第1話 失恋のその先は――。

『あっ、ごめん……俺、好きな子いて、その子と付き合ってるから』


 寒々しく雪まじりの風が吹いていた放課後の駐輪場で、そう見事に振られてしまった私は、凍り付いたようにその場でかたまっていた。受け取ってもらえなかった、三日三晩かけて書いたラブレターを握り締めたまま――。


 二学期ももうじき終わる、クリスマスイブの三日前のことだ。学期末テストで赤点を取って散々で、『今年はサンタは来ないから』と、親にサンタ終了宣言をされて散々で、やけっぱちになって、ずっと好きだった先輩に勢いで告白しようとした。


 入学してからずっと、好きだった憧れの先輩だ。

 話したのは一度だけ。それも夢の中での出来事だから本当は一度も話したことはない。きっと、名前も知ってもらえていないだろう。告白した時も、『誰、こいつ』というような反応だった――。

 それも当然だ。先輩はイケメンで、学校で一番のモテ男子だ。告白してくる女子なんていくらでもいる。他校の女子から声をかけられているのだって見たことがある。


 そんな相手に、私も恋をした。

 理由は単純だ。かっこよくて、先輩を一目見て、『好き』って思ってしまったのだ。

 私は美人なわけでも、かわいいわけでもない。赤点を取ってしまうくらいに勉強は苦手。

 アピールできることがあるとしたら、すこぶる健康で小学生の時も、中学生の時も、高校入学してからも一度も風邪で休んだことがないくらい。

 食欲旺盛、スイーツもご飯も大好きで、周りにびっくりされるくらいモリモリ食べてしまう。


 今も、心は悲しいのに、お腹は空いてしまっていて、公園のベンチに一人座り、目障りなほどキラキラと輝いているイルミネーションと、人目もはばからずイチャついている幸せたっぷりのカップルを眺めながら、コンビニで買ってきた肉まんを頬張っている。これで、もう何個目だろう。


 大人なら、きっとこんな時、カップのお酒を片手にスルメを囓って思い通りにならない世の中の憂さを晴らしているところだ。

 けれど、未成年で高校一年生でしかない未熟な私には肉まんを食べることしかできない。肉まんだけじゃない。あんまんも、カレーまんも、ピザまんも、新作のニンニク納豆まんも買った。


 先輩は学校イケメン番付で言うなら横綱級だ。一方で私はテレビで観戦しているだけのただのお茶の間の人。同じ土俵に上がってもいない。


(声をかけられただけでも上等じゃない)


 グスッと鼻をすすって、マフラーに鼻水をこすりつける。袋の中から取りだした肉まんを、涙を拭ってから口に押し込んだ。


『俺とつり合うとか思ってんの?』とか、『モブの分際で、身の程を知れ』とか言われなかっただけマシだ。先輩には好きな人がいて、付き合っているのだからちゃんと立派な理由があった。


(っていうか、付き合ってるの!? 聞いてないよ! 誰!? 誰と付き合ってんの!?)

 そんなこと、今さら知ったところでどうにもならないけど――。


 きっと、先輩が好きになる女の子だから、可愛くて、おしとやかで、気が利いていて、気配りもできて、オシャレで、自慢できるような相手なのだろう。

(私ときっと正反対だよ……)


 モグモグと口を動かし、肉まんを呑み込み、次の肉まんに手を伸ばす。今の私は、肉まんを食べることしかできない情けない非モテ女子だ――。


「ふぐっ…………ふぐぐぐっ…………っ!!」

 顔をクシャクシャにして泣きながら、肉まんを頬張る。

「…………!?」

 呑み込もうとした肉まんが急に喉につっかえて、私はビックリした。呑み込めない。というか、息が出来ない。誰か助けを呼ぼうと立ち上がった拍子に、コンビニの袋がパサッと地面に落ちた。食べかけの肉まんが転がっていく。

 ああっ、もったいない。なんて、思っている場合じゃない。


 公園の噴水のそばで路上ライブをしていたギターリストの人が、クリスマスソングを奏でていた。

 その演奏を聴きながら、私はドサッとその場に倒れる。


「えっ、どうしたの? この子?」

「ヤバいんじゃない?」

「おいっ、大丈夫か!?」


 誰かが声をかけてくれたけど、私は返事もできなかった。

 

 もしかして、これって――え?

 死んじゃうの?

 肉まんのせいで? 

 それとも、失恋のせい?

 どっちでもいいけど――。

 美人に生まれて、先輩の彼女になりたかった人生でした。


(というか、これ肉まんじゃない。ニンニク納豆ま…………ん…………)

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