第7話 先輩にそっくりなこの人は

 どれくらい、しがみついて泣いていたかわからない。ようやく涙が収まると、気持ちも落ち着いてくる。その間、相手はずっとひどく困った顔をしながら、あやすように背中を撫でてくれていた。その手が優しくて、私は胸の奥がジワーッと熱くなってくる。振られたけど、失恋したけど、やっぱり好きだ――。


「えっと……その……君は? どうしてここにいるんですか?」

「え……あ……れ…………?」

 私は袖で少し強く目頭をこすってから、もう一度相手の顔をよく見る。先輩にすごくよく似てる。でも、よく見れば少し違う――よね? 


 そっくりだけど、雰囲気が違う。それに先輩よりももしかしたら、少しだけこの人のほうがイケメンな気がする。なんて言うか、うまく言葉では言えないけれど、先輩はもうちょっと、チャラかった。この人は凜としていて落ち着きがある。

(先輩じゃない……?)


 それに、この人は私のことを知らないみたいだ。ということは、初対面の相手。それなのに、私は勘違いして、しがみつきながらワンワンこの人の腕の中で泣いてしまったということだ。

 言葉にならない恥ずかしさが一気に込み上げてきて、私の顔の熱が急上昇する。その頬を、両手で押さえた。


「ごめんなさいっ! 人違いをしてしまいました!!」

 恥ずかしくて、ガバッと下げた頭を上げられなくなる。このままモグラみたいに地面を掘って、隠れてしまいたい――。

「靴が落ちていたから」

 戸惑うように言われて、「え?」と顔を少しだけ上げる。相手が手に持っているのは、確かに私が履いていた靴の片方だった。

「あっ、北京ダッ……じゃなくて、アヒルを追いかけててっ!」

 私は彼にピッタリと寄り添っている二羽のアヒルに視線を移した。逃げようとする様子もない。


「も…………もしかして、このアヒルは?」

「ああ……うちのが逃げ出してしまって」

 彼はそう言って、軽くアヒルの頭を撫でる。アヒルはもっと撫でてとばかりに、彼の手に頭をすり寄せていた。

(それを、私はとっ捕まえて食料にしようと……っ!)

 私は胸がチクチクして、ギュッと襟の辺りをつかむ。

 これは、罪悪感による胸の痛みだ。

 彼はフッと表情を和らげ、私の足を取る。びっくりしていると、土汚れや葉っぱを軽くその手で払ってくれた。そして、靴を履かせてくれる。


 そんな相手の顔から、私は目を離せなくなった。

 やっぱり、顔立ちは先輩にそっくり。でも、この人は先輩ではない。先輩はこんな風に、優しく扱ってくれたりはしないだろう。

 彼は立ち上がると、私に手を差し出してきた。その手につかまって、私は立ち上がる。

 胸が痛いけれど、これはさっきとは違う痛みだ。

 これは夢だろうかと、何度も瞬きする。

 夢ではないのなら、なんだろう。


 運命?

 私は、この人に出会うためにこの世界にやってきたの?

 そうかもしれない。きっと、絶対そう――。

 この人と結ばれることが、私の使命なんだ。

 そのために、この世界に魂が飛ばされてきたに違いない。


「ところで……君はどうしてここに?」

 彼は私から手を離すと、不思議そうに首を捻る。

「え? あ……それはえーと……」

 私は言葉に詰まり、あさってを見る。

 肉を狩りにきたなんて、運命のこの人には言えない!

「や、山道で迷ってしまったんです……」

 私は袖で口もとを隠しながら、できるだけしおらしく見えるようにそう答えた。

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