第9話 お肉がなければお豆を使えばいいのよ

 恵順と明々に言われた通り、私はあれから一度も山には入らなかった。庭を歩きながら、裏山に目を向ける。

 また、あの人に会いたくて、フッと切ないため息がこぼれた。それに、思玲さんがくれた椎茸、美味しかったな。

 明々が卵と一緒に羹にしてくれたり、炒めものにしてくれた。私が今持っているのは、最後の一つ。もうそろそろ干からびて、干し椎茸みたいになってしまっているけれど、この椎茸だけは思い出に浸りたくてこっそり持ち歩いている。


 好きな人から最初にもらったものは、どんなものであれ宝物だ。一生、肌身離さず持っていよう。棺桶に入るその日まで。なんなら、あの世にも持って行くつもりだ。

(また、会いたい……山に入っただけで、死刑なんていくらなんでも酷すぎよ!)


 とはいえ、今の私は恋に現を抜かしている場合ではない。まずは、この家の窮状をなんとかしなければ。弟をいつまでも働かせておくわけにはいかない。

 あの子にはちゃんと勉強をさせてあげたい。私は勉強なんて少しも得意じゃなかったら、したくなんてなかったけれど。あの子はそうじゃない。

 あんな風に柄の悪い大人に足蹴にされて、我慢しながら働くより、もっと勉強をさげてあげたい。塾にだって通わてあげたい。


 そうすれば、きっと立派なお役人にだってなれる。今の私は実の姉じゃないけれど、杜梨花の代わりだ。姉として、やれることはやってあげないと。

 そのためにも、考えなくてはいけないのは、肉まんの具をどうするかよ!


 今のままではお肉は全然足らない。売るほど作れない。

 この最後の椎茸を使えば少しくらい具の足しにになるかも――。

 私は持っている椎茸とジッとにらめっこする。そして「これは、ダメ!」と首を横に振った。ほかの手段を考えようと、それを懐にしまう。

(肉まんの具になりそうなもの……肉まんの具になりそうなもの……)


 私は思案しながら枯れ草だらけの庭を歩く。階段を上がっていくと、池を見下ろすあずまやに、いつものようにお爺ちゃんが座っていた。明々が用意した火鉢がそばにおかれている。


「お爺ちゃん、寒くはないの?」

 私が訪ねると、お爺ちゃんは「ふん……」と頷いた。

 石のテーブルに、茶器が置かれていた。私は横の椅子に腰掛け、空になっている湯飲みに急須のお茶を注ぐ。

 その間も、お爺ちゃんはぼんやり庭を眺めながら、豆皿のものをつまんでポリポリと食べている。


「お豆……」

 畑で採れた大豆だろう。明々が作って、壺にたくさん保存してあった。

 お爺ちゃんは豆皿を私のほうに移動させる。くれるつもりなのだろう。「ありがとう、一つもらうわ」と、私は大豆を摘まんで口に入れる。節分の時に食べる炒った香ばしい大豆の味だ。私は「おいしい」と、微笑んだ。懐かしい味がする。

 もう一つもらおうと豆皿に手を伸ばした時、私は「あっ、そうか」と閃いて呟いた。


「そう、そうよ。これよ! お爺ちゃん!」

 私はお爺ちゃんの手をガシッと握る。

「お肉がなければ、豆を使えばいいのよ!」

 うちのお母さんだって、ハンバーグにはお豆腐を混ぜていた。美味しくて、ヘルシーな上に栄養もたっぷり。そのうえ、家計にも優しい!


 私はこれだと、ガッツポーズを取る。豆なら、この家にたくさんある。私はすぐに立ち上がると、「お爺ちゃんありがとう!」と綿の羽織を着てモコモコになっているお爺ちゃんにギュッと抱きつく。そして、急いであずま屋を後にした。


 厨房に入ると、私は塩漬けの肉と大豆の壺をさっそく取り出す。お肉は無駄に出来ないから、試作に使うのはちょっとだけだ。私は袖をまくると、「よし、やるぞ!」と料理に取りかかる。


 畑から明々が戻ってきたのは、夕飯の準備をする時間だった。

 その頃には蒸籠でいい具合に、試作品の肉まんが蒸し上がってきている。

「お嬢様っ! 今度はいったい……何を作っているんです!?」

 厨房に入ってくるなり、明々は仰天したように声を上げる。抱えているのは、収穫したばかりの白菜が入った竹のザルだ。


「肉まんの試作よ!」

「肉まんの……試作……」

 ポカンとしている彼女に、私は「そう!」と大きく頷いてみせる。

「まさか、あの……本気で肉まんを売ろうなんて……か、考えてませんよね?」

「考えているわよ! そのために、色々試作を重ねているところなの」

 私は蒸籠の蓋を開く。ホワッと熱い湯気が厨房に広がった。匂いはまずまずおいしそう。

 肉まんを一つ皿に取ると、箸で半分に切ってみる。明々も心配そうに覗き込んできた。


「明々、ちょっと食べてみてちょうだい」

 と、彼女の口に切り分けた肉まんを運ぶ。パクッと食べた彼女の反応をうかがいながら、「どう?」ときいた。

 モグモグと口を動かして呑み込んだ明々は、困ったように首を捻る。

「なんだか、ちょっとお肉が硬いような……」

 私も一口食べて見て、やっぱり首を傾げた。

「お肉が……おいしくないわね……」

「ええ……なんていうか、食感があんまり……」

「ボソボソして……食べにくいし……」 

 私と明々は皿に残った肉まんを見つめる。

「あっ、でも……まんは前よりもフカフカですよ!」

 明々はハッとしたように早口で言う。

 私が落ち込まないように気をつかってくれたのだろう。


「いいのよ、明々……分かってるわ。確かにこれは…………失敗作よ!」

 お肉をケチって、大豆をたっぷり入れすぎたのが失敗の原因だということもわかっている。でも、仕方ないじゃない。お肉は高級品なんだから節約しないと! 

「とりあえず、改善点は今度考えるとして……今夜のお夕飯にはなるわね」

「そうですね……」

 私と明々は同時にため息を吐いた。

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