第16話 先生と呼ばせてください!

 私と思玲さんは宇音について厨房を出た。宇音は手際よく豆を洗うと、それを庭の石臼でひいて水を足していく。

「わぁ、すごい……こんなふうに作るものなのね!」

 私が横で覗き込むと、宇音に邪魔そうに睨まれた。


「これを漉して、次に煮るんです」

「へぇ……大変なんだな」

 思玲さんも顎に手をやって、その作業を興味津々見ている。

「そうでもありませんよ。最初だけです」


 厨房に移動すると、今度はその豆の汁を大きな鍋で煮始めた。

 私は筆と紙を用意して、その作業を見守りながら書き留める。型を流し込んでかたまるのを待てば、できあがりだ。

 宇音は切り分けた豆腐を、皿に切り分けてくれた。私と思玲さんは顔を見合わせてから、さっそく試食してみる。


「お、おいしいっ!」

 弾力があって、しっかりしたかためのお豆腐だ。

「うん……おいしいな」

 思玲さんも笑顔で頷く。

「炒めものにしてもいいし、羹に入れてもいい。干豆腐にすれば日持ちもするんです」

 宇音は気をよくしたのか、すっかり得意な顔になっている。私は目を輝かせ、その両手をガシッとつかんだ。

(この子……生意気で鼻持ちならないけど……すごいわっ!)


「な、なんだよっ! 離せ、女狐!」

「先生と呼ばせてくださいっ!!」

 私が頼むと、「ハァ!?」と宇音は嫌そうな声を上げた。



 家に戻った私は、さっそく厨房に足を運ぶ。もうすっかり夕暮れ時になっていて、明々が夕食の準備をしている最中だった。


「お嬢様、随分と帰りが遅かったようですけど……どこに行ってらしたんです?」

「ああ、ちょっとね……そう遠くではないわよ。それより、明々。お豆腐をもらってきたの」

 私がにこやかに言ってカゴを台に置くと、明々が手を拭いながらそばにやってきた。カゴの布を開いてお豆腐の入っている器を見せると、明々が驚いた顔をする。


「お豆腐ですって!」

「ええ、そうよ。作り方も教わったから、明日早速作ってみましょうよ。おからも何かに使えるかもしれないわ」

「いったい、どこの誰に教わったんです!」

「せ、先生よ……料理の」

 私は視線を横に逸らしてそう答えた。怪訝そうな顔をする明々に、「じゃあ、ちょっと恵順のところに言ってくるわね」と急ぎ足で厨房を後にした。


 中庭に出た私は、灯りの灯っている恵順の部屋に向かう。戸を叩くと、恵順がすぐに戸を開いて出てきた。

「姉さん……どこ行ってたの?」

「貸本屋さんのところよ。本を返してきたの。ほら、次の本……これでいいのかしら?」

 私は抱えていた本を、恵順に渡す。それを見て、恵順は仰天したように目を見開いていた。


「本当に……これ、全部……あったの?」

「あったから、借りてきたに決まっているじゃない」

「ものすごく貴重な本なのに……絶対、ないって思ってた……」

 そう言って、恵順は口もとを手で押さえる。

「そうなの? よかったじゃない」

(積んであったり、棚に突っ込んであったりしたけど……そんなに貴重な本だったの?)


「姉さん、次に行く時には僕も行く」

「だ、ダメよ!」

「どうして?」

 不審そうに、恵順の眉間に皺が寄る。


「それはえーと……もう、次の街に移動するみたいだったから。移動している貸本屋さんだって、前に言ったでしょう。だから、もういないのよ」

 私は笑みを作ったまま、そうはぐらかした。恵順には悪いけど、たまにしか借りに行けないわね。バレたら大変だ。


「えっ! じゃあ、この本どうやって返すつもり?」

「また、街に戻ってきた時に返せばいいわ。しばらくしたら、戻ってくるって言っていたから」

「そう……」

 恵順は残念そうな顔になって、本に視線を落とした。

「だからそれ、ゆっくり勉強をすればいいわ。あっ、そうだ。もうすぐお夕飯みたいよ」

 私はそう言って、そそくさと部屋を出る。中庭を歩きながら、「フーッ」と息を吐いた。

(嘘を吐くのも吐かれるものね……)

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