第6話 運命の出会い

 急な斜面を息を切らして登りながら、辺りを見回す。水の音が聞こえてくる。もうすっかり夕暮れ時だから、川面も空も茜色になっていた。

「山になんて、入るものじゃないわね……」


 歩き回って、途中、何度も滑ったり転んだりしたものだから、裳も靴も泥だらけだ。帰ったら、明々になんと言い訳をすればいいのか。山に入っていたなんて知ったら、「なんて、無茶な!」と叱られそうだ。

 私は息を整えながら、岩を背にその場にペタンと座る。

(水飲みたい…………喉渇いたし、お腹も減った……)


 こんな時、コンビニがあればスイーツでも、肉まんでも、アメリカンドッグでも食べられるのに。私はグスッとはなをすすり、汚れた手で頬を拭った。

 その時、ガーガーと鳥の鳴く声がする。驚いて辺りを見回すと、草むらを歩いているのは黄色いくちばしに、白い羽の丸々としたアヒルだった。

(野生の……北京ダックいたーっ~~~~!!!!)


 私は目を輝かせ、バッとその場に身を伏せる。こんな山の中だから、飼い主なんていないはず。となれば、あれは『私』の北京ダック――。じゃない、アヒルだ。

 息を止め、気配を殺し、様子を伺う。

(しかも、二羽もいるじゃない!)


 両方捕まえて、明々に鶏と一緒に飼ってもらえば、ピータンが食べ放題じゃない!?

 これは、なんとしても捕獲して帰らなければ。私はサバンナで獲物を狙うチーターになったつもりで、そろり、そろりと音を立てないように、気取られないように、近付いていく。


 アヒルは警戒心もなく、暢気に歩きまわっている。

 これなら、捕まえられる。私は近くまで接近したところで、バッと飛びかかった。その瞬間、羽をばたつかせたアヒルに驚いて、「ひゃぁ!」と声が出る。

 思ったよりも大きくて、びっくりしたのだ。

 私が怯んでいる間に、アヒルは「グアーッ、グアーッ」と鳴きながら、逃げていく。


「ああ、ちょっと、待ちなさい!」

 私は裳をつかんで立ち上がり、片方の靴が脱げるのもかまわずに追いかけた。捕まえようとするたびに、かわされるからだんだん腹立たしくなってくる。

(絶対、私を小馬鹿にしてるわよね……)

 二羽とも、こちらを見てグワグワ鳴いている。私は小さく肩を振るわせてから、「逃げるなーっ!」と拳を振り上げてかけ出した。


 慌てて逃げ出したアヒルが飛び上がった瞬間、今だとばかりに地面を蹴る。その先は急斜面になっていて、下は流れの速い川になっていた。

 転がり落ちそうになった私の手を、誰かがバッとつかむ。驚いて目を開いていると、上まで引っ張り上げられる。怖かったせいと、びっくりしたせいで、心臓がドクドクしている。私は地面に座り込んで、助けてくれた相手の顔を見た。


「…………驚いた…………」

 相手はペタンと腰を下ろし、息を吐きながら呟く。

 それは――こっちの台詞だ。だって、そこにいるのは、私の知っている人だったから。

 あちらの世界で、私が好きになって、そして振られた相手。


「先輩だ…………」

 震える唇で呟くと、相手は「え?」と目を丸くする。

 目から涙が溢れてきて、その困惑した表情が霞んでしまう。

「先輩………………先輩…………っ!!」

 その先の言葉が続かなくて、色んな思いが一度にこみ上げてきて私は「うわああああ――――んっ!」と、大泣きしながら座り込んでいる目の前の相手に、ガバッと抱きつく。

「先輩、会いたかったです~~~~っ!!」


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