通ってすっかり道は覚えているし、護身用の綿棒だってしっかり持ってきたのだから大丈夫だ。


「おや、手伝いしてるのかい。小芳」

 そう声をかけてきたのは、先日、街で会ったサンザシの飴を売っていたおばさんだ。私は、「こんにちは、おばさん」と笑顔で挨拶をした。


「小芳の面倒を見てくれているのかい」

「ええ、寒くなりそうだから、放っておけなくて」

「ありがとう、この子の面倒を見てくれる人がいれば私も安心だよ。ずっと、気がかりだったからねぇ……」


 おばさんはそう言うと、肉まんを三つ買ってくれる。その上、「これくらいしかできないから」と小芳に飴をくれた。


 飴のお代を払おうとしたけれど、おばさんは「いいの、いいの」と笑って手を振る。「ありがとうございました」と、私は頭を下げてその姿を見送った。

 小芳は飴を手に、嬉しそうに私を見る。「よかったね」と言うと、「うんっ、これ大好き!」と頷いた。


 その後も、人が足を止めてくれて、肉まんは驚くくらい順調に売れていく。その場で頬張っていたおじさんは、「うん、うまいな」と満足そうに呟いていた。


「あんた、いつもこの辺りで売ってるのかい?」

「はいっ。毎日じゃないんですけど」

「そうかい。また来るよ」

 そう言うと、おじさんはお代を少し多めに払って立ち去る。

 私は巾着に貯まるお金を見て、小芳と顔を見合わせた。


「小芳のおかげかしら……今まで全然、売れなかったのに」

 肉まんだけではなく、あんまんを買っていってくれる人もいる。

 おかげで、お昼を過ぎる頃には、すっかり売れてしまった。残っているのは三つほどだ。私は少し早めに片付けをして、荷車を押しながら移動することにした。


 向かったのは、以前恵順を見かけた川沿いの船着き場だ。

 今日も朝早くから出かけていったから、ここにいると思ったのよね。恵順はちょうど、荷車に重たそうな袋を積み終えたところだった。


「恵順!」

 私が小芳と手を繋ぎながら声をかけると、恵順はギョッとした顔をしてから周りをすぐに見回していた。

 一緒に働いていた大人たちが、「なんだ、お前の姉さんか?」と話しかけていた。恵順は恥ずかしそうに顔を赤くして、駆け寄ってきた。


「姉さん……なんで、いるの。小芳まで連れて」

 声を小さくしながら、恵順は気まずそうに聞いてくる。

「決まってるじゃない。肉まんを売ってたの。今日は、たくさん売れたのよね。小芳」

 小芳は私を見上げて、「うんっ!」と頷いた。

 そんな私たちを見て、恵順は「まったく……」とため息を吐いていた。



 恵順の仕事はもう終わりみたいだったから、少し待って一緒に帰ることにした。「お腹空いてるんじゃない? お昼ご飯まだでしょう?」と私は、残っている肉まんを恵順と小芳に配る。三人で食べようと思って、最後の三つは残しておいた。

「…………これ、おいしい……」

 恵順は肉まんを一口食べて、驚いたように言う。


「そうでしょう! やっぱり宇音先生にしつこく頼んで作り方を教えてもらったのがよかったんだわ」

 私がにっこりして答えると、恵順が「宇音先生?」と怪訝な顔をする。

 私はハッとして、「ああっ、えーと、料理を研究しているそういう先生の本を読んだのよ。貸本屋さんに借りて……」とごまかした。


「そうだったんだ……姉さん、意外と勉強熱心なんだな」

「当然よ。あなたの姉さんですもの」

 私は自分の分の肉まんを頬張る。小芳は両手で持った大きな肉まんを頬張り、「おいしいっ!」と笑顔になる。

 私はその口の周りの汚れを、手巾(ハンカチ)で拭ってやった。


「借りたい本があるなら、あるかどうか聞いてみてあげるわよ」

「でも、もうこの街にはいないんだろう?」

「ええ……まあそうなんだけど、文通しているから! 頼めば届けてくれるかもしれないわ」

「文通? 姉さんが?」

 恵順はますます訝しそうな顔になって、首を捻っていた。


「こ、今度また、街を通りかかるかもしれないじゃない。その時のためよ。いつになるかわからないけど」

「それなら……頼んでほしい」

 肉まんを食べ終えてから、ポツリと言う。私は「いいわよ」と、弟の背中をポンッと叩いた。

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