第17話 これは失敗作!


「先生~~っ。宇音先生~~っ!」

 翌日のお昼過ぎ、試作の肉まんを携えて裏山に向かった私は、門をくぐりながら呼びかけてみる。庭を気ままに歩き回っていたアヒルが、すぐにそばにやってきた。

「こんにちは、ピータンズ! 今日も丸々太って美味しそう……じゃなくて、元気そうでよかったわ!」

 懐から取り出した紙に包んだ豆をパラパラと地面に巻いてやると、アヒルたちはグワグワと鳴きながら豆を食べ始める。それを眺めていると、厨房の戸が勢いよく開いて包丁を手にした宇音先生が飛び出してきた。


「また、お前かっ! なにしに来たんだよ!」

「宇音先生のおかげでお豆腐の作り方が分かったから、さっそくそれで肉まんを作ってみたの! だから、食べてもらおうと思って。思玲さんはいるかしら?」

 主屋に向かおうとすると、すかさず宇音先生が私の前に立ちはだかる。

「勝手に入ろうとするなよ! 若君は今、お忙しいんだ。余計なお客の相手なんてしている暇はない」 

「そう? それなら、いいわ。先生が肉まんの味見をしてよ。それで、意見を聞かせてもらいたいの!」

 私はカゴを見せて、にっこりと微笑む。


「意見!? 知るもんか」

 宇音は包丁を握り締めたまま、『さっさと帰れ!』とばかりに睨んできた。

「ああ、そう。じゃあいいわ。ピータンズに食べてもらうから」

「人の家のアヒルに変な名前を付けるなよ! それに、変なものを食わせようとするな! お腹壊したらどうするんだ!」

「失礼ね。だって、せっかく作ってきたのに。誰も食べてくれないんじゃ、もったいないじゃない」

 私がそう答えると、宇音は疲れたように額を手で押さえて大きなため息を吐く。

「分かった……食えばいいんだろう。食えば……」

 私は「最初からそう言えばいいのよ」と、にっこりした。

 だけど――。


「まずいっ!」

 厨房で私の作った肉まんを一口食べた宇音先生は、そう言って顔をしかめる。

「明々にはなかなか好評だったのよ。いったい、どこがダメなの!?」

「肉の臭みもあるし、なんだか水っぽい。そのせいで中はベチャッとしている。しかも、蒸しすぎて外はかたくなりすぎだ! こんなくそマズい饅頭を、若君に食べさせようとしてたのか!」

 そう言って、一口囓っただけの肉まんを皿に叩き付けるように戻し、フンッと偉そうに腕を組む。


「こ、これでも何度か作って、一番できのいいものを持ってきたのよ!」

 私はムッとして言い返してから、肉まんを一つ手に取って半分に割って見る。確かに宇音先生の指摘どうりだ。


「やっぱり……ダメかしらね……」

 がっかりして呟くと、「当たり前だ!」と宇音先生が怒ったように言った。

「……そうかな? 美味しそうに見えるけど」

 そう声がして、私の後ろから手が伸びる。私も宇音先生も振り返って驚いた顔になる。いつの間にか、厨房に思玲さんが入ってきていた。

 にこやかに微笑みながら、肉まんを食べようとするので、私は「ダ、ダメっ!」と、思わずその手をつかんだ。


「こ、これはおいしくないみたいだからっ!」

 宇音先生の言う通り、失敗作の肉まんを思玲さんに食べさせるわけにはいかない。

「そうですよ。若君にはもっとおいしい肉まん、俺が作ります!!」

 宇音先生も慌てたように言った。

 思玲さんは肉まんを見て少し考えてから、パクッと口に入れてしまう。


「ああっ、若君っ!!」

「思玲さんっ!!」

 肉まんを呑み込むと、思玲さんは私を見てニコッと微笑んだ。

「うん……おいしいかった」


(そんなはずないのに……っ!)

 私は恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、赤くなった顔を両手で隠すように覆う。こんなことなら、もっとおいしい肉まんを作るんだった。お豆腐なんかでごまかさないで、ありったけのお肉をぶち込んで作ったのに!


「おいっ、調子に乗るなよ! 若君はお優しいから、社交辞令で言っているだけなんだ。本当はくそマズいって思ってるに決まっているんだからな!!」

 宇音先生が腹立たしげに横で喚いていたけれど、私はすっかり聞いていなかった。

「そんなこと、思っていないよ。でも、そうか……豆腐が入ってるんだな」

 思玲さんはそう呟きながら、もう一つ食べようと手を伸ばす。


「こ、これは私が責任を持って全部食べるわっ!」

 私は肉まんの皿をバッと取り上げ、急いで残っていた肉まんを口に押し込んだ。

(ほ、本当だ……すごくおいしくない~~~~っ!!)

 私は肉まんを口いっぱいに含んだまま、「ううっ」と泣きそうな声を漏らす。

 そんな私を思玲さんは目を丸くして見ている。宇音先生はすっかり呆れて、馬鹿を見るような目になっていた。


「先生! 私にどうかとびきり美味しくて、飛ぶように売れそうな肉まんの作り方を教えてください!」

「ハァ!? 食ってやったし、感想も言ってやったんだからもういいだろ。さっさと巣に帰れ、女狐!」

「嫌よっ。教えてくれるまで、帰らない~~っ!!」

 私はその場に膝をつき、追い払おうとする宇音先生の足にガシッとしがみついた。

 次こそ、こんな失敗作の肉まんじゃなくて、大成功の肉まんを思玲さんに食べてもらうんだから!

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