第5話 うまくはいかない
「お、お嬢様……考え直した方が……」
家に戻ると、私はさっそく厨房に入って、街で仕入れた小麦粉やお肉を台に並べる。それを、明々はひどく心配そうな顔をして、オロオロと見守っていた。
「とりあえず、何事もやってみなくちゃ始まらないでしょう?」
私は袖をまくり、「さて」と両手を腰にやる。食材は、昨日恵順がくれたお金で買ったものだから、少しも無駄には出来ない。商売には元手は必要。もちろん、稼いだら倍にして返すつもりだ。
「そうですが……これだけでとても売るほど作れないんじゃ」
「それは……そうだけど……」
私は小さな豚肉の塊に目をやって、大きくため息を吐く。何とか買えたのはこれだけだ。
「やっぱり、無理……かしら?」
「ええ、無理だと思います」
明々は大きく頷く。私は「そうよね~」と、肩を落とした。お肉が入っていない肉まんなんて、ただのフカフカのお饅頭よ。
「とりあえず、お肉は塩漬けにしましょう。それから、考えても遅くはないですよ」
明々に励まされ、私は「そうね」と笑顔になる。随分寒くなってきたから、塩漬けにしておけばしばらくは持ちそう。
「うーん……肉まんにこだわらなくても、ほかにも考えてみたら、色々できそうかも」
私は顎に手をやって考える。明々が「塩漬けは私がやります」と、壺を取り出してくる。明々のほうが慣れているから、私は彼女に任せて厨房を出た。
もう、すっかり冬色になっている庭を、ゆっくり歩く。池を覗くと、鯉が寄ってきた。
「鯉って……食べられるわよね?」
鯉まん、なんてあまり美味しそうとは思えないけど。
エビなら使えるかも。そんなことを考えながらジッと見つめていると、鯉は身の危機を感じたのかすばやく逃げていく。
「それとも……」
私は庭の向こうに見える、山に目をやる。あそこなら、お肉が――じゃなく、イノシシとか、イノシシとか、イノシシがいるかもしれない。
「ああっ、でも私は猟師じゃないし、どうやって捕まえるのよ!」
突進してくる鼻息の荒いイノシシの前に飛び出していく勇気なんてない。自棄になって飛び出したとしても、『あれ~~っ』と弾き飛ばされて終わりだ。
罠をしかける、といっても罠の仕掛け方すら私は知らない。こんな時にスマホがあれば、簡単に調べられるのに。なんて、文明の利器に頼ろうとしてもダメよ。ないものは、ないんだから。
何とか頭を使って考えるしかない。
イノシシじゃなくて、鳥でもいい。そういえば、裏の畑に鶏小屋があった。明々が世話をしている鶏が二羽いる。それなら――。
「って、ダメよ! あれは明々の鶏なんですもの。それに、貴重な卵を産んでくれる鶏よ。それを食べてしまったら、もう卵が食べられないじゃない!」
私は「ダメダメ」と、その考えを振り払う。それに、明々が悲しむに決まっている。あれは、いざという時の非常食なんだから。
野生の雉とか、鴨とか、北京ダックならいるかもしれない。
私は顎に手をやって、真剣な顔で考え込む。
「…………行ってみたら、何か見つかるかもしれないわね」
呟いて、私はもう一度、山に目をやった。屋敷の裏にある山だから、迷子になることもないだろう。
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