第2話 夜
私は大きな建物の中に入った。中は暖房も無くて寒く、灯りは灯されておらず真っ暗だった。そして大勢の人達が船に乗るのを持っていたのだった。そして、足の踏み場もない。仕方ないので外に出て風の当たらない場所を選び、トランクからアンカ、食べ物と毛布を取り出し、アンカにマッチで火を点けて暖め、トランクの上に座って毛布を外套の上に頭から被って巻き付ける。食べ物と水筒は凍らないようにアンカと一緒に外套の中に忍ばせる。ククリム半島は大陸に比べれば温暖な地域だが朝晩は冷え込む。その内にアンカがポカポカして来てウトウト寝てしまう。
「おい、寝るな。凍え死ぬぞ。メシだ食器出せ」
私は係の人に蹴って起こされる。トランクから食器を取り出しジャガイモのスープを貰う。
「スパシーボ」
すっかり夜になっていた。温かい食事が貰えたのは予想外だったが有難い。
スープを食べて食器を洗いトイレを済ませる。人はさっきより多くなっている。波止場には大きな船が停泊していて軍隊が降りてごった返していた。そして軍隊が移動すると避難民が殺到する。私もその中に紛れ込もうとするが係の人によってつまみ出される。
「お前は次の船だ」
そして空っぽになった建物の中でさっきと同じように眠ってしまった。
「おい、起きろ。船に乗るぞ」
私はさっきの係の人に蹴って起こされた。眠い目をこすりながらも荷造りしてトランクを持って外に出る。波止場にはさっきよりもずっと小さな船が待っていた。そして、砲声が聞こえてくる。
「トランクは持ってやる。走れ!」
係の人は私のトランクを持ってくれた。2人で舷門の所まで走る。
「この子で最後だ。出してくれ」
係の人は私とトランクを船員に委ねると敬礼をして立ち去った。すぐさまもやいが外され船は動き出す。
「上の船室に行ってくれ」
船員の指示に従い上の船室を目指す。船は向きを変え、入江を出た辺りでようやく上の船室に辿り着いた。しかし、上の船室も人でいっぱいで、デッキまで溢れていたので、私はトランクを柵の外に押し出し、柵をよじ登ってボートデッキに脱出して風の当たらない物陰に場所を確保した。
「ふう。これで寝られる」
トランクから毛布を出してすっぽり被って寒さをしのぐ。そしてアンカの温かさと疲れからすぐに寝てしまう。そもそも普段は寝ている時間だし。
「チッ。雲が取れて来たか…」
ユモシェンコ船長は舌打ちをする。それまで曇っていた夜空は月夜に変わった。海上も次第に明るくなる。大型船は距離の短いミコラウに向かったが、本船は距離のあるオーサに向かっていた。対岸のミコラウはルデシア軍艦が待ち受けている危険性があった。オーサも例外ではない筈だが…。オーサに入れない時はドーナ川に入るつもりだった。黒色艦隊が動いている以上鉄海は危険海域である。
「見張りを厳にしろ!灯りは絶対に点けてはいかん!タバコもだ!避難民に徹底させろ!」
船長は船員達に命令する。その為船内は水線下と機械のランプを除き真っ暗でブリッジも同様だった。船は真っ黒い海面を全速で切り裂きながら走っている。とはいえ、たかが16ノット程度が限界の古い船だった。もし捕捉されれば到底逃げ切れまい。海軍総司令部のあるチャバストポリの海軍部隊や海軍艦艇が軒並みルデシア側に寝返ったという情報もあり、オーサの戦力だけでは太刀打ちできまい…。港の規模が違い過ぎる。ユモシェンコ船長はルースナサユース海軍の元大佐だった事もあり軍事情勢に精通していた。ユレリナは海軍力を軽視し過ぎた。コザックの国だから致し方ない面もあるが、それにしてもチャバストポリに戦力を集め過ぎたこの結果は無策と言えよう。ルデシア海軍と同居するなとあれ程警告したにも関わらず全く聞く耳を持たれなかったどころか降格の上退役に追いやられてしまった。そんな恨み節が脳裏に浮かぶ。
「報告!4時の方向!火炎らしきもの見ゆ!」
伝声管越しに報告が入る。ユモシェンコ船長は右舷の窓越しに双眼鏡をあてて確認する。点のようにしか見えないが、まだ陸地ではないからミコラウに向かった大型船がやられた可能性が高かった。本来なら右に舵を切って救援に向かうべきであるが、本船はただのフェリーボートで近くに敵がいれば忽ち撃沈されてしまうだろう。
「本船は、このままの進路を維持する」
ユモシェンコ船長は宣言する。誰も異議を唱えない。明らかにシーマンシップに反するが、次の瞬間には同じ運命を辿っているかもしれないのだ。重苦しい空気がブリッジ内に漂う。次第に点のような明るいものはどんどん遠ざかっていき、やがて見えなくなっていた。張り詰めていた空気が少し緩む。その時だった。
ドドーン!
ドドーン!
水柱が右舷に二つ上がった。
「クソ。見つかったか!」
ユモシェンコ船長は悔しがった。
つづく
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